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鍵を閉める音が、わたしの孤独を映した

鍵を閉める音が、今日はやけに響いた。
誰とも話さなかった日、
でも、ひとりぼっちじゃなかった。
静けさの中で、自分の音と向き合えた日。

玄関の鍵を閉める音が、今日はやけに響いた。

テレビもつけていないし、
YouTubeも、Netflixも見ていなかった。

この空間には、わたしの足音と、
その音だけが落ちていた。

一人暮らしを始めて何年も経つのに、
この“音”の大きさに気づく日は、
決まってなにかが静かすぎる。

声もなく、気配もなく、
扉の向こうに世界を置いてきたような気がした。

あとになってようやく気づいた。

あれはただの生活音じゃなかった。
あの音は、わたしの孤独だった。


仕事以外で、
誰とも話さない日が、週に何度かある。

でも、それが寂しいとは思わなくなっていた。

それどころか、なにもしないまま夜になると、
少し安心する自分がいることにも気づいていた。

エアコンの送風音。
冷蔵庫の低いモーター音。
それが、わたしの部屋のBGMになっていた。

誰かと話すのには、少し体力がいる。

言葉を選んだり、声のトーンを気にしたり、
タイミングを間違えないようにしたり。

それらをぜんぶやらなくて済む生活は、
静かだけれど、楽でもあった。

だから、誰とも話さないことも別によかった。

それはちょっとした選択で、
ちょっとした無音。


鍵が閉まる音が、ふと問いかけてきた気がした。

「今日も、誰とも話さなかったね」
そんなふうに、音が言っているようだった。

わたしが自分で閉じたはずの扉なのに、
その音に、責められているような気がした。

誰かとの可能性を、
自分の心で閉じているだけかもしれない。

でも、開けっぱなしにしておくのも怖い。
なにかが、入りこんできそうで。

だから結局、今日もちゃんと鍵をかけた。

この小さな音ひとつで、
わたしと世界のあいだに、
またひとつの線が引かれる。


たまに、ドアを開けたとき、
そこに誰かがいたらいいのにって思う夜がある。

「おかえり」って、ひと言だけでいい。
目も合わなくていいし、何か話さなくてもいい。

ただその声が、この部屋に先に届いていたら、
それだけで、少し泣きたくなる。

でも、誰もいないとわかっていても、
やっぱり鍵をかける。

閉じてるほうが落ち着くし、
何も始まらないほうが、疲れない。

だから、誰とも会わない日がある。
でも、話したくなかったわけじゃない。

ただ、話せなかっただけ。

その違いを、自分がいちばんよくわかっている。


今日も、ちゃんと帰ってきた。
自分の足で、自分の部屋に。

玄関の鍵を閉める音が、
今日は、少しだけやさしく聞こえた。

誰とも会わなかったし、
誰とも話さなかった。
それはきっと、いままでと同じ。

ちがったのは、
そのことに、ちゃんと気づいていたこと。

そして、
怖がらずにその気持ちを受け止めていたこと。

話したい夜があったことも。
誰かを求める気持ちが、心の底にあったことも。

今日は、逃げずに見ていた。

ひとりでいたけど、
ひとりぼっちじゃなかった。

自分とだけは、ちゃんと話せた。
だから、鍵の音がやさしくなった。

鍵を閉める音が、わたしにこう言った。
「今日も、ちゃんと生きてたね」って。

noteを始めて、
気づけば1か月が経っていました。
3日でやめるかも、なんて思っていたのに、
なぜか、ここだけは続いています。

たぶん、次はその話を書くんだろうなって、
自分の中で、なんとなく決まってる。

あとがきのような、つぶやきのような

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つきの あなたの灯りが、わたしの夜に息をくれます。