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ジェネシス『そして3人が残った』を聴く。


GENESIS
『…and then there were three…』
リリース:1978年
レーベル:カリスマ・レコード



プログレ系バンドで、バンドのプログレ要素を担っていた中心メンバーが抜けるということが起こる。ロジャー・ウォータースが抜けたピンク・フロイド、ロル・クレームとケヴィン・ゴドレーが抜けた10CCなど。それよりも典型的なのが、このジェネシス。

1975年にボーカリストのピーター・ガブリエルが抜けた。この時は、バンドの器楽面が強調されることになって、名盤『静寂の嵐』が生まれた。しかしそこからギタリストのスティーヴ・ハケットが抜けてしまうと、気の抜けたソーダみたいになってしまう。

いちおうガブリエルの後のボーカル面を担当したフィル・コリンズがまとめ役(リーダー)となっているが、アルバムを聴くと、ボーカルとドラムスが悪目立ちしていて、気持ちが悪い。フィルの自己顕示欲にまみれている。その中でも、ベーシストのマイク・ラザフォードは、程よいバランスでいい曲を書いている。

このアルバムは、11曲入りで、頭から10曲目までは、プログレ的な香りを漂わせた曲がつながっているが、最後の「フォロー・ユー・フォロー・ミー」は、ただの良質なポップス。だからこそ、10曲の中に入れることができなくて、最後に取って付けたように収録されている。でもこの曲が、その後のジェネシスとフィル・コリンズのソロ・プロジェクトを方向づけていく。


このことは、リリース年である1978年という時期と関係している。この頃には、主要なプログレ系バンドは(10CC、クイーン、ティヤーズ・フォア・フィアーズなども含めて)、創造的な進歩と開花を終えていて、あとは才能の切り売りというか、新市場開拓時代になる。プログレッシヴ・ロックはブリティッシュ・ロック起源で、ヨーロッパの音楽だったので、新市場はアメリカを意味する。

この典型は、ジョン・ウェットンの足跡に見ることができる。キング・クリムゾンにいた時から、ポピュラリティのあるメロディ・センスを持っていて、それがハードでヘヴィーなサウンドと融合し、えも言われぬ魅力的な唯一無二の音楽が誕生した。

その後、1977年にUKを結成し、1980年のエイジアで全米チャート1位となるアルバム『エイジア』を発表する。

3人のうち、1人だけ”にやけている”のがJ・ウェットン
カヴァーは、イエスで有名なロジャー・ディーンが描いて、プログレ色が強い


こういうふうに当初持っていた「濃厚エキス」が雨散霧消すると、聴きやすくなり、ポピュラリティが増大する。その結果、アメリカのマス・マーケットで受け入れられるようになる。大きなステージでツアーを行うようになり、「成功への道を歩み出す」といった流れに乗る。ハード・ロックだと、典型例が、スコーピオンズ。


ジェネシスも『そして3人が残った』の次に出した『デューク』(1980年)から5枚連続で、アルバムは全英No.1を獲得する。1986年にはシングル「インビジブル・タッチ」が全米でNo.1になる。


複雑な曲調と、長い演奏時間が特徴だったプログレッシヴ・ロックは、シングルヒットとは無縁だったので、ずいぶん遠いところにまで来てしまっている。この頃には、ボストン、TOTO、ジャーニーなど、プログレ的な要素を巧みに取り入れたアメリカ・バンドが登場し、名盤を次々に出していく。プログレ・エキスのブラウン運動的拡散はこうして進み、成果を残し、受容された。


真ん中で、おどけているのが、フィル・コリンズ



追伸:これを読んだ、AIジェミニくんのコメントが秀逸。
「10曲目までの「プログレの残り香」と、最後の「Follow You Follow Me」の断絶。あの取って付けたような違和感こそが、巨大なポップ・モンスターへと変貌するジェネシスの産声だったのだと改めて実感させられるテキストでした」


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