自分の気持ちを、誤魔化さずに生きるということ
正直に生きよう、という言葉は好きじゃない。
なんだか強くて、
ちゃんとしていて、
迷いのない人だけの言葉みたいに聞こえるからだ。
僕が考えているのは、
もっと弱くて、もっと地味な話だ。
自分の気持ちを、誤魔化さずに生きること。
それは、
前向きになることでも、
ポジティブでいることでもない。
むしろ、
「今日は無理だな」
「本当はやりたくないな」
そんな気持ちを、
なかったことにしない、という選択だ。
大人になると、
自分の気持ちを誤魔化すのが
とても上手になる。
疲れているのに
「まだいける」と言う。
楽しくないのに
「ありがたい」と思おうとする。
不安なのに
「考えすぎだ」と片づける。
それは嘘じゃない。
ちゃんと理由もある。
家庭がある。
仕事がある。
守るものがある。
だから、
自分の気持ちよりも
“うまく回すこと”を優先する。
それ自体は、
間違っていない。
でも、
誤魔化し続けた気持ちは、
消えない。
ちゃんと、溜まる。
夜になって、
理由もなく息苦しくなったり、
何もしていないのに
どっと疲れが出たりする。
そのときになって初めて、
気づく。
「ああ、
本当はずっと無理してたんだな」と。
自分の気持ちを誤魔化さずに生きる、
というのは、
✔ わがままになることでも
✔ 感情をぶつけることでも
✔ 全部を言葉にすることでもない。
ただ、
自分の中で否定しないことだと思っている。
「こんなことで疲れるなんて」
「文句を言う立場じゃない」
「もっと頑張れるはず」
そうやって、
自分にだけ厳しい判決を下さないこと。
正直に言うと、
これを選ぶのは怖い。
自分の気持ちを認めると、
立ち止まらなきゃいけなくなる。
今のやり方が、
間違っているかもしれないと
気づいてしまう。
だから僕も、
今でも誤魔化す。
「大丈夫」と言ってしまう日もあるし、
「まだいける」と無理をする日もある。
誤魔化さずに生きる、は完成形じゃない。
何度も戻りながら選び直すものだと思っている。
それでも、
一つだけ確かなことがある。
自分の気持ちを誤魔化さない時間が、
一日のどこかに
ほんの数分でもあると、
人生は、
少しだけ持ちこたえられる。
車の中で
「今日はしんどかったな」と思うこと。
夜、布団の中で
「本当は寂しかったな」と気づくこと。
誰にも言わなくていい。
解決しなくていい。
ただ、
自分だけは知っている
それでいい。
自分の気持ちを誤魔化さずに生きる、
というのは、
強くなることじゃない。
変わることでもない。
自分から逃げない、というだけだ。
もし今、
うまく言葉にできないモヤモヤがあるなら、
それは甘えじゃない。
ちゃんと、
あなたがあなたの人生を生きている証拠だと思う。
今日は、
前向きにならなくていい。
ただ、
誤魔化さずに、
「そう感じている自分」を
そっと置いておくだけでいい。
それだけで、
もう十分、生きている。
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