「YES」「NO」という二択以外の答え | エッセイ
「すみません、あなたは独身ですか?」
世間一般でクリスマスが近づいている頃、私は突然見知らぬ女性から声をかけられた。いったい何事かと思い話を聞こうとしたが、連日10℃を下回る寒気のおかげで悠長に考えている場合ではなかった。
この時の私は、職場からすぐ近くにある郵便局に用事があった。ただ、コートやジャケットなどを羽織らずに出てきてしまったため、日差しのない寒空の下で話し込む暇など1秒もない。何より、早く建物の中に入りたくてたまらない一心であった。
しかしながら、呼び止められてしまっている現状では、何食わぬ顔で無視するわけにもいかない。とはいえ、ここで相手の求められて来た質問に答えようとすれば、自分にとって面倒臭い方向へと簡単に、相手のペースに巻き込まれるかもしれない。
いつもあれば、唐突なシチュエーションに思考停止に陥ってしまうのだが、なぜか私は「それについては答えられません」とだけ答えた。するとある意味で功を奏したのか、その女性は話を続けることなく、やって来た方向へと引き返しては人混みの中に消えていったのだった。
そうして、数日過ぎてから今現在に至る。果たして、あの女性はいったい何の目的で自分に声をかけたのか、未だにひっかかる節があった。それは、自分が返答した直後の動作も含めてである。
これは個人的な見解だが、私がそう答えを返した後に「失礼しました」などといった返事を、向こうは全く云おうとしていなかった。そのことから、都合よくのってくれる人なら誰でも良かった、かのように思えたのである。
それに、あくまで仮の話としてだ。心の底から掘れたかのように、一目惚れになったかあるいは釘付けになったとするなら、この場では収まりきれないくらい執拗なほどに質問を投げてくる事であろう。
その女性の意向や動向がどうあれ、これ以上の詮索は無用だということに行き着いた。一日だけ恋人のフリをして貰おうとするのか、もしくは何か良からぬ勧誘を探ろうとしていたのか。過ぎてしまったことを深追いすることなど、意味なんて全くなさないのだ。
ゆえに改めて、あの時予め要求された「イエス」「ノー」の二つの選択肢以外の答えを咄嗟に出して突きつけた今の私は、思った以上にかなり捻くれた考えの持ち主なのかもしれない。
今まで生きて来た人生の中でも、いわゆる苦渋の選択を強いられる場面に直面したことは、指折りでも収まりきれないほどにいくらでもあった。その結果、どうせどちらも一寸先は闇だとするなら、予め用意された選択肢以外の答えを無理やり作り出す、という癖を身につけてしまったのである。
そして話は元に戻る。今回私が、その女性の質問に対して素直に応じようとしなかったのは、上記の出来事を踏まえて第三の答えを出すという思考が、自分の根底にあったからだと思わざるを得ない。
それが、直接結びついているのか定かでは無い。少なくとも今日まで支えている自分自身の生活や身の回りに、何らかしらの影響を及ぼしているのかもしれない。
これからもそういった、不意に問われる出来事はいくらでも待ち構えていることだろう。だからこそ今は、過ぎ去ってしまったことを後追いせず、目の前に置かれているもの、かつこれより先のことを大事にしていくべきだと、改めて考えるのであった。
そもそも「あなたは独身ですか?」などと見ず知らずの人からの失礼極まりない質問に対し、マトモに馬鹿正直に返すつもりなど、さらさらないわけなのだが…。
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