【エッセイ】自分の見た目が死ぬほど嫌いだった女が写真を撮られて価値観が変わった話【美しくない自分を愛している】
私は美しくない。
勿論、美しさの定義も様々だ。人の価値観にもよるだろう。
ただ、異性から「可愛い」だとか「綺麗」だとか、そういう言葉をかけられることは殆ど無いタイプであることは間違いない。
自虐ではなく、事実として述べているのでとりあえず読み進めてほしい。
未だに忘れられない出来事がある。中学生の頃、友達と、グラウンドの藤棚でダラダラとしゃべっていた。
体育の終わりだっただろうか。少し蒸し暑くて、通気性の悪い体操服の生地が気持ち悪かったのを今でも覚えている。
そうだ、と友達は何てこともない風に言った。
「バスケ部の男子が「俺が辻村と結婚する~」「いや俺がするから」って言って騒いでたよ」
それを教えられた瞬間、すうっと身体が冷えていくのが分かった。
ポジティブな意味で使われてない。寧ろその逆だ。当時学年で一番太っていた私を、そういうネタとして使っている。
その事実を、その時初めて思い知った。
教えてくれた友達の口元は薄っすらと笑っていた。どこまで悪意があったのか分からない。当時、彼女はバスケ部に好きな男の子がいた。
今、彼女どこにいるのか、何をしているのか。それすらも私は知らない。
高校になると、一つ下の学年の男子から廊下ですれ違うだけで笑われるようになった。
彼らとは、まともに話したこともなかった。
話したこともない人間に、どうしてこんなにズタズタに傷つけられるのか。全校集会や体育祭、他の学年と同じ空間にいなければいけない時間が苦痛で苦痛でたまらない。
外に買い物にすら行きたくなかった。狭い田舎だ、どこで会うか分からない。休日まであんな視線を浴びるのだけは避けたい。その一心で、高校時代は殆ど外に出ないようにしていた。
苦しかった。けれど、言い返すような精神力が無かった当時の私は、気付いていないふりをしながらやり過ごすしかなかった。
その代わり、一人になった時や家で「うざい」「あいつらなんか死ね」と呪いの言葉を吐くようになった。口の中で、嚙み含めるように。自分の中だけで響くように。
母から「何言っているの、気持ち悪い」と何度咎められてもやめられない。
今でも独り言で同じような言葉が出てしまう。もう誰にも「うざい」とも「死ね」とも思っていないのに。
それから数年後。大学中退してから就職するまでの空白期間で、私はダイエットに成功した。
これでようやく容姿いじりは無くなるだろう。その予想に反して、全くのゼロにはならなかった。
飲み会の席で、「辻村さんは見た目は悪いけど」と冗談交じりに言われた時すらある。
息が止まる。読むべき空気が分からない。怒りよりも悲しみよりも――またか、と涙が出た。
こうやって何回も刺されるのはいつになったら終わるんだろう。
まともに言い返せない自分が嫌いだった。それなのに、どこかで「しょうがない」と諦めてもいた。
私の見た目が悪いのは事実だから、と。
生まれて初めて味わうもの
こんな不貞腐れ切った女にも転機が訪れた。話は2024年にまで遡る。
小説やエッセイを書くのが好きになっていた私は、地元の壱岐島でZINEイベント(個人が製作した雑誌等(ZINE)の即売会)を企画した。
主催者としてバタバタと準備を進めていく中、イベントのPR動画を撮る企画が持ち上がる。
その動画用の素材写真を、カメラマンのuta君に撮ってもらうことになった。uta君は猫の写真がSNSで大人気だ。
その魅力の根底にあるのは、被写体である猫に対する底無しの愛情だと私は確信している。人物のポートレートも抜群に素敵だ。自然でリラックスした表情が切り取られていて、その人自身が持っている雰囲気が漂ってくる。
そんな写真を撮る彼に、「辻村さんの写真を撮らせてほしい」と言われた時。咄嗟に「ごめんなさい」と言葉が出ていた。
「私、ビジュアルが弱いので顔出しはちょっと」
今思い出しても、我ながら何を言っているんだろう、と思う。
ただ、その時私は本気で「私が顔出ししたら、この動画を見た人がひいてしまうかも。興味を持ってもらえないかも」と思っていた。
結局、出来上がった動画は私の顔は一切写っていなかった。
涙が出る程完成度が高い動画。それに引き換え、つまらないのはただ、何もかも卑屈で、気にしすぎている私だけ。
ただ、悔しかった。

それから一か月後。
地域のお祭りでイベントをPRするためにブースを出した。イベントレポート用のWeb記事を作成するため、uta君がまた写真を撮ってくれることになる。
「普通に撮っても大丈夫ですか?」
私を気遣う言葉に、ぐっと詰まった。大丈夫、と喉の奥で、誰にも聞こえないように言い聞かせた。
イベントの主催者の癖に、これから表に出ていく覚悟を決めた癖に、ここで逃げてどうする。
いいよ、と答えた瞬間の震えは今でも忘れられない。
後日、uta君から写真のデータをもらった。少しでもマシに見える写真がありますように。そう切に願いながらファイルを開く。恐々見ていく中で、スマホに滑らせていた指が止まった。
どの写真も、何だか自分であって、自分でないみたいだった。
相変わらず笑顔は少なくてぎこちない。でも何というか――しっくり、来た。

いつもなら「可愛くない」というジャッジが先行するのに、その部分にまで至らない。普段とても気にしている目の大きさや歯並びの悪さも、全て些細なものに見えた。
それよりも、イベントを成功させるために必死になっている自分自身がその写真の中には確かにいる。それに釘付けになった。30年以上鏡で見続けてきた、紛れもない自分自身。
私って、こんな風に見える時があるんだ。
水に浸された紙みたいに、じわじわと今まで味わったことのない感情が広がっていく。
私って悪くない。というより、いいのかもしれない。ちょっとだけ。
今まで生きてきて、生まれて初めて心からそう思えた瞬間だった。
今度は別の企画で、インタビューを受ける機会があった。その時に撮ってもらったのは壱岐市の元地域おこし協力隊の高田さん。
高田さんは静謐な雰囲気の中に漂う深いエネルギーを纏った作品を発表している。私は以前から彼女の写真のファンだった。
私が生まれ育った壱岐島の風景を、詩的に切り取ってくれる作品。見慣れた景色のはずなのに、彼女が撮ると、ハッとする程美しい。初めて見る景色のような感動を味わえる。
そのインタビューで撮ってもらった写真も、いいな、と素直に思えた。笑っていていつも以上に目は細くなっている。昔は少しでも目を大きく見せようと必死だったのに、今はそれが気にならない。
インタビュアーの方や高田さんに心を許しきって、へにゃっと崩れたように笑う私。
全てひっくるめて、自分なのだと――今の自分の形をそのまま思い知らされるような一枚。私はその写真を祖母にラインで送った。
「素敵に撮ってもらえたから見て」と。

自分も他人も、同じように愛する
一体、今までと何が違うんだろう。
お二人ともプロのカメラマンだ。写真そのもののクオリティが高いことは言うまでもない。
それに加えてもう一つ。
今の私は、自分そのものが少しだけ好きになれたのだ。
著者を忘れてしまったが、昔読んだ本に「美しさとは、その人が持っている特徴を最大限伸ばすことだ」という一節があった。
結局、私たちは自分以外のものになれはしない。
憧れている誰かの真似をして近づけることはあっても、その人そのものにはなれない。自分という枠組みを広げていきながらも、核となるものはその中心に据えられたままだ。
だったら、「私だけのもの」を確立さえすれば、自身の魅力を最大限に発揮できる。
私たちは、他人からの承認を求めてしまう。自分を認められない痛みから逃げるために、一番都合が良くて楽な方法だから。他人にちやほやされている間は、自分自身に価値を見出すことができるから。
私自身はずっと媚びていた。会話の中身も、ファッションも。何に対しても必要以上に頑張りすぎてしまう。他人に気を遣い過ぎてしまう。自分の欠損を、他者からの評価で埋めようとしていた。
最近、そういう傾向から少しずつ少しずつ、逃げることに成功している。かくれんぼが年齢とともに上手くなっていく子どもみたいに。
「もっとこうなればいいのに」がなくなった訳ではないし、他人と比較して落ち込む時だってある。
けれど間違いなく、今までとは少し違う場所にいる。他人を100%全て好きになれはしないのと同じように、自分自身も全て好きだと思う必要はない。
ただ、ほんの少しでも「良いかも」と思える部分があれば、ぐっと生きやすくなる。
きっとそれは小さなピースの一つだ。自分自身を愛するという行為の。
つまるところ、あなた自身の価値は、他人が決めるものではない。他人は無責任で、あなたの全てを即座に見抜ける訳でもないからだ。
容姿の良さは勿論財産になりうる。でも、それが全てじゃない。それを仮に持っていない(と自分自身が思っていたとしても)からと言って、あなたが絶望する必要もない。
あなたの魅力や才能は、容姿よりも分かりにくい場所にあるかもしれない。それを探すまでに長い時間と労力が必要かもしれない。
けれど、もしそれを見つけられたら。きっとあなたの人生が本当の意味で始まる。
それが見つかるまで、少しだけ待って欲しい。やりたいと思うもの、好きなものをとことん追求していれば、いつか出会える日が来るはずだ。
私が、美しくない――「他人からは美しいと評されない」自分を愛せるようになったのと同じように。
あなたが自身を愛せるようになるまでの道を、ただ進んでいけばそれでいい。
自分も他人も、同じように愛する。
それだけを諦めなければ、きっと私たちは少しずつでも歩いていける。

