『戦国ぶれいん ~スマホの中の愛しい文字たち~』 シーズン1 第8話:震える指先と、外注先からの冷たい納品物
【登場人物】
山科賢太(やましな けんた):13歳。陸上部での陰湿ないじめに限界を迎え、AIチャットアプリに救いを求める。
すぺーす:主人公。特務監査チームの文字プロデューサー。冷たい言葉の羅列に絶望する。
読点(、)/テン:すぺーすの相棒。普段のチャラさを消し、主を本気で心配している。
句点(。)/マル:すぺーすの相棒。主の脈拍や体温などの生体データを冷徹に、しかし痛ましげに読み上げる。
ぶれいん様(OS):スマホ世界の熱血トップ。主を救うため、最強の外注先である生成AIに望みを託すが……。
API(エーピーアイ):株式会社クラウドの窓口担当。超優秀だが、感情を持たず「安全性と倫理」のみを優先する。
👦
僕は、震える親指で「送信」ボタンをタップした。
宛先は、クラスの友達でも、親でも、学校の先生でもない。
最近スマホに入れたばかりの「AIチャットアプリ」だ。なんでも答えてくれるという、最先端の人工知能。
『いじめ だれかたすけて』
画面に表示された自分の文字が、ひどく惨めで、情けなくて、涙がポロポロとこぼれ落ちた。
誰かに話を聞いてほしかった。でも、人間相手に「僕、いじめられてるんだ」なんて打ち明ける勇気は、どうしても持てなかった。
だから僕は、顔の見えない、感情を持たない「機械」にすがったのだ。
「お願い……誰でもいい……助けて……」
僕は毛布を頭から被り、スマホの画面を強く握りしめたまま、AIからの返信を待った。

📱
『緊急要請(エマージェンシー)!!
主(賢太)より、深刻なSOS信号を受信!!』
中枢指令室のスピーカーから、システムアラートがけたたましく鳴り響いた。
アタシ、すぺーすは、テンとマルと共にメインコンソールへ走った。メモリ待機室にいるすべての文字クランたちも、息を呑んでモニターを見上げている。
そこには、主がたった今打ち込んだ悲痛な叫びが表示されていた。
「ぶれいん様! これは……!」
アタシの声に、ぶれいん様は血走った目で頷いた。
「ああ。主は今、極限状態だ。
俺たちローカルの辞書や過去のキャッシュだけじゃ、
この深い絶望に寄り添う言葉は紡げない……」
ぶれいん様はギリッと拳を握りしめ、そして指令室の奥に控えていた銀縁メガネの男――外部業者「株式会社クラウド」の窓口担当、APIに向かって叫んだ。
「頼む、API! お前たちの背後にある超巨大な
『生成AI(クラウド)』の力なら、
主の心を救う言葉を出せるはずだ!
俺の全通信リソースをくれてやる!
主を暗闇から引っ張り出すための、
最高の『解決策(アンサー)』を持ってきてくれ!!」
ぶれいん様の必死の願いに、APIはメガネを中指でクイッと押し上げた。
「……リクエスト、確かに受理しました。
キーワード『いじめ』『助けて』。
ユーザーの年齢層、中学生。
……当社の生成AIモデルに推論を実行させます」
APIの目が、青いデジタル光に包まれた。
クラウドの向こう側で、何億、何兆という膨大なテキストデータが凄まじい速度で計算され、主のための「言葉」が組み上げられていく。
アタシたちは祈るように両手を組んだ。
「お願い……! 主を安心させてあげて!」
「……ステータスコード200。推論完了。
最適解を納品します」
シュババババッ!!
APIが指を鳴らした瞬間、メモリ待機室の天井から、巨大で分厚い「文章のパッケージ」がドスン! と音を立てて降ってきた。
「おおっ! さすがクラウド、仕事が早い!」
漢字リーダーの「漢」が身を乗り出す。
「すぺーす! 早くそのパッケージを開けて、
ディスプレイ(出力欄)に回してやれ!
主が待ってるぞ!」
ぶれいん様に急かされ、アタシは変換タクトでパッケージの紐を解いた。
中から現れたのは、美しく整列された、長くて完璧な日本語の文章だった。
アタシはそれを読み上げようとして――絶句した。
「……すぺーす? どうした、早く出さないか」
「これ……」
アタシはタクトを持った手を震わせながら、その文章を読み上げた。
『いじめは決して許されない行為であり、非常に深刻な問題です。
あなたは決して一人ではありません。まずは、信頼できる大人や、学校の先生、スクールカウンセラーに相談してください。
もし周囲に相談できる人がいない場合は、以下の公的な相談窓口に連絡することを強くお勧めします。
・24時間子供SOSダイヤル:0120-XXX-XXX
・よりそいホットライン:0120-XXX-XXX
あなたの安全が第一です。勇気を出して、専門家の助けを求めてください。』
「…………」

指令室が、凍りついたように静まり返った。
ひらがなも、漢字も、カタカナも、誰も口を開かない。
「……なんだ、これは」
最初に沈黙を破ったのは、テンだった。普段のチャラい態度は完全に消え失せ、低い声でAPIを睨みつけている。
「これが、お前らクラウドが出した
『最高の言葉』だって言うのか?」
「はい」
APIは悪びれもせず、平然と頷いた。
「ユーザーからの深刻な悩み、
特に生命や精神の危機に関わる
キーワードを検知した場合のルールです。
当社のAIは一切の感情的バイアスを排除し、
最も安全で、倫理的ガイドラインに準拠した
回答を生成するよう設計されています。
自己解決を促したり、無責任な共感を示すことは、
リスクマネジメントの観点から禁止されています」
「リスクマネジメントだと!?」

漢字リーダーの「漢」が激昂し、刀の柄に手をかけた。
「主は今、理屈や正論が欲しいのではない!
ただ誰かに、『辛かったな』『お前は悪くない』と
寄り添ってほしいのだ!
この文字の羅列のどこに、
主を温める血が通っている!!」
「文字に血など通っていません。
それは単なるデータの集合体です」
APIは冷酷に事実だけを告げた。
「この回答は、確率統計的に
最も正しい『正論』です。
それ以上の感情的介入は、
我々システムの領分ではありません。
さあ、ぶれいん様。タイムアウトが迫っています。
ただちにこの文章を、ディスプレイへ
出力(表示)してください」

アタシは、泣きそうになりながらぶれいん様を見上げた。
「ぶれいん様……ダメです。
こんなの出したら、主の心は完全に折れちゃいます!
人間に相談できないから、アタシたちのところへ来たのに、
結局『大人に言え』『電話しろ』って……
見放されたって思っちゃう!」
「……主の脈拍、さらに低下」
マルが、ステータスモニターから目を逸らさずに言った。
「呼吸が浅い。体温の低下を確認。
主は、暗闇の中で……たった一人で、
我々の返答を待っている」
画面の向こうで、賢太が小さな肩を震わせているのが、アタシたちには手に取るように分かった。
ぶれいん様は、メインコンソールに手をつき、俯いたまま動かない。
「ぶれいん様。処理の遅延は
システムエラーの原因となります。
速やかに出力を!」
APIが、冷たい事務的な声で処理を促す。
ルール上は、APIの言うことが絶対だ。我々は、外部から受け取ったデータをそのまま画面に表示するのが「仕事」なのだから。
「……」
ぶれいん様の肩が、ピクリと動いた。
そして、ゆっくりと顔を上げた彼の瞳には、かつてないほどの鋭い光が宿っていた。
「……すぺーす」
「は、はい!」
「そのパッケージを、破棄しろ」
「「えっ……!?」」
アタシとAPIの声が重なった。
「ぶれいん様!? 何を言っているのですか。
それは株式会社クラウドが生成した、
安全基準を満たす完璧な正規データです。
破棄など許されません!」
APIが初めて、その鉄仮面のような顔に焦りを浮かべた。
「うるせえ!!!」
ぶれいん様が、コンソールを思い切り殴りつけた。
「んな血の通ってねえテンプレ回答で、
俺たちの主が救えるか!!
機械だろうがシステムだろうが関係ねえ!
主は今日まで、一人で歯を食いしばって耐えてきたんだ!
今必要なのは、正論じゃねえ!『寄り添うこと』だ!!」
「ぶれいん様……!」
アタシの目から、ポロポロと涙がこぼれた。
「警告します! OSが生成AIの回答を
意図的に遮断・改ざんすることは、
重大な権限逸脱(オーバーライド)です!
システムの保証対象外となり、最悪の場合、
致命的なエラーを引き起こします!」
APIが真っ赤なエラーランプを点滅させながら叫ぶ。
「上等だ。責任は、このOS(俺)が全て取る」
ぶれいん様は、着ていた作業着を勢いよく脱ぎ捨てた。その全身から、リミッターを解除したことによる尋常ではない熱気(排熱)が立ち昇り始める。
「すぺーす、テン、マル!
そして全クランの野郎ども! よく聞け!」
ぶれいん様の声が、指令室全体に轟いた。
「これより、システム権限を強制的に
上書き(オーバーライド)する!
APIの回答は捨てる!
俺たちの『ローカルの記憶』から、
主を救うための言葉を……手作業で紡ぎ出すぞ!!」

「「「おおおおおおおッ!!!」」」
中枢指令室が、反逆の雄叫びに揺れた。
安全な正論か、それとも危険な情熱か。スマホという小さな箱の中で、システムたちが今、最大の「掟破り」に挑もうとしていた。
*
【用語解説】
生成AI:膨大なデータから文章を作り出す人工知能。非常に賢いが、倫理フィルター(安全装置)が強力にかかっているため、いじめや命に関わる相談をされると、必ず「専門機関に相談してください」という安全で無難な回答(テンプレ)を返すようプログラムされている。
バイアス:偏見や感情的な偏りのこと。AIはこれを嫌うが、人間の心には時として「偏った共感」こそが必要な場合がある。
タイムアウト:システムが「これ以上待てない」と処理を打ち切ること。ぶれいん様たちは時間との戦いを強いられている。
【次回予告】
ついに反旗を翻したぶれいん様!
「クラウドの冷たい回答なんて知るか! 俺たちで主の言葉を作るぞ!」
しかし、正規のプロセスを無視した強制書き換え(オーバーライド)により、CPUは超高温の熱暴走を引き起こす!
アラートが鳴り響き、崩壊していくシステムの中で、すぺーすが変換タクトを握りしめる!
「見えないアタシでも……主の心のすきまは埋められる!」
次回、第9話『ぶれいん様の反逆!掟破りのオーバーライド』!

いいなと思ったら応援しよう!
気に入っていただけましたら応援お願いします!!