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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 7

-カリン-

 今回の使節団の長はクコだ。カリンは目立たぬよう中央辺りに陣取り、アヒの町に足を踏み入れた。十五名の隊で、半分ほどが紫の衣装の中級官吏なので、特に目立つようには思わなかったが、残念なことに女はカリンひとりだった。
 無駄な抵抗と思いながらも、いつもは長く下ろしたままの髪を後ろでひとつに纏めてきた。アヒの村の入口まで迎えに来てくれていたネリネとも、なるべく親しげに言葉を交わさないようにして歩く。
 途中で妨害に遭うとまでは考えていなかったが、何事もなくアキレアの館へ到着すると、思わず安堵の息が漏れた。
 アキレアの部屋には知った顔しか居ない。
「クコ殿、アグィーラの官吏の皆様、よくお越しくださった。何度も足を運んでいただき、誠に申し訳ない。カリン殿も、すまなかったな」
 アキレア自身は大して気に病んでいないかのように、いつもの豪快な様子で挨拶をした。カリンの名前も、当然のように口にした。少なくともこの部屋に居る者は信頼している、という意味だろう。その横でツバキが静かに頭を下げる。
 クコがまず自分で簡単に挨拶をした後、後ろを振り返ってカリンに目配せしたので、カリンは頷いて前に出た。
「アヒの族長様、ツバキ様も、ご無沙汰しております。本日は建築局の手伝いで参りました」
 アキレアとツバキは事情を把握しているはずであるし、嘘ではないのだが、どうしてもいつもより声が少し小さくなった。対するアキレアは大きな声で笑う。
「結構結構。有難いことだなあ。それで、カリン殿はどうしたい?」
「はい、あの、まずはアヒの土木師の皆様のお話をお聞きしたいのですが」
「なるほど、やはり一番怪しいのは土木師か」
「そういう訳ではありません。アヒの土木師の皆様の太陽光発電へのご理解の程度と興味、今のアヒの電気事情をどう考えていらっしゃるのかをお聞きしてみたく……決して事情聴取のようなことをするつもりはございません。まだ、故障が人為的なものかどうかもはっきり分かっていませんし……」
「そうかそうか。ちょうどもう少ししたらここにオウレンが来ることになっておる。今回の故障の状況を詳しく説明させるためにな。先ずはオウレンと話すのが良い」
「ありがとうございます。あの、オウレン殿は今回のことをどこまで認識していらっしゃるのでしょうか」
「オウレンにはすべて話してあるが他の土木師には話さぬよう釘を刺しておる」
「承知いたしました」
 ネリネもそうだったが、アキレアもオウレンのことは信頼しているようである。オウレンが到着するまでは、アキレアの見解を聞くことにした。
「わっはっは。あのな、カリン殿。私には相変わらず見解などというものは無いのだが、どちらも立てたい、というのが本音だ」
「どちらも立てたい、と仰いますのは、つまり、アヒとアグィーラというよりは、地熱発電を推進する人々と、太陽光発電を推進する人々、ということでしょうか」
「そのとおり。私はな、どちらが優れているとも思わぬのだよ。どちらにも利と不利が在る。そうであれば手の内として両方持っておき、時々で良い方を利用するのが良い。私は全てに於いてそういう考えだ。そのためにせねばならぬ調整はしよう」
「では今回起こっている問題は……」
「うむ。もし、誰かが本当に太陽光発電の推進を妨害しているならば、その相手は知りたい。その上で、不満をな、緩和してやれればと思う」
 それならばアキレアの意思を公表して匿名で民意を問う調査をしてみれば、とも考えたが、必ずしも本音を述べるとは限らないのが人間だとも思えた。

 オウレンとの会話は、クコが前面に立って始まった。
 専門的な用語がいくつか出てきたが、事前にクコから説明を受けていたおかげで何とか話について行くことができた。
 一度目の故障は発電板に泥が付着したことによる過加熱、二度目の故障は配線が切断されたことによるもの、三度目は大きな石による発電板の破損だと聞いていたが、四度目の今回は、変換器に水が入り込んだことによる短絡による故障だと判明した。四度とも、直接の原因は違う。どれも自然に起こり得る故障ではあったが、短期間に連続して起こっていることに作為的なものを感じた。
「実は、四度目の今回は、我々も密かに見張りを立てていたのです」
 オウレンは意外な事実も語った。クコは驚いた表情を隠さない。
「それはまた、何故……」
「土木師はアヒの中では大きな組織のうちのひとつです。お恥ずかしながら、様々な考えの人物が所属している。以前も不正が起こったことが在りました。今回も、万が一にも我々の中に不正を働いている者が居たら困ると思い、信頼できる人物に依頼をしました」
 鉄鉱石の事件のことを言っているのだろうか。話を聞く限り、確かにオウレンは信頼できるばかりか、公正で頭の切れる土木師長のようである。依頼をした人物というのも土木師ではなく、アヒの戦士であるらしかった。今回の事件とは直接利害関係が無いであろう相手だ。
 クコは、アグィーラ側も人為的な故障の可能性を考え始めていたのだと正直に話した。オウレンはそれにも納得したように頷く。
「皆様が疑念を抱くのは仕方ありません。アヒではまだ誰かの作為を疑う話は聞きませんが、連続する故障に太陽光発電に対する不信を募らせる民が増えています。私は、太陽光発電を退ける前に、現状をしっかりと確かめたかった。しかし、見張りの目をかいくぐるのは難しいだろう状況で故障は発生してしまいました。私も、どう考えて良いのか分からないのです」
 不意にクコとオウレンの視線が、同時にカリンに向いた。
 つられるようにして、その場に居たアキレアやツバキ、ネリネの視線も集まる。アグィーラの他の官吏たちは、同じ部屋の少し離れた場所で、今回の修理の準備をしていた。
「幾つか質問させてください。まず、見張りを立てていた場所を教えていただきたいのですが……」
 カリンが言うと、クコが今回アヒに設置した設備の全体図を取り出してテーブルの中央に広げた。予め、これまで故障した箇所に赤いインクで印がつけてあるものだ。
 発電板の付近に二箇所、発電板から電柱へと繋がっている配線に一箇所、そして今回の変換器に一箇所。
 オウレンはそれらの赤い印の四か所の他に二箇所、合計六か所を指差した。カリンはそこに、持っていたペンで印を描き加えた。
「以前の発生箇所には、また同じ事象が発生するのではないかと思い、真っ先に人を配置しました。その他は、故障しやすそうな場所、つまり、電柱から変換器へ電気を引きこむ回線と、変換器そのもの、そして変換器を経由して村の内部へと電気を引き込む配線部分……」
 そして、予想通り変換器で故障が発生したという訳だ。
 しかし確かにカリンも自分が見張りと立てるとしたらその場所だろうと思った。他の場所の配線は、電柱を伝って高所に在る。岩や動物に傷つけられる可能性も低いだろう。強いていえば鳥くらいのものだろうが、そもそも高所を伝う電線はほとんどが火力発電が敷かれた頃からあるもので、今回に限らず問題が発生する可能性はあったはずだがそのような話は聞かない。きちんと対策が練られているからだ。
 故障が発生したのは、今回太陽光発電のために新設した設備ばかり。フエゴでの実験が上手くいっていないという噂はいつの間にか城の外まで広がり、アグィーラでも、太陽光発電に対する不信が広まりつつあるという話を、ここまでの道中にクコから聞いた。
 建築局長のプリムラがカリンの同行を許したのも、そのような事情からであると推測できる。これまでのカリンの表に出ない数々の行動も、局長たちには伝わっているだろう。
「見張りは、日中も夜も、ずっと立っていたのでしょうか」
「交代の関係で多少は途切れたこともあったかもしれませんが、基本的にはずっと見張っていたと聞いています」
「アヒの土木師の皆様は、もう太陽光発電の仕組みを完全にご理解されているのでしょうか」
「一から自分で造れと言われたら無理ですが、理屈と大まかな構造くらいは理解していると思います。私もその程度ですね。配線や変換器の構造はともかく、発電板はすべて理解しきれていないと思います」
「ありがとうございます」
 カリンは小さくひと息ついてアキレアの方を向いた。
「発電板に珪石けいせきを使うことから、玻璃師の間からも苦情が上がっていると聞いていますが、そのお話は、直接アヒの族長様の元へ持ち込まれたものですか?」
 アキレアは何故か楽しそうな表情を浮かべており、カリンの問いにも機嫌の良さそうな口調で答えた。
「カリン殿は、私の趣味をご存知かな?」
「いえ……存じ上げません」
「散歩だ」
「お散歩……ですか」
「そう。毎朝、朝食後に散歩に出る。そうして村の様子を見て回り、村人に声をかけておるのだよ」
「その過程で、お耳に入ったと」
「わっはっは。カリン殿はさすがに話が早い。まあそういうことだ」
「玻璃師をしておられるご本人から? あ、アヒでガラス工芸が盛んなのは存じ上げていましたが、組合のようなものが在るのでしょうか。それとも、皆様個人で営んでいらっしゃるのですか?」
「そうさな。組合のようなものがあれば交渉力もあるのかも知れぬが、残念ながらそのようなものはなく、皆、それぞれで工房を営んでおる。規模は様々だ。今回私に泣き言を漏らしたのは、中でも小さな工房の幾人かだ。大抵この種の問題は、小さな店が真っ先に影響を受ける」
「珪石を扱っているのは……」
 カリンは無意識に視線をオウレンに移していた。オウレンの金茶色の瞳がそれを受け止める。
「石を切り出すのは我々土木師です。加工するのは専門の職人が居て、販売はまた別に商人が居ます。先に申し上げておくと、珪石の需要が増えることは、土木師にとっては仕事が増えるのですから有利に働きます。加工する職人もそうでしょう。ただ、我々は仕事が増えても仕事の単価が上がるわけではない。労力が変わらず一番得をするのは商人だと思います」
「よく、解りました。今の時点でお訊きしたいのは以上です。ありがとうございました」
 故障の現場へ行くのは昼食後にしようということになり、オウレンと、他のアグィーラの官吏たちも招待され、アキレアの館でちょっとした規模の昼食会が持たれた。
 土木師についてはオウレンの話でよく理解ができたので、カリンは、午後の作業は最初だけ付き合い、その後は玻璃師の工房を訪ねてみようかと考え始めていた。
 

 

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