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【解雇1社目】 ・地方の(零細)不動産会社

【1社目】 ・地方の(零細)不動産会社


●雇用形態 : 正社員
▽月給     ・15万円(当時の最低賃金ギリギリひたすら安い)
▽賞与     ・記載なしかつ貰えなかったので不明、おそらく年間2か月ベース
▽年間休日   ・105日(少なめ)
▽主な仕事内容 ・賃貸物件の仲介、案内など
▽1日の労働時間・8時間勤務のフルタイム

▼ブラック度★★★☆☆ ・標準的な零細ブラック企業

・勤続月数 5ヵ月

☆退職理由・解雇(解雇理由は謎、教えてくれなかった)

備考:宅建の資格手当が毎月2万円もらえると説明を受けていたが、なぜか1度も支給されなかった


【人生で初めての正社員での就職】


大学を中退してから紆余曲折あって、宅建を取得した私は地元の不動産会社を2社受験しました。
はじめての正社員の就活!なので緊張しながらも、簡単な面接と筆記試験を受けて2社とも合格した私は、社員数15人ちょっとの地元の不動産会社に就職しました。
ちなみに蹴ったほうの会社は社員数3人くらいで正真正銘の零細ブラック企業だったのでお断りしました。
そこは外国人を安く入居させまくって裁判沙汰になってる所でした。
(現在進行形)

 さいしょは雰囲気が良く感じたのですが、田舎の不動産会社なので運転は必須です。
しかし、僕は大学時代に免許を取得してから1回も運転してない正真正銘のペーパードライバーです。
 当然お客様を乗せて仕事などできるはずもなく、会社からは近くの教習所でペーパードライバー講習を自費で10回受けてくるように言われました。

・ペーパードライバー講習を自費で10回受けてくるように言われました。

とっても純粋な20代前半だった私はなんの疑いもなく親に10万円ちょっとを借金してペーパードライバー講習を10回受けてきました。
(会社命令なので、もちろん会社がお金を払わないといけません)
出勤する前に教習所に通ってからくるよう言われ、当然ペーパードライバー講習を受けてる時間の給料は出ませんでした。
(会社命令なので給料を出さないと法律違反だぞ☆)

この時点で一ヶ月が経過したでしょうか、ほかにも中途の社員が採用されぼくと同期のメンバーは合わせて5人ほどになりました。
そこで初めて、会社のほうで研修をしようという事になったのですが、運が悪い事にぼくは潰瘍性大腸炎という病気を発症してしまいます。
(故・安倍晋三元総理とおなじ病気です)

【人生で初めての潰瘍性大腸炎】


●少し脱線しますが、ここで「潰瘍性大腸炎」という病気について少し解説します。
なお、私は専門的知識は持ち合わせておらず、実体験に基づく所感を述べます。

この病気の恐ろしい所は2点です。
まず、なんと言ってもいきなり便意がきます。いきなりです。
この記事を読んでいて潰瘍性大腸炎に罹ったことのない方は想像できないと思いますが、
本当に前兆がなく大便が出ます。
この病気になった事のない人は100パーセント舐めてると思いますが、とてつもなく恐ろしいです。
自分の意志とは関係無しに勝手に便が出るので、まず外を歩くのも怖くなります。
当然仕事どころではなく、前兆がちょっとでも出たらすぐにトイレに行かないといけないのでほぼ何もできません。
 そして2点目は、原因不明の腹痛でがお腹がとても痛くなります。ナイフで内側から腹部を刺されてるイメージです。
もしかして実際にナイフで刺されるより痛いかもしれません。
大げさな表現ではなく、神さまに祈って懺悔して赦しを乞う痛みです。
いまは薬で症状が極限まで軽くなっていますが、健康な体に心から感謝します。

話を1社目に戻します。
 潰瘍性大腸炎を発症した私は当然病院に行きますが、最初にもらった薬はまるで効かず急な便意と腹痛に耐えながら仕事に行きました。
当然、満足な仕事はできず周りからはやる気がないように見られたらしく私への態度は日に日に悪いものになっていきます。
ここで、病院で診断書をもらって治る(寛解する)まで休職していれば解雇には至らず今もここで働いていたかもしれません。私があまりにも無知だったと少し後悔してます。
就職してから二ヶ月が経ち、新しい薬を処方してもらいなんとか便意を抑えられるようになりました。
しかしこの薬、副作用として日中とても眠くなります。

そう、研修中に薬の副作用に耐えきれず居眠りを何度もしてしまいました。
いま思うと、仕事を休むべきでしたが色んな意味で純粋だったので頑張って出勤すべきと思って会社に行っていました。
当たり前といえば当たり前なのですが、仕事中に居眠りを何度もしてる社員に対して周りの態度はとても厳しいものになります。

【人生で初めての解雇宣告】


薬の副作用という事もうまく説明できず、お客様の前にも出してもらえなくなり4ヵ月目で事務のおばちゃんから手紙を渡されます。
「社長からです。帰ってから読んでください。」
今もあのおばちゃんの表情が忘れられません。
悲しいような、つらいような、彼女はとてもいい人でした。
 すごく呑気なぼくは、(もしかして内緒のボーナスかな?やったぜ)と思いながら会社のトイレで開けました。そこにはこう書かれていました。
「正社員の本採用を見送ります。○月○日付けで解雇します。」

とてもシンプルな文面でした。解雇理由はどこにも書かれていません。
生まれて始めての解雇って、こんなに辛いんだなぁと。
無職になるのも辛いし、なにより、歓迎されて入社したはずなのに社長から見放されたというのがとても悲しくなりました。
解雇された経験のある人にしか、この気持ちはわからないと思います。
たくさん泣きました。

そこで退職すればいいのに、解雇される日まで出勤しつづけて自分の仕事をこなしました。
デリカシーのない他の社員からは、「次はどうするの?」「同じ事繰り返さないでね」など言われました。言いたい放題ですね(笑)
ぼくは何て答えたかは覚えていません。
ただ、情けなく笑って返したと思います。

ある程度知恵が付いた今なら、解雇撤回通知書を送り、弁護士を立てて復職or金銭での補償を求める訴えを起こします。
しかし、当時はそんな知恵もなく、なによりショックで何もできませんでした。
居眠りを何度もして役に立たなかったのは事実ですし、訴えを起こさなくて良かったとも思います。

最終日には社員の方に見送られ、花束もいただけたので恨んだりはしていません。
ただ、解雇されてから数年は会社の前を運転する時は中指を立てながら運転していました。
片手運転は危ないので真似しないでください。

☆ターニングポイント(こうすれば良かった点)
なんといっても潰瘍性大腸炎に罹った時点で、診断書をもらい休職するべきでした。
この病気は発症中はとても仕事なんかできません。
そして、しっかりと社長と社員の方々に説明するべきでした。
私に恥じる点はないのに病気の事を話さなかったこと、休職するための知識を得たりアクションを起こそうとしなかった点が非常にまずかった。
なにがあっても働かなければいけない、と盲目になっていました。
物事はもっと柔軟に考えるべきです。休むときは休む、逃げるときは逃げるべきです。
しかし今考えると、ここをクビにならなければ他の会社で働く事もなく今もここで働いていたことでしょう。そう考えるとゾッとします。なにも見識が広がらないのですから。

ここを解雇されたことに、今は感謝できるかもしれません。

―辛いときは、無理せず休もうー


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