雑談で気づいた「守るもの」と「挑むもの」
先日、会社で10歳以上年下の同僚たちと雑談していたときのことです。話題は自然と「AIがここまで進化したら、情報システムに関わる自分たちの仕事も、そのうちなくなるんじゃないか」というところに流れていきました。
「じゃあ、もし今の仕事ができなくなったら、何やる?」という話題になりました。
そこから出てきた答えが、私にはちょっと意外でした。料理人、水族館のスタッフ……。AIに取って代わられなさそうな、体を使う仕事、生き物や人と直接向き合う仕事を挙げる人が多かったんです。
AIに「選ばれない仕事」を探す時代
正直に言うと、私はこの話を聞いて、少しモヤモヤした気持ちになりました。
今の自分の仕事のことを、まるで「いずれ消える前提」で話している。しかも、それを深刻ぶるでもなく、わりと軽やかに話している。若手たちにとっては、AIに仕事が置き換わることは、もはや「もしも」ではなく「いつか」の話になっているのかもしれません。
私たち40代は、今の仕事のスキルを積み上げてここまで来ました。でも若い世代は、最初から「この仕事はAIに奪われるかもしれない」という前提で、次の選択肢を考えている。この温度差に、私は少しどきっとしました。
私も、心のどこかで同じことを考えていた
でも同時に、こうも思ったんです。「これ、他人事じゃないな」と。
私自身、AIのニュースを追いかけながら、心のどこかで「自分の仕事の中で、AIに代替されない部分はどこだろう」と考えている自分がいます。表には出さなくても、きっと同じ職場の40代・50代の人たちも、似たような不安を抱えているのではないでしょうか。
ただ、若手との違いは、私たちには「今の仕事の中で積み上げてきたもの」があるという点だと感じます。料理人や水族館のスタッフのように、まったく別の職業に飛び移るのは簡単ではありませんし、どの仕事も厳しい修行が必要です。だからこそ、「代替されない仕事を選ぶ」という発想そのものよりも、「今の仕事の中に、代替されない部分をどう残すか」という視点のほうが、私たちには現実的なのかもしれません。
「代替されない仕事」ではなく「代替されない自分」を考える
若手たちの発想は、「AIに奪われない職業」を選ぶというものでした。それはそれで、ひとつの正解だと思います。
一方で、40代の私たちにとって大事なのは、職業を変えることよりも、「今の仕事の中で、自分にしかできない部分」を見つけることではないかと感じています。
たとえば、情報システムの仕事でも、単なる作業や定型的な判断はAIに任せられるようになっていくかもしれません。でも、社内の複雑な事情を汲み取って調整する力、長年の経験から「この現場ではこのやり方は通用しない」と判断する勘、若手とベテランの間をつなぐ役割——こうしたものは、簡単には代替されない気がします。
大切なのは、闇雲にAIスキルを身につけることだけではなく、「自分は今、何で仕事の価値を出せているのか」を、一度立ち止まって棚卸ししてみることかもしれません。
ここから先では、私自身が実際にやってみた「棚卸しのやり方」を、そのまま使えるワークシートの形にして紹介します。
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