不信感
・日程
T大学病院 泌尿器科のA医師から、
膀胱癌だと告知されました。
前項で紹介したように、癌の告知を
患者の顔を見ないでパソコンの画面を、
見ながら行ったことに
まず不信感を持ちました。
癌ですよ。風邪を引いたり、
転んで膝を打ったなどとは、
訳が違います。
次に不信感を持ったのはA医師が、
内視鏡手術の日程を勝手に決めたことでした。
これまで紹介したように亡父の介護をしていた私は、
自分1人の一存では決められない状況でした。
「ケアマネさんや父の主治医と相談してから決めます。」
私はそう言いました。
A医師は「島本さんの事情は分かりました。
しかし今の島本さんは一人の癌患者でもあります。
ご自分の身体の心配をする時期です。」
などと言って強引に入院の日程を決めてしまいました。
おいおい人の話を聞けよと思いましたね。
私の身体を心配していただいているのはありがたいですが、
日程を決めるくらいは、こちらに権利があるでしょう。
・同意書
さらに不信感を募らせる出来事がありました。
それは内視鏡手術の同意書にありました。
「不足」の事態が生じることを承諾しました。
というような文言がありました。
この場合の「ふそく」は予期せぬ出来事の意味ですよね?
であるならば「不測」の事態と書かれるべきです。
A医師は雛形のある文書を印刷しました。
? 他の患者にも誤字を直さないまま、
この同意書を出していたの?
これ命に関わる手術の同意書だよね?
こんなことでいいの?
私はそう思いました。
のちに古い友人から、あんたそんな細かいところ
(誤字)に不信感を持って手術を断ったの?と、
半ば呆れられました。
しかし私は命が掛かっていることだからこそ、
たとえたった1枚の同意書といえども、
そんな初歩的なミスを見逃して多くの患者に、
渡しているのはおかしいと感じたのです。同意書の最後に「不同意」に丸をして、郵送しました。
T大学病院の手術は拒否して、
しばらくは温熱療法をしているクリニックに
通うことにしました。
当事者は自分であるという、
意識だけは失いたくなかったのです。
※この体験は私のケースであり、
すべての医療現場・医師に当
てはまるものではありません。
