Shhh! songwriterの聖地では、お静かに……文化としてのsongwriting考(3)
およそ音楽好きにとって、”〇〇の聖地” と称されるコンサート/ライブ会場は数多思い浮かぶと思います。ビートルズに始まりエリック・クラプトンや矢沢永吉など国内外の有名アーティストが出演を重ねるロックの聖地「日本武道館」。NYの「ヴィレッジ・ヴァンガード」や「ブルーノート」といった伝統的ジャズ・クラブ。ジェームス・テイラーやリンダ・ロンシュタット、若き日のイーグルスやジャクソン・ブラウンといった西海岸主要アーティストの交流拠点となったLAのクラブ「トルバドール」等…。
しかし「songwriterの聖地」と呼ばれるその場所は、それらの有名会場とは少々趣を異にしています。
筆者の手元に、一冊のリーフレットがあります。


2000年3月、米テネシー州ナッシュビル郊外の「ブルーバード・カフェ(The Bluebird Cafe)」を初めて訪れた際に入手した、店舗紹介フライヤー。以下はその冒頭部分の引用です。
ブルーバード・カフェは最高のカントリー/アコースティック・ミュージックを毎夜提供することで世界的な評価を得ています。出演者は通常「カバー曲」を演奏しません。ミュージシャン同士のジャム・セッションも無し。作家はギターやピアノのみで演奏することが多いです。
当店はリスニングルームとして、演奏中は常に静かにしていただくようお願いしております。そのため当店のスローガンは「シーッ!」です。お食事やドリンクは常時お楽しみいただけますが、おしゃべりを楽しみたいならナッシュビルにはもっと適した場所がありますよ。もっとも、演奏と演奏の合間にはきっと話したいことがたくさん出てくることでしょう!
オーディションを通過した新人作家の作品を、毎週日曜日の夜に聴くことができます。未来のヒットメーカーたちの作品に出会う絶好の機会です。毎月第1日曜日には「サンデー・ライターズ・ピックス・ナイト」を開催。日曜日の人気作家や、平日の作家たちが最新曲を披露します。
カバー曲禁止、オーディエンスに対し盛り上がるよりも静かな傾聴を求める、というのも実にユニークながら、この店を「songwriterの聖地」たらしめているのはそのオーディション・システム。世に知られていない作家たちに発表の場を常設するこの songwriter’s ショー・ケースは、音楽産業が基幹ビジネスであるナッシュビルにおいて、埋もれた才能を発掘する重要な機会として、一般客のみならず数多くの業界関係者も足繁く顔を出します。
事実、マトレイサ・バーグやベス・ニールセン・チャップマン、キム・リッチー(厨房でバイトしてたんだと)といった著名なsongwriter、そしてガース・ブルックスやフェイス・ヒル、テイラー・スウィフト等アメリカを代表するアーティストがここで発見され巣立っていきました。今をときめくエラ・ラングレーも当初ナッシュビルに拠点を起きsongwriterのコミュニティに関わったとのことですから、この店を通過していない筈はありません。そんなわけでこのブルーバード・カフェは、全米中から志望者が訪れる登竜門という意味でまさに「songwriterの聖地」と言えます。

筆者は2000年と2010年にそれぞれ訪問していますが、その名声とはウラハラにお店が実にこじんまりしていることには驚くばかりです。予約可能な席は21席、残りはバーカウンターとベンチのみ。しかしながらこの狭小さが生む人と人との距離感が、他の会場では得られないインスピレーションを作家にもたらすのだと思います。拙ブログでも言及したナッシュビル独特のライブ形式「イン・ザ・ラウンド」もこの店が発祥。リーフレットにはこんな説明があります。
才能あふれる4人のソングライターが輪になって座り、歌やインスピレーションを分かち合います。フレッド・ノブロックとドン・シュリッツにインスパイアされたこの形式は、ブルーバードの伝統の重要な一部となっています。観客はカジュアルで居心地の良い雰囲気の中で、4つの異なる視点から素晴らしいオリジナル曲を聴くという、またとない機会を得られます。新進気鋭のソングライターを発掘したり、最高のアーティストたちの新旧のヒット曲を聴いたりするチャンスでもあります。

この日は歌と朗読を交互に行う特別編「Literature in the Round」でした。
右側のギターを持っている女性が「Strawberry Wine」等で知られるマトレイサ・バーグ。
業界人が頻繁に出入りすることを踏まえて、志望者向けにご丁寧に音楽ビジネスにおけるアドバイスも記されています。一夜にしてスターにはなり得ないから努力あるのみ、songwriterのギルドに加入して業界情報の提供や楽曲批評を受けよう、この店に限らず多くのオープンマイクに参加して観客からの評価を聞こう等といったものですが、最後の一節はなかなか強烈です。
Write, write, write. Write when you love it, when you hate it, when you’re exicited and when you’re bored…just write!
書く、書く、書く!書きたい時も、書きたくない時も、ワクワクする時も、退屈な時も…とにかく曲を書こう!
この一文に、songwritingを志す才能を守り育てていこうというブルーバードの気概を感じます。
このリーフレットは少々古いですが、ネット等の情報を見る限り、店舗の基本的なスタンスとマインドはずっと継続しているようです。
レコードがCDからストリーミングになり、アーティストの発信手段もSNS活用が進んだり時代は大きく変化していますが、今も昔もアメリカン・ミュージックの根底に感じ取ることができる、しなやかな「芯」のようなものの存在は、このブルーバード・カフェ等が守り育ててきた songwriting という文化と伝統に裏付けされているのだと思います。
読者の皆様も、今まで親しんできた様々な音楽を、このような songwritingという文化の裏付けを意識した上で改めて聴いてみると、また違った印象を受けるかもしれません。
このブルーバード・カフェを舞台にした1993年の映画「愛と呼ばれるもの」をご紹介する記事を書いています。
同じくこのブルーバード・カフェを発祥とし、ナッシュビル全域で根付いている独特のライブ形式「Songwriters in the Round」をご紹介する記事を書いています。
