幸福から遠く離れた場所 | 掌編小説
こんなにも自分の不甲斐無さを呪った日は、きっと無いかもしれない。
友達の結婚式を終えた後、私は二次会に参加しなかった。みんなには「急用を思い出した」という在り来たりな嘘を付き「また連絡するから」と手を振りながら、独りさっそうと式場を後にした。
本当は心から祝福したいのに、挙式が終わるまでの間、心自体が拒絶反応を起こし続けていた。願わくば、友人には申し訳ないがキャンセルしようと、前日までそう考えに浸かっていたのである。
気持ちが不安定のまま式場に足を運ぶと、高校や大学時代の友人という、いつもの見知った顔ぶれの他にも、おそらく職場の同僚であろうまったく面識の無い人たちの姿もあった。
そして私は、会場内に漂う違和感に気づいた。おそらくこの中で、独身は私だけかもしれない。見渡すかぎり、ほとんどの人たちが左手の薬指に指輪を嵌めている。
後々になって考えれば、気にする必要なんてないはずだったのに。見慣れない光景を目にした途端、私は此処に来ること自体、場違いだったのではないかと疑念を抱いた。
学校を卒業して間もない時期に結婚したAは、既に子供も産まれていて、周りからさらに「おめでとう」ともお祝いされている。A子とは、たまに連絡し合う程度の仲だったが、いつの間にか周回遅れにされている事実に思いもしなかった。
振り返ってみれば、地元を離れていたBやCは、一昨年に入籍したと連絡があった。地理的に辺鄙な場所であったがために、家族と親戚のみで挙式をおこなったと話していた。
それから今年のはじめ頃だったか、Dも結婚したとの報告が入っていた。Dは挙式を行わず、写真撮影のみで済ませたという。形が違えど、久々に再会した今となってはそれぞれ、見違えるほどに身なりが上品であった。
式場の一角で、幸せオーラ全開になりながらお互い近況を報告し合う中、一方の私は、浮いた話どころか他愛のない話題しか、会話するネタが見つからなかった。もしかしたら皆んな、進展のない私に対して呆気に取られていたと思う。
当然のことだった。なぜなら一企業に勤める私は、普通に生きているだけじゃ決して歩むことのない「非日常」に、現在進行形で振り回され続けているのだから。
「大丈夫だよ。アンタにもいつかきっと、良い人と結ばれる時が来るから」
今日の主役であったEは、未だ独身の身である私に気を遣ってそう励ましてくれた。けれど、そのいつかが確実に訪れる保障なんてどこにもない。最後に交わした優しさが、薄っぺらく聞こえてしまった。
一昔前だったら、その幸せを分けてほしいと、まるで童心に戻るように喚き散らしていたことだろう。だが憐れなことに、とうとう三十路を超えてしまった身としては、以前のように体力を使い果たす勇気も残されていなかった。
時間とは皮肉なもので、無くなっていくのではなく、消えていくものなのだ。それがどういった形で身に降り注ぐのかを、ようやく理解した気がしていた。
自宅に戻ると、履き慣れないパンプスを早速、玄関で無造作に脱ぎ捨てる。廊下を進みながら上着を外し、部屋の灯りを点けて鞄をベッドに放り投げようとすると、突然LINEの通知音が鳴った。
投げる行為を無意識に静止し、鞄の中にしまい込んでいたスマホを取り出す。「充電してください」という画面を無視して、人差し指を使ってタップし続けると、から今日の結婚式で撮った写真が送られていた。
その中には、私の写っている写真がいくらか含まれていた。けれど、目を凝らして見るかぎりじゃ、皆と比べたらちゃんと笑えていなかった気がする。
人によっては「社交辞令」だと、冗談もキツイ程度に揶揄されてもおかしくない。感情を押し殺して出来上がった、いつもの作り笑顔ばかりが、グループLINEの中に散りばめられていた。
思えば、いつからこんな顔をとるようになったんだっけ。高校とか大学にいた頃の私なら、今よりももっと異なる笑顔を、誰彼構わず振りまいていたはずだったのに。
「あ…」
不意に、二粒の雫がスマホの上に落ちていく。やがて波紋が広がったかの如く、雨粒と似て非なる跡を作り出す。そこでようやく私は、独り涙を流していることに気が付いた。
今、私の中に渦巻いている感情は、取り残された悲しさに支配されているわけでもなければ、周回遅れにされた悔しさに取り憑かれているわけじゃない。
ただ、目の前で映し出されるシーンに打ちのめされた挙句、酷く鈍い痛みが身体中を支配されている。それは私以外誰もいない場所にも関わらず、悲鳴を上げる猶予さえ赦さない。
何度も目を擦るように涙を拭取ろうとしても、一度決壊した涙腺は収まることなく、頬を伝って落ちてゆくその勢いは止まることを知らない。別に失恋したわけじゃないのに、これまで経験したことのない事実が、心の底からだんだんと蝕んでいくようだった。
今まで「結婚」という文字に関心なんて湧かないまま、皆んなと一緒に歩いているつもりだったのに、いつの間にか置いてかれてしまった。私だけが、まるで別世界に住む人みたいな扱いを受けては、どこか遠く離れた島に閉じ込められているようだ。
私だって望みが叶うなら、皆んなと同じように誰かを愛したいし、家族を育みたい。けれど、私を取り巻く日常がよしとしなかったのか、あるいはそのタイミングを自ら逃してしまったのか。
この手に残されたのは、ひとりで立ちあがろうとしない限り、皆んなと同じ場所に立つことができないという、ただそれだけの真実だ。
理想とは裏腹に、すっかり腰が抜け落ちてしまった私は、その場に座り込んでしまった。ただでさえ、縁を追い求めるにも一苦労なのに、もう一緒になって痛みを分かち合う人なんて、何処にもいないのかも。
「ああ…私って、どこで道を踏み外してしまったんだろ」
[了]
(2,374文字)
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