はじめから気持ちは逸れていた | エッセイ
(ああ、もうこの人と仕事するのは駄目かもしれない…)
その日の夕方、私は意気消沈していた。
気づけば、今の職場に就いてから半年以上経過していた。試用期間を経て普段の業務に少しずつ慣れてきたものの、自分の中ではまだまだ熟すべき課題は山ほどある。
一会社の一員として役立てるために、より良くしていくために日々研鑽を積まなければならない。そう思いながら、日々の業務を遂行しようと躍起になっていたのだが…。
ここのところ、そのモチベーションを保ち続けることが困難な状況に陥ってしまうばかりであった。特に、私の直属の上司であるS氏の言動には、目に余る…というよりも、耳に障る一つ一つの言動に対して苛立ちを隠せないでいた。
S氏は現在、部署の垣根を越えた多くの仕事に携わっている。ただ、課長や部長といった管理職には就いていない。にも関わらず、会社の中枢を担っていると云っても過言ではないほどの膨大なレベルと量を、たった一人でこなす実力を兼ね備えている。
ここまでの話をすれば、非常に優秀な人材だという印象を持たせることができるから、聞こえは云いものと捉えられよう。だがしかし、私はS氏に致命的な欠点を見抜いてしまったのである。それは、圧倒的なマネジメント能力の無さだ。
例えば、社内外問わずメールのやり取りではほとんどを、CCの欄にS氏のアドレスを付けて送信をおこなっている。だが、こちらで送信を終えたところで、思わず頭を抱えられずにはいられないくらい、ウンザリしてしまうほどの指摘を受けることが多い。
一応の私も私で、これまでの経験を活かしながら注意深くやってきたつもりだった。だが、こちらから送ろうとすればするほど、まるで小学校の漢字の「とめ」「はね」「はらい」の如く、文面の細部に渡って注意される始末である。
さらに質問の受け答えに関しても、こちらが不利になる状況が際立っている。こちらから繰り出す質問は、ある種、きめ細やかなものでないと、まともに受け止めてくれない。
野球で例えるならば、やたらとサインや指示の多い監督あるいはキャッチャーを挙げられるだろう。相手チームのバッターに打たれないよう、ストライクゾーンのギリギリという箇所に、それも変化球で投げろ等と云われているようなものである。
ピッチャー側はただでさえ、制球力とやらを高めなければいけないうえに、肩に負担を強いるような投げ方をしなければ、指示側から求められている球を投げることが難しい状況だ。しかしそれも長くは持たない。下手したら、肩を故障してしまうという思わぬ事態に繋がりかねない。
そうした事例に対し、S氏から仕事の指示の内容は、まるで大雑把ときたものである。そして、こちらでわからない事柄について掘り深く訊こうとするも、返ってきた答えはいずれも明確なものではなく、形の整っていない曖昧なものばかりだ。
もちろん、一つの仕事に関してどうやって完遂していくのか、というのを考えさせる力を身につける意向は少なからずあるのだろう。しかしながら、いったいS氏は私に何をさせたいのか、そして私をどういう立ち位置にしたいのか。
一上司の考えている意図を、思っている感情を何も見出すことができず、強引すぎる手段にひとり苦悩し続ける日々に身を任せている状態であった。
そんな中でお互いに波風が立たないように、こちら側の感情を抑えながら、瀬戸際寸前の立ち位置でなんとか業務をこなし続けてきた。だがそれも、とうに限界を超えていた。
いくらS氏の仕事の量が、自分よりもはるかに多くこなしているとはいえ、上司と部下の間のコミュニケーションは、もはや大袈裟な話で360度見ても破綻寸前だった。社会人の基本である「報連相」も、何ひとつ形を成していないと決めつけてもいいくらいだ。
それでも、なんとか役に立ちたい一心でフォローしようと、そう思っていた矢先、S氏から心無しか、思いも寄らない言葉を耳にしてしまった。そしてその日を境に、私は、この人とは同じ場所で一緒に長く仕事していくことができない。そう一つの結論に至ったのであった。
いや、もうすでに結論は出ていたはずである。入社してから1、2ヶ月ほど経過したあたりで、S氏に対して鋭い眼光を放ちたいほどに強烈な怒りと拒絶反応が、体の芯から滲み出ていたはずなのに。
まだ出会って間もない頃だから、いずれ時間が経てば関係値とやらは、いくらか良くなるであろう。そんな淡い期待を抱いていたかつての自分に対して、どうにも憎らしい感情が溢れ出てきている。
ほんの少しでも望みを持っていた私は、どうしようもなく「大馬鹿」であると。
しかしながら皮肉なことに、私は誰かのために役立てようと仕事をする、という行為は一切向いていないことにようやく気付かされたのだ。これ以上、利己主義な価値観しか持ち合わせていない人間のために働こうとしたところで、それらは全くを持って自分のためにはならない。
無作為に、自分の培った知恵と技術が無惨に搾り取られるだけである。また就職活動をはじめたとして、また二の舞…いや三、四と、どこまで舞い踊らされるかなんて考えただけで、心の底からたまったもんじゃない。
これでようやく吹っ切ることができたとはいえ、またこれから自身の生活を維持していくために、また一つ踏ん張らないといけない。昨年まで、波瀾万丈と云わんばかりに無謀に行動してきたことを懐かしく感じながら、またしても重い腰を上げなければいけないと思えば、やはり億劫にならざるを得ない。
ここへ辿り着いて、つくづく思う。私は本当に救いようの無い愚か者であると…。
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