短編小説『真夜中のお姫さまごっこ』
ついに企画も今年最後のお題となりました。
かし子嬢の煩悩溢れるお題!第2回「激重感情仄暗不穏」BL小説with「耽美」開催です!
「激重感情仄暗不穏」「耽美」の
1万字以内のBL小説を投稿してください!
他の参加者さんの小説は順番に回収してまとめ記事にし、私のnoteのトップに固定します!
*救いのない話なので、平気な人だけ読んでください。
*サイコホラーです。刺激の強いシーンは省きましたがアレな人はアレしてください。
*男性同士の恋愛を含みます。
レッツ #noteでBL
『真夜中のお姫さまごっこ』
南海大学男子バスケ部、総勢30人、2名一室の全寮制。
学業の合間の朝練、昼練、夜練と常に共同生活を行うことで社会生活と団体スポーツに必要な協調性を養う。
帰省を拒んだ俺に付き合ってくれたのは、同室で恋人の有時だった。
「静かになっちゃったね」
帰省する最後の寮生を見送ると塗装のはげた門扉を閉めた、大晦日の20時過ぎの道に人気はなく、ちょうど自分の祖父の歳と同じ築年数の4階建ての寮が俺達を寂しそうに見下ろしていた。
底冷えに背中を丸めて寮内に戻ると、3年のイブ先輩が慌ただしく荷物を抱えて自室から出てきて2人で目を合わせる。
「あれ?先輩も合わせて3人で年越し居残りでは?」
「すまん。妹が熱を出してチビ達の面倒を見ないといけなくなった。今晩だけお前達2人きりになる」
イブ先輩の実家は寮から徒歩30分の場所だが、部の方針で寮生活をしていて、10人弟妹の長兄で末弟はまだ3歳、まだまだ大人の存在が必要だと頷く。
「明日、俺が戻るまで出入りは食堂の裏口に徹底してくれ」
「確かに玄関を開けてると不用心ですね」
先輩は玄関をすぐに施錠し、食堂に抜けて厨房に入ると調理台の下の非常ボタンを指差した。
「寮内での非常時にはここを押すこと。5分程で警備が来る」
この辺りは昔からの戸建ての住宅街で路地も多く、さらに学生寮や下宿も密集していて、そのせいか変質者が後を立たず、警備会社の待機所も多い。
「宗谷、年末は変な輩が増える。わかっていると思うが敢えて言う、スーパーの側のコインランドリーは絶対に行くな」
「はい」
入学してすぐコインランドリーで変質者に襲われて以来、有時は1人での外出を禁じられた。
有時は推薦でバスケ部に入るほどの手足の長さと、布の上からでも分かるほどに美しい骨格その上に柔らかくかぶさる筋肉と、青く血管が透けるような妖艶な肌を持っていた。
これで容姿が美し過ぎたら高嶺の花だが、のんびりとした所作や従順でよく笑う柔らかな印象が親しみやすく大変好かれ、そうと思えば、黒目がちで切れ長の挑発的な視線も持っている。
両極端な印象が混在する有時の美しさは、争い難いほど人を惹きつけてしまう。
「用心します」
律儀な大家族の長兄を安心させる為に有時はいつもみたいに笑わず、きちっと膝をそろえて返事をした。
先輩が戻るまで寮の出入りは裏口に徹底する事を約束し、俺に裏口と玄関の鍵を預けると、先輩は有時に同じ約束をもう一度させて帰路に着いた。
「先輩は心配性だね」
「用心に越したことはない」
住人が不在になった1階の廊下の電気を消し、玄関と階段、食堂の奥の厨房だけ明かりを残す。
寮内に残ったのは4階に住む俺達だけになり、預かった裏口の鍵をポケットの中でそわそわと触る。
人気のない夜の家は苦手だ。
廊下の奥の暗闇からゾロゾロと足音を立てて幼い頃の憂鬱な記憶を引き連れてくる気がして背中を向ける。
有時と2人きりは嬉しいが、それがこの年老いただだっ広い寮でと思うと憂鬱が勝ってしまう。
自室戻ろうと階段を登り始めると、有時がまたクリスマスの話を始めた。
「ケーキのないクリスマスは初めてだよ、悔しい」
「試合はしゃあないやろ」
幼い頃からの習慣を挫かれた有時は不貞腐れるが、クリスマスにケーキを食う概念がない俺は「そうゆうものなのか」と思いながら適当に相槌をする。
そしてポケットから鍵を手放して話を続ける有時の手を握り、誰もいないのをいいことに自室までぶらぶら揺らしながら歩く。
「ねぇ、クリームだけのケーキに好きなだけお菓子のせたくなかった?」
「ケーキに?」
真っ先に浮かんだのはコンビニのデザートコーナーにある三角のカットケーキだった。
が、すぐに有時の脳内にあるのは丸いホールケーキと気がつく。
「苺もクリーム見えんくなるやん」
「いいんだよ、クリスマスなんだから」
ほぼ一人で育った自分に無い生活や考えを両親と歳の離れた甘えん坊な弟と生活した有時はたくさん持っていて、その新鮮な羨ましさはポッカリ開いた俺の心の穴を埋めた。
「でもね。本当は金額を気にせずにお菓子を買ってのせたかった。映画館の売店の小さなスコップですくって買う量り売りのグミとか」
「あの派手で芳香剤食ってるみたいなやつ?」
そっちはすぐに想像が出来て、自室の扉を開けながらつい声が大きくなる。
「うん。うちは弟と2人で1000円分が決まりだから、あの子が重い菓子を選べるように俺はシュガービスケットとラムネばかり選んでたんだ。だからクリスマスくらい、兄貴風のしがらみから解放されたい」
「俺は値段は気にした事なかったなぁ、家に大人もおらんから怒られんし」
それは嘘じゃない。
父が置いていく夕食代を切り詰めれば、映画終わりに値段を気にせず好きなだけ買って帰れた。
「いいなぁ。でもあれは1人で食べるには賑やかすぎるお菓子だよね」
「まぁ、1人で育ったようなもんやし、自由の代償?」
そう、そうなのだ。
あれの美味さはザクザクの歯触りでも喉を焼く甘さでもなく、サイケな色素と香料の塊を金を出し渋った親の前でこれ見よがしに食べる罪悪感と開放感なのだ。
俺はそんな「親からの制限」に飢えて育った。
有時は俺の些細な表情の変化を察知して、ベットの隣にさっと腰をかけ肩をつける。
「だけど自由は時に不憫だよ」
針で付いても消えない過去にあんまり優しく触れないでほしい、1人で生きていけなくなる。
でも本当はもっと、ずっと奥まで覗いて欲しい。
小学1年の冬、父が帰らなくなった。
双子を出産したばかりの母は1人気丈に家事と育児をこなしていたが、何かのタガが外れたように「洗濯機が壊れたわ」と呟いて、夕飯の支度を乱雑に終えると、双子をベビーカーに乗せて夜のコインランドリーに通い出した。
家に1人残された俺は宿題を済ませて夕飯を食べた、おにぎりだけの夜もあった。
それが続いたある日、母は気が引けるほどの額の金を俺に握らせて「コインランドリーに行ってくる」と一言残し、双子だけ連れて家を出た。
そしてそれきり帰らない。
血相を変えた父が5日後帰ってきて2人で暮らし始めたが、直にお金だけがリビングのテーブルに置かれるようになって俺はまた1人に戻った。
家族5人が暮らすはずだった自分と同じ歳の家で。
この話を聞いた有時は俺に恋愛以上の何かを抱いた、それは年の離れた弟に与えていたような慈愛かもしれない。
「巴は皆んなの知らない怖さを知っているから、思いやりがあるんだね」
玄関についた明かりがどれだけ人の心を温めるかを、家族に愛されて育った有時はよく知っている。
そんなところが羨ましくて、愛おしい。
しばらく2人きりの時間を楽しみ、風呂でも入るかと立ち上がると、有時が袖を引いた。
「ねぇ、今からコンビニ行かない?」
「今から?」
「クリスマスのリベンジにケーキが食べたい」
時計の針は23時に近い。
寮の門限は今夜は別にいいとしてコンビニまでは一本道で約10分、だが、途中にあのコインランドリーがある。
渋って黙る俺に有時はダメ押しとばかりに、お願い!と祈るように胸の前で指を組み見上げた。
「絶対に離れない。俺が巴に嘘言ったことある?」
「ない」
出会って約1年の間にそれは無かった。
「しゃあないな」
「やった!」
初詣にはまだ早いせいか、閑散としたコンビニで売れ残りのカットケーキを買った。
誰もいないのをいいことにどちらともなく腕を絡めて、束の間の真夜中のデートを楽しみ寮が見えると、ふっと有時が足を止めた。
「ジュース買ってない」
「コーヒーでいいやん」
「あそこでまだ買える」
あそことは例のコインランドリー。
この道に他の自販機はなく、コンビニに戻るかここで買うかしか選択肢がなく、心配性の先輩のコメカミの青筋が頭に浮かんで、2人でじっと立ち止まる。
有時はそれを振り払って一歩踏み出し首を伸ばして、24時間明かりの絶えないコインランドリーの中を覗いた。
「誰もいない」
するっと腕が軽くなって有時の後頭部の毛がふわっと目の前で揺れた、夜海のクラゲみたいに頼りなくて怖い。
「あ、ちょ…」
外で見張ればいいか、と思い直す間に、有時は開いたままのコインランドリーの扉を抜けて自販機に近づく、瞬間。
カラカラと独りでに扉が閉じた。
「有時!あかん!」
母が双子と出て行き、父がまた帰らなくなって半年が経った。
毎日リビングに食事代2000円だけが置かれていて、1000円だけ持って塾に行き、帰りにコンビニ弁当を買って帰る毎日。
俺は1人であるごっこ遊びを思いつく。
塾に行く前に玄関とリビングの電気とテレビをつけっぱなし、母が靴箱の隅に忘れていった白いパンプスと、父の履き古した革靴を揃えて家を出る。
塾から帰宅すると、煌々した玄関で鍵を開けて父と母の靴の隣にスニーカーを脱ぎながら、明かりの漏れるリビングに「ただいま!」と声をかけた。
廊下には幼い妹のぬいぐるみが落ちていて、リビングの賑やかなテレビの音を聞きながら「仕方ないな」と兄貴風を吹かして拾い、テレビを見ている弟に向かって「明日、兄ちゃんと公園に行く人!」と声だけかけて、返事を待たずに走って洗面台で手を洗う。
そして母が温め直してくれた遅い夕飯、に、見立てたコンビニ弁当を独り言で会話をしながら食べた。
家族ごっこをしている間は平気だが、塾が無い日は昔を思い出して鬱々とする。
入学式は父がいた。
母の大きなお腹を幸せそうに撫でて、このタイミングで前歯が抜けた俺を真ん中に写真を撮った、桜の花びらが舞っていた。
それが急に父は不在がちになり双子は泣いてばかり、母はいつも青い顔をして俺と目を合わさない。
そしてコインランドリーに通い始めた。
洗濯機は壊れてなんかいなかった。
あの日母がコインランドリーに行ったのは、母が先に壊れたからかもしれない。
いや、あの気丈な母が壊れるはずがない。
たまたま洗濯機の調子が悪くて行ったコインランドリーにバケモノがいて、母と入れ替わったんだ。
そしてなんでもない顔で家に侵入し、双子も連れ去り俺をひとりぼっちにした。
悶々と父が置いて行った現金の隣で宿題をしながら爪を噛む、決まって親指。
メモすら残さない父の字は忘れた、そもそもの始まりは父がバケモノに取り替えられて帰らなくなったせいだ。
メリッ
親指の爪の悲鳴。
全く俺が何をしたって言うの?
中学進学後に離婚が成立し、父は俺の親権を手放して若い女と世帯を持った。
母はすでに関東で双子と知らない男と家族になっていた。
気付けばまた1人。
いや、ずっとか。
大学の寮で有時と同室になり、すぐ恋仲になった。
「有時!!」
迷惑承知で大声を出して駆け寄ると、有時は俺を振り向いてヘラヘラと笑って手を振った。
心臓がバクッとする、母の気配が真後ろにあり、息を感じる声がする。
…そぉら、巴。入れ替わったぞォ…
有時は俺や先輩の言いつけを守らずに勝手な行動を取ったりしない。
遠吠えしていた犬が静まると、途端に心が細く黒くなって、しっかりしろと拳で胸を叩く。
「巴はカルピスが好きだよね」
事も無気に有時はカラカラと扉を開けて出てくると、俺が持っているケーキが入ったエコバックに買ったばかりのジュースを入れて先に歩き出す。
「…おい…なんで俺から離れたんや?」
「見えてる範囲にいたじゃない?」
俺の問いかけに後ろ手を組み、くるっと振り向き小首を傾げてふらふらと前を歩く、その姿に疑問がつきまとう。
「有時、街灯の下を必ず歩いて」
「巴が側にいるから平気だよ」
『絶対に離れない』って言ったのに嘘をついた。
この有時は無神経な顔で俺の恐怖をヘラヘラ楽しんでる。
コインランドリーのバケモノは今度は有時に目を付けた。
大人のいない暗い家に帰るのが好きだった。
いつも帰宅すると母がいて、甘えん坊の4歳下の弟と2人部屋。
用がある日は祖父母がいるし、バスケットクラブの送迎は父、常に大人の視線を気にして姿勢を正す。
特段、家族に文句があるわけじゃ無い。
でも思春期に差し掛かった時から、家に人がいると監視されているみたいで息苦しくて堪らなくなった。
この後ろ暗い反抗心は発散される事なくぶくぶくと膨らんで、いつからか家で悪い事をしたい衝動と理性の間で俺は常に揺れていた。
「巴、寮に帰ったら食堂でキスしてみない?」
「…食堂で?」
実家を離れた今も、結局は拘束された学生寮という空間で規律や人の視線に常に縛られて生活している。
鬱屈とするよりスリルを求める大人の年齢になった俺は、久しぶりの自由を規律に縛られた空間で開放してみたくなった。
親の目の届かない生活環境で出来た、周りが驚くような恋人と過ごす今夜を思い切り楽しみたい。
「うん。今日は誰もいないもの。廊下でも…お風呂で裸でキスもできるよ」
「俺の知ってる有時はそんなはしたないことせん」
巴は視線を斜め下にそらして迷うように薄い唇を噛んだ。
苦々しい顔にも見えるけど、照れてしまっているようにも見えるのは、普段俺がしない言動を開放していることに混乱してしまったのかもしれない。
いや、きっとたぶん。
夜の開放感をすでに知っている巴からすれば、俺の振る舞いは滑稽でわざわざする程の特別感はないかもしれない。
それでも俺はこの開放感を手放したくないし、大好きな巴と共有したかった。
「なんで先輩の言いつけ守らんかったんや?」
神経質は今に始まった事では無いが、今夜は特にひどい気がして急いで謝る。
「ごめんなさい。巴が一緒だと安心して気が緩んだの…でもほら、大丈夫だったでしょう」
「それとこれとは違う。なんかあったらどうすんねん」
せっかくの2人の夜なのに、この人は生真面目すぎる。
申し訳ない気持ちはちゃんとあるのに、ちっとも理解しようとしない。がっかりしてつい他人行儀に言い返してしまった。
「軽率でした、もうあなたの側を離れないわ」
「あなた…?」
真っ暗な寮の方から吹いた冷たい風に煽られて前髪がめくれ、片眉がぴくっとした。
大きな目が潤んで一層大きくなる。
「どうしたの?」
何が琴線に触れたのか分からず問うが、巴はだんまり。
止んだ風に落とされた前髪の奥の目が泳ぎ、親指の爪を噛み始め、慌てて「痛くなるよ」と口元から指を離させることしか出来なかった。
巴は俺の肩越しにコインランドリーを見ると、顎を上げて見下すように目を細めて小さく凄んだ声を出した。
「…あなた?」
歪む薄い唇と白い鼻筋が反骨精神みたいにツルっと通る。
夜の闇の中で何かに憤る巴のその顔は、精悍にも感じた。
昔見た映画に出てきた、親の言いつけに背いて城を出て自分の運命を切り開く王子さまを彷彿する。
「なんだか今日の巴、王子さまみたい」
「王子?」
ちろり、と俺に落とす視線が哀愁に緩む、切ない顔は俺の庇護欲に縋りつき、離せなくさせる。
「うん。今夜初めて2人は出会って、そしてすぐに永遠の恋に落ちるの、なんちゃって」
我ながら乙女すぎると笑って誤魔化したけど、巴の大きな目が一際うるみまばたきをした。
長い下まつ毛の涙の粒が小さなダイヤモンドみたいにころっと光る、俺がこぼす涙なんて安っぽいスパンコール程度にしかならないのに、この人は何かに魅入られたみたいに特別だ。
涙の後、巴は細く口を開けて今までの違和感の霧を吸い込んでカラッと笑った。
どうやらさっきまでの癇癪は治ったと思って、笑わせようと戯けてドレスの裾を摘んでお辞儀する仕草をする。
「初めまして、王子さま」
「…姫」
馬鹿にして鼻で笑うと思ったら。
「姫、なるほど。そうきたかぁ」
巴はひたっと裸足で心を踏むように笑った。
「かしこまりました」
そして月明かりの下で俺に跪いた。
優しく手を取り指先の匂いを猫みたいに嗅いでキスをして、今度はちゅうっと手の甲に吸い付き、じゃれてうるうると喉を鳴らすような低い声で唸った。
「共に城に参りましょう」
あん、その声気持ちいい。
公道を好きな人と手を繋いで歩いて、真っ暗で誰もいない家に帰る。
俺は完全にこの「お姫様ごっこ」に浮かれた。
欲を言えばこっそり街灯の下でキスをしたいけど、俺の王子さまは繊細だからあまり驚かせてはならない。
夜風に翻るようなフレアなドレスはないけど、長いコートで体を隠してこの日のために磨いた肌を暗闇に曝け出す自分を想像し、酔いしれてみた。
今夜、夢中になってくれるだろうか、この体に。
いつもより時間もあるし、薄い壁の向こうの隣人を気にする事なく大ぴらに体を重ねたら、きっと巴を窮屈にしている潔癖さも溶けるだろう。
いけない事しよう。
夜に出歩いて、留守の家に恋人を連れ込んで、真夜中にケーキを食べて大胆にセックスをするんだ。
俺はすっかり舞い上がって、裏口の前で巴の顎を掴んで振り向かせてキスをした。
「驚いた。随分、大胆な姫や」
巴は拒まずに鼻で笑って鍵を出したが、うまく鍵穴に通せず舌打ちをした。
緊張してるのかな?
だって悪さをするのは勇気がいるもの。
俺は親や弟の目を気にしてよく知っているけど、巴はこの寮に入って常に規制や協調性を重んじる事で、初めてそれを知り、そして背く緊張を体感しているのかもしれない。
どんどん開放的になれるように俺が誘ってあげよう。
やっと扉を開けると、厨房でそのまま舌を絡めて吸い合った、離す間も無くまたすぐ唇をつける。
「ねぇ、面白いこと思いついた。あなたはここで10を数えて」
「…かくれんぼ?」
「うん。そして捕まえたところで抱いて?」
「はぁ?ベッド以外で?」
巴の声は上擦った、そして唾を飛ばして後矢継ぎ早に2回聞き返す。
普段の神経質な巴と王子の意識がぐるぐる切り替わって困惑して黙ると、ねっとりと首を前方に曲げて角度を変えながら俺の目を覗く。
脳の裏まで見逃さないような視線に我慢しきれず目を逸らすと、それが気に食わなかったのか、巴は頭痛のように眉間を撫でて鼻筋に浮いた皺を擦った。
そして小さく2回顎を縦に揺らし「本物は…部屋に隠したな」と何か確信し、何を?と聞いても聞く耳持たずに爪を噛んでブツブツ言い出した。
よくは分からないが、巴は1番に俺達の部屋を探すと解釈し「そこで10数えて!」と言いつけ1歩下がると、巴の目がキリッと光った。
「仰せのままに、姫」
ケーキを調理台に置き、後ろを向いて裏口に腕をつけると、そこに額を預けて目を隠す。
「10…」
カウントダウンを始めたから、俺は一目散に食堂に抜け廊下に出た。
距離を取ると落ち着いてきて、きっと巴も何かの「ごっこ」に耽っているんだと思い込んだ。
「9…8、」
ギシギシ軋む木造の床にヒヤッと足を止め、音を最小限にしようと靴下を脱ぎ捨てて、つま先立ちで一段ずつ登る。
階下に隠れたフリをして探させよう。
「7、6…5、」
そして巴の思惑通りに4階の自分達の部屋に隠れて待って、キスでもすればきっといつも通りに戻る。
真っ暗な階段の踊り場で一回滑って転びかけ、手すりに捕まりことなきを得る。
2階より上だと巴の声がかすかになった、ならば向こうも聞こえないはずだと堂々階段を登った。
4階の廊下を爪先でそろそろ進んでドアノブ触った時、遠くで「1」と聞こえた。
すぐさま2段飛ばしで階段を駆け上がる足音がダンダンッと追いかけて来て、さっきまで床板で冷たかった指先の感覚が違う衝動に負けて麻痺する。
これは俺の王子さまの足音。
いつもそばでいて助けてくれる少しせっかちな彼がたてる力強い音。
胸を叩いて言い聞かせ、扉の中に身を隠した。
いつもより上擦った巴の息の荒い声が静かな廊下に届く前に、ふと思い立って服を脱ぎ、自分のベットからシーツを剥いで素肌に巻いた。
シーツをドレスに見立てて本当のお姫さまになりきり、見つかったらシーツを落として王子さまを誘惑しよう。
「有時」
せっかちな足音がゆっくりと近づいている、巴の布団に潜って大好きな柔軟剤の匂いを肺いっぱい吸い込んだ。
きっと俺の姿に巴が笑ってしまって、全てが元通りになるはずだ。
が。
「絶対に見つけるからな、有時」
扉の前に立った巴の声が極端に寂しく震え、布団の隙間から覗く。
「今ならまだ間に合う、偽物は即、排除する」
どうゆうこと?
ガチャ……キィィイ
扉が開くと同時に顔を隠して口元を覆い、息を殺した。
やっぱりなんか、変。
いつも聞いてるただの巴の足音が、妙に心を責め立てる。
好きな人との楽しい時間のドキドキだと思い込みたいのに、どうも脳が何かの警告を出している気がしてならない。
そっと布団をめくられて、窓から差し込む月の光に青白く光った巴と目が合った、刹那。
ねっとりとした猫撫で声がした。
「俺に抱かれたい人?」
吹き出すように笑いながら、俺が脱ぎ捨てた靴下を出して揺らす。
布団を跳ね除けて手を伸ばすと悪戯に避けられ「見つけたで!」とご機嫌な声で巴が覆い被さった。
しばらく互いを確認するように見つめ合う。
「巴?」
俺の声に安心でくしゃっと目元を緩ませ、優しく顔に触った。
「有時?俺の有時や。もう絶対に離れへん」
巴は俺がドレスに見立てたシーツを見下ろし「可愛いことして」と鎖骨のくぼみに舐めるようなキスをした。
愛してる、と荒い息を吹き込んで耳を噛み、舌をぬるぬると動かし首筋を舐めて、全てを奪い尽くすように濃厚にキスをした。
やっと唇が離れて目を開けると、今まで見たこともないほど眉毛を下げて笑う巴が可愛くて、顔を両手で挟んでこちらからも目を閉じてキスをした。
「あなたったら。ずっと側にいたじゃない」
「あなた……、」
突然巴は上半身を上げた。
「騙したな」
俺の腰に跨ったままひっそりと見下ろし、歯を食いしばったのか小さく震えた。
月明かりから逸れて表情はよく見えないが、白目だけが光って青く浮いている。
「俺の有時は“あなた“なんて呼ばん。甘えた声で巴って呼ぶ」
「…あ、いや、ほらこれは雰囲気を、」
ねぇだから、さっきからなんのこと?
掴まれた肩に噛んで千切れた爪が食い込み、力任せに揺さぶられる、鳥肌で毛穴が痛くなる、ごっこ遊びにしては空気が重すぎて、上手く息ができない。
「分からんなら教えたる!どうせお前はニセモノのバケモンやしな!!」
「大きい声出さないでっ!!」
力一杯ベットから巴を突き落とし、体に巻いたシーツをたくし上げて部屋を飛び出した。
変だ。
「建物の外でキスなんかはしたない事せん!」
淡々と俺の自由な振る舞いをなじる声がして、殴った床の振動が足に伝わる。
「ベット以外でセックスなんて下品な発想もない!」
一気に玄関まで駆け降りて、そのまま裸足で扉を引くが施錠されてビクともしない。
階段を降りてくる足音に何度も振り返りながら、バンバン拳で扉を叩いて大声を出そうとしたが、喉が引き連れて声が出せず、鍵は巴が持っていたことを思い出す。
そうだ、厨房にある非常ボタン!
無我夢中で食堂を駆け抜けて厨房に入った瞬間にシーツを踏みつけられて倒れ込んだ。
「…ふっ、うぐぅ……!!」
落ちないように織り込んだ綿が肌に食い込み、振り払おうとシーツを掴む、唇が切れて涙と嗚咽で赤い涎がぼたぼたと染みになる。
気づくと小さな歌が聞こえていた。
うっすら笑った巴は自分の鼻歌に合わせて足を離すと、俺の手を引き顔を寄せ、ダンスのターンみたいにぐるっと回して腰を抱いた。
「ごっこ遊びはもう終わり」
大好きな声に混ざる猟奇的な気配。
調理台に優しく押し倒されて剥き出しの背中が凍りつく。
後頭部を支える大きな手がそのまま髪を撫で、体が恐怖で固くなる。
絵もしれぬ恐怖に凝視する俺の目を、巴の左手が静かに覆って耳元に顔が近づく。
耐え切れない嗚咽をシーっと子供みたいに宥められ、何度も薄い唇が俺の息を遮ぎる。
そしてあやすように体を揺すりながら耳たぶを舐めて、ねっとりと呟いた。
「10数える間に有時を返せ」
「…だ、だから、さっきから何を言ってるの」
「さもなくばお前を殺す」
「俺は有時だよ?」
話しかけて時間を伸ばし、手探りで調理台の下の非常ボタンを探していると「10!」と怒鳴った巴の拳が、数分前に買ってきたケーキをグシャっと叩き潰した。
ヒッと息を詰めた拍子に引き連れた頬に生クリームが飛び散る。
巴はゆっくりそれを舐めとって、最後の餞みたいに舌で俺の唇を割って押し込んだ。
「9、8」
まばたきを忘れた巴の目は何を言っても揺れず、見開かれたまま。
「7。6、5、4…ハッ」
そして微かに笑う、ゾクリとする声。
思えばコインランドリーに入ってから全てがおかしい。
例えば巴が何かと少しずつ入れ替わったような…
シンク下の扉から静かに包丁を抜くと、有時と入れ替わったコインランドリーのバケモノは無駄な抵抗をやめ、俺の手の下でゆっくり目を閉じた。
そして啜り泣く事もなく最後の時を待つ。
父さん、母さん、つかさ、とおる。
兄ちゃん今度は失敗しないよ。
柔らかい喉に切先をつけたら、有時の声が「ともえ」と掠れて消えた。
こいつを始末したらすぐに見つける。
「大丈夫、愛してるよ」
さぁ、息を止めて
一思いに
3、2
1。
エンドロール
CAST
巴:白瀬 巴
有時:宗谷 有時
イブ先輩:伊吹 清十郎
巴の弟:白瀬 司
巴の妹:白瀬 透
巴の母:白瀬 まゆみ
巴の父:藤島 玄
参考資料・設定
アイルランド民間伝承・チェンジリング
カプブラシンドローム(現在は妄想型統合失調症に位置付けされる)
人物描写、背景の参考映画
「シャイニング」
「バットマン」
「乱歩地獄」鏡地獄
「エコール」
作中の巴の鼻歌
Ray Charles
『I Can‘t Stop Loing You』
「冗談やん」
呆れた巴の声に恐る恐る目を開けた。
「…と、巴?」
「あんまり言うこと聞かんからお仕置きや」
「うぅ、ふわぁぁんっ!!」
バカバカ〜ッと巴の胸を叩いてお姫さまごっこは幕を閉じた。
*ぐしゃぐしゃに潰れたケーキと、ぐしゃぐしゃ泣きじゃくった有時は、この後巴が美味しくいただきました。
