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一宮光輝が語る『玉置浩二』─「夏の終りのハーモニー」笑っていいとも・伝説のアカペラ、なぜ玉置浩二は "歌い出し" が見えないのか

はじめに
─伝説の "いいともアカペラ" を覚えていますか

『笑っていいとも』。

タモリさんと玉置浩二さんが、並んで座って、
いつものように雑談していた。
当時の "いつもの空気" がスタジオに流れている。

その会話の途中で、玉置さんがすうっと息を吸って
─そのまま アカペラで歌い出した

歌った曲は 「夏の終りのハーモニー」
井上陽水さん作詞、玉置浩二さん作曲、
井上陽水×安全地帯のデュエット曲
(1986年9月25日リリース、オリコン最高6位)です。

ギターも、ピアノも、コーラスも、何もない。
玉置浩二さんの声だけが、生放送のスタジオに置かれた。

スタジオが、しんとなった。
タモリさんが息をひそめて聴いている。
カメラが回っている。観客もいる。

なのに、聴こえてきたのは
伴奏ゼロのはずなのに、合奏のように響く 不思議な歌でした。


この記事で扱うこと

ここから先で、僕が解剖していくのはこの一点です。

なぜ、玉置浩二さんは伴奏ゼロのアカペラなのに、"合奏" に聴こえたのか。

カラオケでアカペラ歌唱に挑戦したことがある方なら、分かると思います。
普通、アカペラはどれだけ歌が上手くても 「声だけ」 に聴こえます。
寂しい、薄い、止まる、伸びない
─そういう印象になりやすい。

ところが玉置浩二さんのあの「いいとも」アカペラは、
「声だけ」とは正反対 の印象を残しました。

- ハーモニーが聴こえる
- 楽器が聴こえる
- バンドが聴こえる
- なのに、画面の中には玉置さん一人しかいない

これは何が起きているのか。
玉置浩二さんの身体は、声として何をしているのか。

その答えを 身体・声・人生 の3つの視点から、解剖していきます。


まず、楽曲のことを少しだけ

「夏の終りのハーモニー」は、1986年8月、神宮球場での
井上陽水×安全地帯ジョイントコンサート で初披露された曲です。
そこから約1ヶ月後、1986年9月25日にデュエットシングルとしてリリース。

 作詞:井上陽水
 作曲:玉置浩二
 編曲:星勝・安全地帯・中西康晴

→ 玉置浩二さんというアーティストの中で、
この曲は 「自分が書いて、自分でも歌うが、
もう一人(井上陽水さん)と"二人で生きる"曲」
 という、
ちょっと特殊な位置にいます。

その後、玉置さんはこの曲をセルフカバーし(2002年版あり)、
ライブでも繰り返し歌い続けています。
そして、2017年、NHK『SONGS』で井上陽水×玉置浩二の
31年ぶりの "ハーモニー" が実現しました。

つまり「夏の終りのハーモニー」は、
生まれた瞬間から "二人の曲" だったわけです。



"いいとも" アカペラ ─何が起きたのか

その曲を、玉置浩二さんは 完全に一人で、アカペラで歌った。
しかも、生放送の昼の番組で、タモリさんと喋りながら。

普通、歌手がテレビでアカペラ独唱をするときは:

- 椅子に座って
- スタジオが暗転して
- 観客が静かになって
- 「では、お聴きください」

そういう 儀式 がある。
歌手の側にも「これから歌うぞ」というスイッチがあって、
観客の側にも「これから聴くぞ」というスイッチがある。

しかし、玉置浩二のいいともアカペラには その儀式がない

タモリさんと喋っている延長で、いつのまにか歌が始まっている。
玉置さん本人の表情も、「歌っている顔」になっていない。
喋っているときの口元のまま、歌に入っていく

これがまず、第一の驚きです。


ここまでで読んで頂きたかったこと

僕がこの「いいともアカペラ」を初めて見たとき、衝撃が走りました。

「歌は、こんなに自然な顔のまま歌ってもいいのか」

ボイストレーニングの世界では、よく「歌う構えが大事だと言われます。
姿勢、呼吸、口の開け方、表情、目線。
そのどれもが大事なのは本当です。

でも、玉置浩二さんのいいともアカペラは、その 「構え」 を
全部後ろに隠してしまっている

外から見ると、「喋りの延長」でただ歌い出しただけ。
なのに、聴こえてくる音は アカペラの最高峰

「構え」をなくす、ではなく、「構え」を 見えなくする

これが、約40年以上歌い続けてきた
玉置浩二さんの熟成された技術だと、僕は思います。


しかし、僕が本当に衝撃を受けたのは、声そのものではありません。

玉置浩二さんは、「歌う瞬間」が見えないのです。

普通の歌手は、歌い出す前に "構え" ます。
姿勢を作る、息を吸う、目線を整える、表情を歌う顔にする。
ステージにいる歌手なら、それは当然の準備です。

ところが、玉置浩二さんには その構えがない

会話と歌の 境界線が消えている
喋っていたはずなのに、いつのまにか歌になっている。
本人の顔も、声の方向も、ほとんど変わらないままで。


僕が、この記事で本当に解きたい問いは、3つあります。

なぜ玉置浩二さんは、"歌う前から歌っている" ように見えるのか。
なぜアカペラなのに、僕には "バンドが鳴っている" ように聴こえたのか。
そしてなぜ、この技術は約40年経った今も、誰にも真似されないのか。

ここから先では

- 「歌い出しが見えない」身体の作り方
- アカペラが "合奏" に聴こえる理由
- そして、あなた自身が今夜、自分の身体で再現するためのエクササイズ

を、解剖していきます。

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