女子大生、セックス依存症になりました〜4話〜『残酷な関係性』
先輩・後輩の上下関係はそのままに、私は先輩と付き合い始めた。
だが、デートはおろか、たわいないメールのやり取りすらなかった。必要最低限の用件だけをメールし、それ以外の連絡は彼が拒んだ。
彼は、自分の自由な時間が少しでも奪われることを許せない人だった。
その一方で、性的な要求だけは当然のように行われた。
「性的に応えるのは付き合う上での義務だ」
と彼は言った。
応えられないのなら付き合い続けられない。
───彼の言葉は冷たく、関係の距離は縮まるどころか、ついに心は繋がらないまま、ただ肉体だけの関係になっていった。
すべてにおいて彼が支配権を握り、私は従うのが当然という構図が出来上がった。
恋人としては歪んだ関係だった。
私は幼少期から孤独を抱えてきた。
その分、恋人という特別な存在への憧れは人一倍強かった。
「誰にも大事にされなかった私を、もし特別に大事にしてくれる人が現れたら、私もその人を特別に愛そう」
──そう思って生きてきた。
だから、彼の要求に応えたいと思ってしまった。応えることが、私なりの愛情表現だと信じたかったのだ。
けれど、その想いは、初めての恋人によって容易く砕かれていった。
初めての相手は重要だ。
鳥の雛が初めて見たものを親と認識するように、初めての交際はその後の基準になる。
私は、知らず知らずのうちに彼を基準にしてしまった。
彼は私に「恋愛=肉体関係が大前提」という大きな刷り込みを残したのだ。
✳︎
彼と付き合って二か月が過ぎた。
初体験の後、二人で会う機会はほとんど訪れなかった。
だが、メールや電話での性的要求は途切れず、私は必死で応え続けた。
やがて彼は大阪の大学院に進学し、東京から引っ越した。私は四年生に進級し、お付き合いの実感の薄いまま、遠距離恋愛が始まった。
わたしは寂しさに耐えかねて、三ヶ月ぶりに彼に会いに大阪へ行くことにした。
夜の新宿バスターミナル。
人混みの中、旅行鞄を抱えて一人で夜行バスを待つ。
隣り合う見知らぬ人たちがこれから一晩を共にするという光景が、不思議でならなかった。
バスは薄暗く、人の熱気とエアコンの音が充満している。胸の中に焦げつくような寂しさがあり、バスの振動はガラスの揺りかごのように私を包んだ。
早くこの胸の痛みを癒したかった。愛されている実感が欲しかった。本当は学業も何もかも投げ出して、走って彼に会いに行きたかった。
約束の駅前で私は待った。
すでに待ち合わせの時間から二時間以上が過ぎている。
到着時点で連絡は入っていたが返信はなかなか来ず、不安が小刻みに体を震わせた。
耐えられず数十分おきにメッセージを送ってしまう自分を止められなかった。
結局、彼が現れたのは三時間後。
少し不機嫌そうだった。
「待たせて悪かったけど、つばさはこっちの事情も想像できてる? 研究で忙しい中、抜けてきたんだ。何回もメッセージをよこされるときついよ」
私が謝ると、彼は車の方へ歩いて行った。そこには大きな、ピカピカのトヨタ車が停まっていた。彼の実家は大きな病院を経営していて、お客にと芸能人がいると聞いたことがある。あの車も両親が買ってくれたのだろうか。
家族仲はどうなのだろう──興味はあるが、私はプライベートなことを尋ねられなかった。
私はいつも彼の話に相槌を打ち、それに合わせた質問しかしなかった。
彼は新生活の話をし、学業について私にいくつか質問する。それは先生が生徒に向ける問いに似ていた。
私が満点で答えられることはなく、十点や二十点の答えに対して彼は説教めいた解説をする。
そのたびに私は恥ずかしく、辛い思いをした。
自分が馬鹿だとわかっているけれど、好きな人にその弱さを見せるのが耐えられなかった。
一方で、彼の賢さには尊敬の念を深め、「こんな自分と付き合ってくれるだけでありがたい」と思ってしまう自分もいた。
当時は、賢い彼に自分の意見を言うことが、先生に反論する学生ぐらい愚かなことだと本気で信じていた。
──今なら分かる。私の父と彼の言動には似たところがあった。
世の中に「正解」などない。考え方は星の数ほどあり、誰かの作った答えつきの問いに100点を取れるのはその人だけだ。
あの一連のやりとりは、立場の上下を明確にするためのマウントでしかなかった。
しかし当時の私はそれに気づけなかった。自分の考えを持てるほど自信がなく、何か言われれば「全部自分が悪い」と思う方が楽だった。
疑問を持たずに人を盲目的に信じ、自分を否定してしまった。
彼もきっとそれをよく分かっていた。
そこには残酷な関係性が静かに成立していたのだ。
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⇩次回 『感覚だけが繋がっている』
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