皆んな私のことが好き!という魔法
隣の飼い犬、ポメラニアンのポメ男が全然私になつかんのですよ。
洗濯物干してる時とか、出先で散歩中のポメ男に遭遇すると親の仇くらい吠えついてくる。
もしかしたら前世の私が前世のポメ男の親になんかしたかもしれんけど、そんなん今世では時効やないですか。
物心ついた頃から私は動物が大好きで、ほとんどの生き物をクリアしてきたつもりや。
アナコンダとも触れ合ったし、ワニだって手懐けた。
猫も犬も好きやし、過去に京都の安倍晴明神社に行った時も、鳥居の上の鳩が急に私の肩に一堂に介して近くを観光していた外国人観光客が「アメイジング!」と叫んで写真を撮った。
今もSNSのどこかに「アメイジング鳩メガネ」の私の写真が埋もれているだろう。
そんなサプライズや愛に溢れた私は、普段から動物に対しての自意識が唯我独尊気味。
難波の人混みで「なにわのドリトル先生!」て呼ばれたら脊髄反射で「なんや?」て振り返れる。
そんな自分やから、ポメ男さんに牙を剥かれると心がいとも簡単に折れてしまう。
世界は嘘に塗れているし、本当は皆んな私が嫌いなのに好きなふりをしてくれているだけかもしれない。
だからポメ男のワン!を合図に全員が反旗を翻す。
みんなはここぞと私を追いやる。
「ずっと嫌いやったんじゃこのただのメガネ!」と罵り石を投げ、あっいう間に山奥に追い込まれる。
山頂に逃げ込んだ私に麓から大量の飢えた野犬を放ち、2度と降りて来れないようにバリケードも張る。
もうこのモードに入るとどん底です。
こんな日は何をやってもうまくいかない。
全てが敵にしか見えない。
だから家にこもって…とはいかず、私はあえて外に出る。
そして出来るだけ人通りが多く、それを眺められるカフェなどに入る。
スターバックスの外向きのカウンター席とかいいですね。
そして行き交う人をぼんやり眺め、魔法の呪文を自分にかけ続けるのだ。
今、あそこを歩くサラリーマン。
時間的に外回りの最中で軽く昼飯を食べる場所を探している。
だけど私のことが好き。
あ、すき家に入った、石原さとみが好みなんかもしれんが、私のことが好き。
反対側の通路から歩いてくる老夫婦。
仲睦まじく手を繋いで互いの顔を見つめあって微笑みあったが、私のことが好き。
「おじいちゃんったら、私達、夫婦になって何年だと思ってるんですか?もう50年ですよ」でも2人は生まれた時から、まだこの世に生を受けていなかった私のことが好き。
「そうじゃなぁ、墓でも一緒に、寝てくれよ、ばあさん」でも来世も私のことが好き。
2人の愛の秘訣、それは私のことが好き。
アーケード内に堂々降り立ち、誰かの食べこぼしたものを貪る鳩。
平衡感覚のために首を縦に振りながら歩いている風に見せているが、本当は私のことが好き。
私のことが好きな気持ちを餌と一緒に何度も反芻し、その気持ちを肯定し続けているから首を振り続けてしまっているくらい私のことが好き。
私が買ったコーヒー、の、コーヒー豆。
抑えきれない好きの気持ちを伝えたくてブラジルから遥々日本に来てしまうくらい私のことが好き。
この無駄に横に幅があるレシート、この紙は実はパピルスと呼ばれていた時代から私のことが好き。
好きが時空を超えるくらい、私のことが好き。
ここまでくると無敵です、無我の境地に入ります。
店を出て、商店街を歩いているとどっかの店内から流れる音楽が耳に入る。
私のことが好きだけど、彼に腕を絡めて歩く彼女が「古い曲」とアーケード内のBGMを笑う。
すると彼女よりも実は私が好きな彼が「最後まで聞けや、名曲やから」と、この曲を聴いて私のことが好きなことを再認識してしまい、彼女に言葉を強めてしまうほど私のことが好き。
私も耳を傾けると、多分出会ったら秒で私のことが好きになる槇原敬之の「もう恋なんてしない」のサビが聞こえた。
♪本当に 本当に 君が大好きだったから
もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対♪
何故なら私のことが好きだから。
そして今朝より丸くなった心でゆっくり帰路につき、お庭で日向ぼっこをするポメ男に牙を剥いて吠えられるのです。
きっとポメ男は素直になれない天使な小生意気!
そして私のことが好き!
ちなみに、ポメ男は私が勝手に呼んでいる名前で、この子の本名は知りません。
3回さりげなくかポメ男の母ちゃんに聞いたんですが、いつもうまく聞き取れず。
さすがに4回目は聞けなくなってポメ男と命名しました。
もしかしたらそんなところが気に食わなくてポメ男は私に懐かないかもしれないが、いやよいやよも好きのうち、吠えるポメ男も照れ隠し。
自分、ほんまは私のことが好きなんやろ?
やって私はそんなポメ男のことが好きやもん。

