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NHK世論調査「侵略だった」半数近くが『わからない』をどう読むか――右傾化でも学校犯人論でもない

問われているのは歴史そのものより、歴史にどう答えるかだ

県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦から81年。その節目に報じられたNHKの調査で、全国では「先の戦争は、アジア近隣諸国に対する日本の侵略戦争だった」という意見に対し、「わからない」が半数近くに達した。まず受け止めるべきなのは、ここで目立っているのが「そうは思わない」の爆発ではなく、判断保留の膨張だという点だ。ここを見誤ると、議論はすぐに雑になる。誰かを叱る準備だけが整い、何が起きているのかを見る目が消える。

NHK沖縄公式投稿「NHK世論調査“日本の侵略だった” 半数近く『わからない』」

一文で答えさせる設問には、一文では収まらない重さがある

この設問は強い。だが、強いがゆえに、人によっては答えにくい。
「先の戦争」という言葉の中には、少なくとも次のような層が一気に入ってくる。

  • 日中戦争の拡大

  • 東南アジアへの進出

  • 植民地支配の記憶

  • 対米英戦争の局面

  • 国内の統制と動員

  • 空襲や沖縄戦、原爆という被害

これらをひとつの文でまとめて「侵略だった」と問われたとき、即答をためらう人が出るのは自然だ。しかも「侵略」という語は、単なる事実認定であると同時に、道徳的な響きも強く持つ。だからこそ、歴史の複数の局面を区別したい人ほど、かえって一語での返答を避ける。ここにあるのは、単なる腰の引けではない。言葉の強さに対する抵抗でもある。

「わからない」は逃避だけではない

この結果を見て、すぐに「歴史修正主義が広がった」「教育が壊れた」と断じる声は出やすい。だが、設問の形を落ち着いて見れば、そんなに単純ではない。日中戦争と太平洋戦争を区別したい人もいる。国家の加害と国民の被害を切り分けて考えたい人もいる。被害の記憶ばかりでなく加害の記憶も見たいが、一文の断定には違和感が残る人もいる。そうした人が、否定ではなく保留に回るのは不思議ではない。

むしろ今回の数字は、ひとつの成熟を含んでいる可能性すらある。単純な断罪にも、単純な美化にも乗らず、「そんな一文では答えきれない」と感じた人が一定数いるということだ。歴史を多面的に見ようとしたとき、人はしばしば即答を失う。そこだけを切り取れば、「わからない」は思考停止ではなく、思考の入口でもありうる。

ただし、美化しすぎてもいけない

とはいえ、この保留を全部よい方向に読んでしまうのも危うい。判断を留保した人の中には、複雑さに耐えようとした人だけでなく、単に知識の断片しかなく、自分の中で歴史像を結べていない人も当然混じる。SNSや短い動画の断片で歴史に触れる時代では、語が先に立ち、文脈が育たないことも珍しくない。そうなると、人は極論には反発しながら、自分の言葉を持てないまま残される。

いま起きているのは、たぶん「賢くなった人が増えた」か「無関心な人が増えた」かの二択ではない。考えたいが答えの言葉を持てない人と、そもそも考える回路に乗っていない人が、同じ「わからない」に入っている。だからこの結果の核心は、「日本人が右を向いたか左を向いたか」ではない。もっと手前の、歴史を公共の言葉でどう受け止めるかという基盤の揺れだ。断定を拒む人が増えたのか。断定に必要な語彙を持てなくなったのか。あるいはその両方なのか。今回の数字は、その不安定さを映している。

問題なのは、答えの内容だけでなく答え方の貧しさかもしれない

いまの公共空間では、ひとつの語に乗った瞬間に立場が決められやすい。
「侵略」と言えば左だと言われ、ためらえば右だと言われる。
そんな窮屈さの中では、考える人ほど沈黙し、軽く語る人ほどよく目立つ。すると社会全体の認識は、実際よりも極端に見える。今回の「わからない」の多さは、その窮屈さへの防御反応としても読める。人々が歴史を考えていないのではなく、考えても安全に言葉へできない。もしそうなら、これは認識の問題であると同時に、対話環境の問題でもある。


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2000年との比較が示すのは、単純な右傾化ではない

この調査を一段深く読むには、2000年のNHK調査との比較が外せない。2000年5月に実施された同趣旨の調査では、先の戦争を「アジア近隣諸国に対する侵略戦争だった」と考える人が51%、「そうではない」が15%、「昔のことだから自分には関係ない」が7%、「わからない・無回答」が28%だったと、後年の研究論文で引用されている。少なくとも、この数字の並びは、今回の結果と並べたときに極めて示唆的だ。25年のあいだに起きたのが、単純な否定派の爆増ではなく、肯定の後退と保留の膨張だと見えてくるからだ。

立命館大学国際平和ミュージアム紀要「集合的トラウマと平和ミュージアムの役割」

減ったのは「そう思う」で、増えたのは主に保留だ

ここで重要なのは、否定が社会を席巻したとまでは言いにくいことだ。目立つのは、肯定の後退と保留の拡大である。つまり、右傾化という言葉が持つ、一直線のイメージとはずれている。右傾化と言うと、多くの人は「侵略ではなかった」と考える人が大きく増えた図を思い浮かべる。だが、今回まず見えるのはそこではない。見えているのは、言い切れなさの増大だ。

もちろん、歴史認識をめぐる政治的な揺り戻しや、公共空間での言いにくさ、加害と被害をつなぐ語りの弱まりはあっただろう。戦後の節目ごとに積み重ねられてきた言葉が、いつの間にか共有語でなくなっている感覚もある。だが、それでも数字の表面だけを見るなら、社会全体が一枚岩で右へ走ったというより、答えを言い切れない社会になったと捉えるほうが近い。

2000年調査は、比較の土台として実在する

しかも、2000年調査が実在したこと自体は、NHK放送文化研究所のリポート書誌から確認できる。比較の土台そのものが曖昧な噂話ではない点も大きい。いま必要なのは、都合のよい一枚絵ではなく、時間の幅を持った読みである。

CiNii Research「世論調査リポート 日本人の戦争と平和観・その持続と風化」

「わからない」は、便利な箱でもある

ここで厄介なのは、「わからない」があまりに大きな箱だということだ。そこには少なくとも次のような層が混在している。

  • 一文で断定することに抵抗がある人

  • 戦争の複数局面を区別したい人

  • 加害と被害の両方を見て迷う人

  • 記憶や学習が薄れて判断材料を持たない人

  • 政治的ラベル貼りを避けたい人

  • 語り方を誤るとすぐ陣営化されると感じている人

この混在を無視して、「わからない」を全部退行と決めつけるのは乱暴だ。だが逆に、「多面的に見ている証拠だ」と全部持ち上げるのも甘い。大事なのは、保留の中身を分けて読むことだ。

右傾化だけが説明になるなら、もっと別の数字になる

ここで一歩踏み込むなら、右傾化が主因なら社会はもっとはっきり「侵略ではない」の側に寄るはずだ。ところが現実には、多くの人がそこまで踏み切っていない。これは小さな違いではない。断言を避ける社会は、しばしば保守化している社会とは別の顔を見せる。そこには、知識の不足だけでなく、判断の場そのものへの不信が潜んでいることがある。どう答えても雑に分類される、どう答えても何かの旗にされる。そんな空気の中では、人は答えを持っていても黙る。

いま必要なのは、陣営の勝ち負けではなく、保留の質を見分ける視線である。数字を怒鳴る材料にせず、なぜ人は言い切れなくなったのかを問うところからしか、この結果は読めない。


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「学校で近現代史はおざなり」という決めつけもまた雑だ

今回の結果を見て、すぐに「学校で近現代史を教えていないからだ」と言いたくなる気持ちはわかる。だが、制度資料を当たると、この言い方もかなり危うい。中学校の学習指導要領では、昭和初期から第二次世界大戦の終結までの政治・外交、中国などアジア諸国との関係、欧米諸国の動き、戦時下の国民生活を通して、軍部の台頭から戦争までの経過と、大戦が人類全体に惨禍を及ぼしたことを理解させると明記している。つまり少なくとも制度の上では、戦争期は飛ばされる領域ではない。しかも、その扱いは単なる年号の暗記ではなく、事象の関連や背景まで含めて理解させる構造になっている。

文部科学省「第2章 各教科 第2節 社会」

高校でも近現代は共通必履修の中心に置かれている

高校でも事情は同じだ。文部科学省のQ&Aでは、「歴史総合」は「地理総合」と並ぶ必履修科目として設置され、その後に「日本史探究」「世界史探究」が置かれる構成だと整理されている。つまり近現代史は、選んだ人だけが触れる周辺科目ではなく、全員が通る共通の土台として組まれている。

文部科学省「平成30年改訂の高等学校学習指導要領に関するQ&A」

さらに文部科学白書では、「歴史総合」を現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史を考察する必履修科目として新設したと説明している。ここまで来ると、「学校では近現代史はおざなり」という定番の嘆きは、少なくとも制度批判としては当たりにくい。制度設計だけ見れば、近現代史を軽視しているどころか、むしろ共通の基礎として置こうとしてきたことがわかる。

文部科学省「平成29年度文部科学白書」

問題は「教えていない」ことより、「結べない」ことにある

だから論点は、「学校が何もしていない」ではないはずだ。もちろん現場ごとの差はある。受験との兼ね合いもある。時間の制約もある。知識の整理まではできても、それを用いて対立する見方を比較し、自分の言葉で判断するところまで行けるかは別問題だ。だがそれは、近現代史が制度上おざなりだという話とは別物である。

むしろ本当に問うべきなのはここだ。
断片として学んだ知識を、公共の判断にまで編み上げる回路が細くなっていないか。
「知っている」のに「答えられない」。
「習った」のに「自分の言葉にならない」。
今回の「わからない」の多さは、その詰まりを示しているように見える。

学校で学ぶことと、社会で答えることのあいだには、思っている以上に長い距離がある。教科書で読んだことが、そのまま公共空間で使える判断語になるわけではない。家で何を聞いたか、どんな映像に触れたか、どんな言葉を嫌悪し、どんなレッテルを恐れているか。そうしたものが、学校で受け取った知識の並びをいくらでも変えてしまう。

必要なのは犯人探しではなく、言葉をつなぐ作業だ

右傾化の一語では雑になる。学校犯人論の一語でも雑になる。ならば必要なのは、歴史認識をめぐる保留を、ただ叱ることではない。どこで言葉が途切れ、どこで思考が止まり、どこで一文への違和感が生まれるのかを、もう一段丁寧にたどることだ。

歴史に正解だけを求める社会は脆い。だが、答えを持たないまま平気でいられる社会もまた脆い。その中間に、私たちが取り戻すべき言葉の筋道がある。学校に全部を押し付けず、同時に学校を雑に叩かず、学んだ知識が社会の言葉になる経路をもう一度つくり直すしかない。今回の調査結果は、その不在を責める材料ではなく、その不在を見つめる鏡として読むほうがいい。


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今日のワンフレーズ

「わからない」は、無知の印だけではない。
ただ、そこに居続けていい免罪符でもない。

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