Golden Lady 歌詞と対訳
楽曲について
Golden Lady / written by Stevie Wonder
スティーヴィー・ワンダーが1973年に発表したアルバム「インナーヴィジョンズ(Innervisions)」に収録した楽曲。同アルバムの他の楽曲がアメリカの社会問題等をテーマにしているのに対し、純粋なラブソングとしてアルバム内で異彩を放っています。
翌1974年には、プエルトリコ出身でスティーヴィーと同様に盲目のシンガー/ギタリスト、ホセ・フェリシアーノがアルバム「And The Feeling's Good」にサンバ/ボサ・ノヴァ調にアレンジされたカヴァーを収録。おそらくその軽快なバージョンを元にして、日本のアーティスト Saigenji もまた2004年に発表したアルバム「Innocencia」でこの曲の秀逸なカヴァーを披露しています。
曲を聴く前にイメージしたいこと
ゴールデン・レディという不思議なタイトル。字面どおりだと「金色に輝くほど美しい女性」と受け止めそうになりますが、そもそもスティーヴィーは目が見えません。この翻訳における gold は色彩というより「黄金のように貴重で得難い」という意味合いを持たせていると仮定しました。
本稿は一貫して伊藤亜紗・著「目の見えない人は世界をどう見ているのか(光文社)」を参考に、視覚を排除してはじめて「見えてくる」意味を想像して意訳しています。翻訳にどのように反映したかは各注釈をお読み頂くとして、視覚障害者だけが見る世界を惹き込まれる筆致で鮮やかに映し出す、ものすごい名著。オススメです。
スティーヴィーはこの曲で恋人同士が愛を育むプロセスを描写していますが、前述の書籍を踏まえて歌詞を考察すると、そんな単なるラブソングを超えるものを筆者は感じます。
視覚障害者は健常者である誰かに頼って生きることを余儀なくされるが、健常者だって一人で生まれ一人で死ぬわけではない。子どもは親を頼り、年老いて体が不自由になればまた誰かを頼る。解釈を広げると、この曲は恋愛感情を超えた普遍的な人類愛を歌っているのでは、と思ってしまいます。つまり見える人見えない人含めて全人類必聴!本稿を読んだ後には是非、目を閉じて楽曲を聴いてみてください……それではどうぞ!
歌詞と対訳
Looking in your EYES
気付いているんだ 貴方の瞳が
Kind of heaven EYES
天啓の眼差しになっていることに
Closing both my EYES
だから私は 両目を閉じて
Waiting for SURPRISE
新たなる驚きを待っている
To see the heaven in your eyes is not so far
貴方と分かち合う楽園は もはや遥か彼方ではない
'Cause I'm not afraid to try and GO IT
私はもう 一歩踏み出すことを恐れていないから
To know the love and the beauty never known before
これまで知り得なかった 愛と美に出会うために
I'll leave it up to you to SHOW IT
全てを 貴方に委ねたい
And golden lady, golden lady
黄金の貴婦人よ 黄金の貴婦人よ
I'd like to go there
見つけたいんだ その場所を
Golden lady, golden lady
黄金の貴婦人よ 黄金の貴婦人よ
I'd like to go there
探し求めている その場所へ
Take me right away
導いておくれ
Looking at your HANDS
気付いているんだ 貴方の両手が
Hands can UNDERSTAND
目や耳以上に物事を理解できることに
Waiting for the CHANCE
だから私は 静かにその時を待つ
Just to hold your HAND
貴方の手を握る その時を
A touch of rain and sunshine made the flower grow
雨と日差しに触れ合うことで 花は育つ
Into a lovely smile that's BLOOMING
その咲き誇る愛らしい笑顔に包まれると
And it's so clear to me that here's a dream come true
その時はっきりわかるのだ 私は夢が叶うのだと
There's no way that I'll be LOSING
私はもう 見失うことはない
And golden lady, golden lady
黄金の貴婦人よ 黄金の貴婦人よ
I'd like to go there
見つけたいんだ その場所を
Golden lady, golden lady
黄金の貴婦人よ 黄金の貴婦人よ
I'd like to go there
探し求めている その場所へ
Take me right away
導いておくれ
A touch of rain and sunshine made the flower grow
雨と日差しに触れ合うことで 花は育つ
Into a lovely smile that's BLOOMING
その咲き誇る愛らしい笑顔に包まれると
And it's so clear to me that you're my dream come true
その時はっきりわかるのだ 貴方は私の夢そのものだと
There is no way that I'll be LOSING
私はもう 見失うことはない
And golden lady, golden lady
黄金の貴婦人よ 黄金の貴婦人よ
I'd like to go there
見つけたいんだ その場所を
Golden lady, golden lady
黄金の貴婦人よ 黄金の貴婦人よ
I'd like to go there……
見つけたいんだ その場所を……
looking in your eyes……視覚を遮断するからこそ得られる気づきを表現したかったので、安易に look を「見る」と訳すことは避けました。実際 look という動詞には、look for で「探す」、look to で「関心を持つ」等、単に視覚を用いるという以上の意味合いがありますよね。
to see the heaven in your eyes is not so far, 'Cause I'm not afraid to try and go it……目が見えない人にとっての「移動の距離感」について。健常者が3DダンジョンRPGのように直接目にする視覚を頼りに移動するのに対し、目が見えない人はまるでドラクエの如く自分の立ち位置を俯瞰したマップを脳内で形成し、そのマップが正解かどうかを確かめるために慎重に一歩一歩を踏み出す。その前提を踏まえた上でのこの一節は、パートナーの助けを伴い踏み出す勇気を得て、自身の脳内マップが示す目的地がクリアになっていくことの喜びを表現している、と考えます。
I'd like to go there……この一節も前述の「移動の距離感」に通じます。goを「行く」と訳さないのは、目が見えない人にとっての移動という行為は、あらかじめセットされた目的地を「目指す」というよりも、自身の脳内マップを頼りに目的地を「探し求める」感覚に近いから。曖昧だった脳内マップがクリアになれば、There is no way that I'll be losing =もう見失わない、というわけです。
hands can understand……目に見えない人にとっては手や足の裏なども、感覚器官として機能するんですね。そういえばレイ・チャールズの伝記映画で、レイが手を握っただけでその女性が美人かどうか判別している描写がありました。
golden lady=クリムト作・絵画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」は The Lady in Gold もしくは The Woman in Gold という別の呼び名が与えられ、それを元に日本では「黄金の貴婦人」「黄金の女」という別名でも知られているようです。クリムトとこの楽曲とは何の関係も無いと思いますが、全体の雰囲気に合っているので勝手に拝借しました(笑)。
