一宮光輝が語る『宮本浩次』 ― なぜ、歌詞があれほど刺さって飛んでくるのか(「俺たちの明日」徹底分析)
YouTube「歌ラボ」累計530万再生のボーカルトレーナーが、エレファントカシマシ・宮本浩次「俺たちの明日」(ap bank fes take)を一宮式発声メソッドの視点で分解する

こんにちは、一宮光輝です。
前回第7回(冬の花)では、宮本浩次さんの「下」=骨盤底筋の話をしました。
動いても屈んでも声が潰れないのは、土台がガチッと締まっているから ―というお話。
今回は宮本浩次さん編の後編。
取り上げるのは、エレファントカシマシの代表曲 「俺たちの明日」(ap bank fes take)
そして今回テーマにしたいのは、「上」の話です。
なぜ、宮本浩次さんが歌うと、歌詞がこっちの胸まで飛んで来るのか。
「何を歌ってるかわからない」「歌詞が届かない」とお悩みの方には、たぶん、いちばん効く回です。
「歌詞が刺さる」 ― これがJ-ROCKの大前提
エレカシのファンの皆様とお話ししていて、いつも思うことがあります。
宮本浩次の歌は、"声"の前に"言葉"が飛んでくる。
これは、J-ROCKというジャンルの大前提でもあります。
ロックボーカルにおいて、何を歌っているか分からないボーカルは、
もう、その時点でアウト。
メロディよりも、声色よりも、「歌詞が刺さる」ことが先。
じゃあ、宮本浩次さんの声は、いったい体のどこで鳴っているのか。
普通の人が「下に押し付ける支え」を真似しようとすると、たいてい
こもって、何を歌ってるか分からなくなるんです。
ところが宮本さんは、あれだけ下に押し込みながら、
言葉だけはハッキリ前に飛んでくる。
ここに、宮本浩次さんのもうひとつの隠し玉があります。
「俺たちの明日」とはどんな曲か
「俺たちの明日」は、エレファントカシマシが2008年にリリースした、応援歌の代表曲。
「さあ がんばろうぜ! 」
(歌詞は元曲を参照してください)
このap bank fes takeは、宮本さんが
マイクを掴み、屈み、駆け回り、絶叫しながら歌う
ものすごい熱量のテイク。
僕は最初、これを「単なる熱い人のロック」として観ていました。
でも何度も聴き返すうちに、気づいたんです。
宮本浩次さんの声は、"出てる場所"が普通のシンガーと全然違う。
普通の発声 vs 宮本浩次の発声
ボイトレで「いい発声」を教えるとき、よく言われるのが、
「真ん中から、上下に開いていく」
というイメージです。
声を出す瞬間に、口の中の空間が
前と後ろ・上と下に均等に広がっていく。
これが「バランスの良い発声」のお手本。
ところが、宮本浩次さんはこのお手本通りに歌っていません。
宮本さんの発声を観察すると ―
- 下の圧が、ずっと強い
- 下に抑え続けるような姿勢
- 首から下が広く張っている
- そこにシャウト系の倍音が混ざる
声を出すイメージで言うと、ドン、と下に落とすような鳴らし方。
これだけ聞くと、声はこもって、歌詞は届かないはずなんです。
でも、宮本さんは届く。むしろハキハキしている。
ここが今回の謎です。
鳴らす場所は、3パターンある
ボイスポジション(=声を実際に共振させて鳴らす場所)は、
シンガーによって大きく3つに分かれます。
| ① 奥(咽頭の奥) | 桑田佳祐さん など |
渋い、艶っぽい、こもった味のある音 |
| ② 真上(軟口蓋の上) | 「お手本」とされるポディション |
綺麗、整っている、立ち上がる音 |
| ③ 前歯付近(口腔の外) | 宮本浩次さん |
ハキハキ、刺さる、言葉が前に飛ぶ |
宮本さんは、③前歯付近で鳴らすタイプ。
ここがポイントなんです。
首はこんなに下に押し込んでいるのに、声は前歯のさらに前で鳴っている。
「口の位置がここだとしたら、もうちょっと前
―前歯のさらに少し前あたりに、音の鳴っている場所がある」
そんな遠投感のあるボイスポジションです。
これが、歌詞が前に飛んでくる正体です。
宮本浩次の声が成立する「2つの動き」
整理すると、宮本浩次さんの発声は、2つの動きが同時に起きています。
① 下に叩きつける(首の下に、ドンと圧をかける)
② 叩いた瞬間に、その音を口腔外=前歯付近に持ち上げる
①だけだと、声は下にこもって終わります。
②だけだと、軽くて薄っぺらい声になります。
この2つを同時にやるから
- 重みと哀愁(下の音)
- 明瞭さと刺さり(前の音)
の両方が一音に同居するんです。
これは、第1回からお話ししてきた基本理念 ―
「支持は後ろ、響きは前」
の、最も極端で純度の高い実装例です。

喉の奥は「広い筒」のまま保たれている
ここで注意してほしいことがあります。
「前歯付近で鳴らす」と聞くと、口の前の方だけで歌っているように
思えますが、違うんです。
宮本浩次さんの場合、喉の奥は広い筒のまま、ずっと開いている。
ここが、軟口蓋を感じるよく言う「あくびの形」)ではなく、
それより下の咽頭洞(いんとうどう=喉の下部空間)を広く保つ
アプローチなんです。
軟口蓋を上げようとすると、舌の下から内側に押し上げる動きになって、初心者には難しい。
でも、咽頭洞=下を広げるアプローチなら、もっと体感的にやれます。
例えば「ハヒフヘホ」と発音しながら、喉の奥を下に開けていく感覚。
合唱で「口は縦に開けなさい」と教わるのと、まったく同じ方向性です。
宮本さんは、
喉の奥を、広い縦長の筒として開く(下方向に広い)
同時に、出口は前歯付近(前方向に遠く)
この「奥は広く、出口は遠く」の組み合わせが、
あの統一感のある鳴りを作っています。
「お」を、飲むように歌う
宮本浩次さんの発音で、僕がいちばん感動するのが
「お」と「ハ」の母音です。
「どこかへ行こう」
普通、「お」の母音は、上唇でシフトをかけて(口を窄めて)出します。
でも宮本さんの「お」は、飲むように歌う。下に飲み込む感覚。
「ハ」も同じです。
「ハ・ハ・ハ」と上顎で鳴っているのに、鼻腔にも響きが届いている。
これは、口を窄めずに、奥を縦に広げたまま発音しているから
起きる現象です。
口を縦に開け、下顎をずっと下げたまま、声色だけを口の前に飛ばす。
下顎は、ずっと下がりっぱなし。上顎は、閉じない。
これが宮本浩次さんの基本姿勢です。
Aメロでもサビでも、下顎と首の距離が常に近い(=下顎が下がってる)まま。
だから、どんなに音域が上がっても、胸郭の力が抜けない。
暴れて見えるけど、基礎はガチガチ
これだけ暴れて、屈んで、走り回りながら歌い続けられる理由は何か。
調べると、こんな事実がありました。
宮本浩次さんは、小学生のときNHK東京児童合唱団に所属していた。
「はじめての僕デス」という曲でCDをリリースしている。
つまり、子どもの頃に、合唱の基礎を徹底的に叩き込まれているんです。
合唱の指導はシンプルです。
- 口は縦に開けなさい
- 下に開けなさい
- 声を遠くに飛ばしなさい
これ、まさに今回お話しした宮本浩次さんの発声そのものなんです。
メチャクチャに振り切って見えるけど、根っこは合唱の基礎で、
ガッチガチに固められている。
だから絶対潰れない。
これが、僕がいちばん伝えたかったことです。
自由に歌っているように見えるアーティストほど、基礎が固い。
「基礎」がなければ、「壊す」ことすらできない。
基礎があるから、壊せる。
これは、宮本浩次さんが体現している大事な真実です。

「しっかり」と「めちゃくちゃ」の両極を持つ
宮本浩次さんを長く観てきて、僕が思うのは、
「しっかりやる」と「めちゃくちゃやろうぜ」
―この両極端を、両方持っている
ということです。
普通、人はどちらかに寄ります。
「ちゃんとしなきゃ」一辺倒の人。「自由でいたい」一辺倒の人。
でもアーティストとして長く活躍する人は、両極を行き来できる。
真面目な基礎を持っていて、それを自分の意志で崩せる。
宮本浩次さんは、ピュアな真面目さと、それをいかに崩すかという芸術の、両方を持っている人です。
だから、何十年経っても、飽きずに「次の宮本浩次」を見たくなる。
解剖学・心理学・量子力学のレンズで見ると
ここまでの話を「3つのレンズ」で整理します。
【解剖学】
宮本浩次さんは、咽頭洞(喉の下部空間)を縦長の筒として開き、
出口を口腔外=前歯付近に置くという構造を作っています。
胸板(胸郭の前面)を張り続けることで、
横隔膜が引き上がらず、ずっと下方向に圧がかかり続ける。
下方向の圧が続くから、出口=前歯付近の鳴りがブレない。
これが解剖学的な「歌詞が刺さる声」の正体です。
【心理学】
「性格は歌に出る」と僕は思っています。
星座占いに例えると、
- 太陽星座 = 外から見える社会的な顔(=日常の宮本浩次)
- 月星座 = 仲のいい人だけが知る本当の自分(=歌の中の宮本浩次)
歌に出るのは、月星座のほう。
だから世間で明るく見える人が、歌うと急に内省的になったりする。
宮本浩次さんは、根っこにあるピュアな真面目さが、
声から漏れ出てしまう人。
だから歌詞が届く。声が嘘をついていないから。
【量子力学】
「言葉」というのは、特定の周波数を持った振動です。
「あ」「い」「う」「え」「お」 ―母音ごとに、
固有の周波数の組み合わせ(=フォルマント)を持っている。
宮本浩次さんが前歯付近で鳴らすことで、
フォルマントが乱されずに前方向にまっすぐ飛ぶ。
これによって、聴き手の耳には「言葉」として正確にデコードされる。
「歌詞が刺さる」とは、振動が乱れずに届くこと。
科学的にも、ちゃんと理由があるんです。
今日からできる、たったひとつのこと
長くなりました。今回も、ひとつだけ実践を紹介します。
「ハヒフヘホ」で咽頭洞を広げる
軟口蓋を上げる前に、まず下を広げる。
1. 鏡の前で口を縦に開ける(指2本分が縦に入るくらい)
2. 下顎を、首に近づけるように下げる
3. その状態で「ハー、ヒー、フー、ヘー、ホー」と発声
4. 喉の奥が縦長の筒になる感覚を探す
「前歯のさらに少し前」を狙う
声を出すとき、口の中ではなく、口の前で鳴らす意識を持ちます。
1. 唇のすぐ前(指1〜2本分前)に、マイクが浮いているイメージ
2. そのマイクに、言葉を当てに行く
3. 「ありがとう」「こんばんは」など、好きな言葉でやってみる
ステップ3:第7回の「お尻の穴締め」と組み合わせる
ここが今日のポイントです。
下を締める(骨盤底筋)+ 前で鳴らす(前歯付近)
第7回でお話しした骨盤底筋の締めと、
今回の前歯付近の鳴らしを 同時にやります。
これが、「支持は後ろ、響きは前」の完全形です。
慣れてくると、
「歌詞が前にスーッと飛んでいく感覚」
が出てきます。これが宮本浩次さんがやっていることの入り口です。
次回予告
次回・第9回は、いったん雰囲気を変えて、
村下孝蔵さんの「踊り子」を取り上げます。
テーマは ―「優しい声は、なぜ優しく聴こえるのか」。
キーワードは「引きの音」。
宮本浩次さんが前に押し出す音だとしたら、
村下孝蔵さんは逆に、引いて鳴らす音。
同じ「歌詞を聴かせる」シンガーでも、
真逆のアプローチがあることをお見せします。
歌は、特別な才能のある人だけのものじゃありません。
体の仕組みを知って、ちょっと味方につけるだけで、
誰でも今より自由に歌えるようになる。
この連載で、あなたの「歌う身体」を一緒に育てていきましょう。
それではまた次回。
一宮光輝
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