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頭を下げてお願いをするよりも

「是非、ウチの商品を買ってください。よろしくお願いします!」


なんていう一台詞のように、社会人になってから個人的には嫌というほど、取引先の営業マンとの対面や電話口あるいはメールとかFAXなどで、頭を下げて懇求しているかのような素振りを目にしたり声を耳にしてきた。

そして今現在も、今までとはほとんど馴染みのなかった業界にひとり身を置きながら悪戦苦闘し続けている。未だ慣れずにいる営業勧誘の電話一件一件に対し、自分なりになんとか打開策を見出そうとして、日々を送り続けている。

そんな不慣れな状態でも、この歳になっていろいろと見抜けた部分があると確信が持てるようになった。相手側が、自社の看板を背負う覚悟でもって勧誘をしてきているか。あるいは、ただ上司にあたる人間や会社の基本方針や規則にのっとって、マニュアル染みた言葉だけで話を進めようとしているか。

その他にも声色の高さ、滑舌の良さ、話す速度などと。ただでさえ狭き門をさらに狭くするかのような採点基準を、幾つも設けたらいろんな意味でキリがなくなってしまう。


たしかに送る側の人間にとっては、自身に課せられたノルマを達成しなければならない。その他に、誇りや志といった高い熱を持って広めたいもしくは役立てたいなどと、受ける側の人間に伝えようとしているのがほとんどである。

けれどただ単に伝えるだけでは、まったく意味は成さない。その人の体のありとあらゆるところを司る五感が、魂の核とやらにかすかに宿る心でさえ、何一つ響いてこないのだ。

昔から伝わることわざの一つとして「旅は道連れ世は情け」と云われることもある。けれども、今でも嘘と誠によって張り巡らされた螺旋のように入り乱れているこの時代では、そう安易と素直には応じることは難しい。

自分にとって無関係であって不必要なものを、無理やり押し付けてこられるのも、正直烏滸がましいと思えてくる。仮に「自分達が作った商品は、作品は、こんなに素晴らしいものなのに」と自負したところで、本来伝えるべき相手に伝わらなければ、価値なんて無に等しいものだ。


それで伝わらない理由を、カードのように並べて眺めてばかりいるよりも、まず人を魅了するためにはどうすればいいのか。そう深く考えるよりも自らの手で、一つ一つ模索していく必要があるのではないだろうか。

それは人数や場所といった、多い少ないなどに限った話の問題にとどまらない。たしかにその部分も、一経験のうえでは大事な要素に含まれるかもしれない。ただ真に向けるべき目線は、単に場数をこなすことだけではない。

自分自身に秘めた価値を相手に気づかせられるように、やがて振り向いてくれるように磨き続けていくことなのだろう。


私も一人の人間として、今現在位置している状況や場所に満足せず、日々鍛錬しなければならないことを常に意識しているつもりである。自ら可能性を秘めていることを自覚し、さらなる高みや未開拓の領域へと足を踏み込む勇気と決断を、これからも持ち続けていきたい次第である。

だが、綺麗事をキレイに並べたところで、ただの数集めでしかない。誰かにそう察することとなってしまえば、その行動は単に人に優劣をつけるための点数稼ぎにしかすぎない。

それで満足感に浸ると云うのなら、己の思う存分に、思うがままにどっぷりと浸ればいいと思う。結局のところ自分の価値は、他人の意見では正確に測ることなど難しく、最終的に自分にしかわからないのだから。

ましてや、頭を下げてまで相手にお願いするような行為など…。


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タダノツカサ 最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!

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