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小説『転生なんかクソくらえ』 第10話 新たな手掛かりを求めて

 土曜日の朝、私は九時十分に家を出て最寄りのバス停へと向かった。二十三分発のバスに乗れば五十二分には東図書館前に着くので、非常に具合が良い。バスの中では昨年本屋大賞をとったミステリー小説を読んで時間を潰した。役に立つことは多分無いだろうが、ミステリー小説を選んだ理由はそういうことだった。

 バスを降りると、目の前には大きな二階建ての図書館の威容があった。開館まではまだ数分の時間があるので、入口や駐車場にはそれを待っているらしい人の姿がちらほらと見受けられる。

「おはようございます」
「お、沙夜。おはよう」

 既に到着して入り口付近で私を待っていた彼と挨拶を交わし、その隣に立って開館を待った。私はこの時間を利用して、彼に今日の目的を訊いてみることにする。

「今日はどうしてここに来ることにしたんですか?」

 私の質問に、彼は周囲を一度確認してから声を潜めて話し始めた。

「夏休み中にさ、もしかしたら幽の情報が見つかるかもと思って市内で行方不明になっている高校生について調べたことがあったんだ。そしたら今年市内でもう一人女子高生が行方不明になっているって情報が出てきてさ。ほら、幽の件も世間的に見れば殺人事件じゃなくて行方不明って扱いになるだろ? だから何か繋がりがあるかもしれないと思ってさ」

 彼のその言葉に、〝私〟は衝撃を受けていた。彼に指摘されるまで、〝私〟は五十沢幽が世間からは行方不明者という扱いを受けることに気づいていなかった。いわばそれは、当事者である〝私〟だからこその盲点だった。

「ここ、これまでに発行された地方紙を全部保管しているらしいから、それを見れば何かわかるかもなって」

 一女子高生の行方不明をいちいち詳しく取り上げていられるほど全国紙の紙面は広くない。しかし地方紙ならばあるいはという可能性はある。私は彼が今日ここを選んだ目的を完全に理解した。

 開館と同時に私たちは新聞が置いているコーナーに直行した。そこには直近一ヶ月分の地方紙が並べられており、私はその中から最も新しい昨日の日付が記されたものを手に取った。政治家の失言を針小棒大に取り上げた不毛な一面を無視してページを捲っていくと、四ページ目から地域色の濃い話題が目立つようになってくる。そしてそこには、つい先日SNSで拡散された例の動画の件も取り上げられていた。

「うわぁ……」

 私は思わず顔をひきつらせた。記事には学校側の「すぐに調査と対策を講じます」という趣旨のコメントが掲載されている。

「火曜日と金曜日に出てるみたいだな、この新聞」

 彼が棚の中に入っている一ヶ月分の新聞の日付をざっと確認してそう言った。流石に地方紙なので大手新聞社のように毎日発行されているわけではないらしい。

 ひとまず私たちは開架されている一ヶ月分の地方紙に目を通した。私が新しい方から六部、彼が古い方から四部を確認したが、これといった収穫は何もない。しかし端から直近一ヶ月分の地方紙に手掛かりがあるなどとは期待していなかった。本題はここからだ。

 二人でカウンターまで行き、古い地方紙を見たい旨を伝えると、貸出対応を主な業務にしているその人は奥に言って担当の職員を呼んできた。私たちはその職員の指示に従って学生証を提示し、用紙に必要事項を記入する。それが終わると、私たちは二階へつづく階段を上り、左右にドアが連なる廊下へと案内された。

「ここが過去三十年分の地方紙を全て保管した場所になります」

 老人と言って差し支えない風采をしたその職員は、そう言いながら落ち着いた手つきで廊下にあるドアの一つを開けた。その奥には両サイドに備え付けのスチールラックが並んだ空間があり、そこには段ボールが整然と納められていた。通路はちょうどその段ボールを出し入れできる程度の幅しかなく、ラベルを張られた段ボールはその数によって歴史の長さを物語っている。

「持ち出しは禁止されていますので、資料の閲覧にはこの廊下の奥にあります閲覧室の方をご利用ください。それから閲覧室には脚立がありますので、高いところの箱を取るときは無理せずそれを使ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」

 彼の言葉に続くように、私は軽くお辞儀をした。老職員はそれを見てにっこりと微笑むと、最後に「では、ごゆっくり」と言い残し、ゆっくりとした足取りで廊下を戻っていった。

「さて……やるか」

 資料室の中を見据えた彼が、まるで年末の大掃除にでも挑むかのような調子で呟いた。私も彼と同じような面持ちで最初の段ボールを見据える。ラックは五段組みになっており、最初の箱はその最上段に入っていた。

「とりあえず、脚立もってきてくれない?」

 彼がその箱を指さしながらこちらへ振り返ったので、私はそれに頷いて了承の意を伝えると、閲覧室に向かって小走りに駆けていった。



「ああ、だからか」

 調査を始めてすぐのことだ。七月下旬頃の記事に目を通していた彼が何かに納得した声を上げたので、隣にいた私は彼の見ている新聞を覗き込みながら何を見つけたのかを訊いてみた。

「今年の六月に西高で首吊り自殺があったらしい。で、その理由がいじめだったんじゃないかって話になってて、それを調査した教育委員会の報告が載ってる。自殺したのは、えっと……あった。加納紀美子かのうきみこだってさ」
「え゛っ」

 酷い一音が漏れ、急いで口を塞ぐも時すでに遅し。彼は私の方を見て驚愕の表情を浮かべていた。

「あ、え? まさか……」

 彼は顔を引きつらせながら〝私〟を指さした。この期に及んで言い訳をするわけにもいかず、〝私〟は諦めて白状する。

「五十沢さんの前に〝私〟がいた〝体〟です……」

 途轍もなく気まずい空気が流れた。五十沢幽の時とは違い、加納紀美子は紛れもなく〝私〟が自殺させてしまった人だった。どんな批難の言葉を浴びせられても文句は言えない。そう思って私は唇を硬く引き結ぶ。対する彼もひとしきり悩むような素振りを見せたあと、険しい顔つきで口を開いた。

「とりあえず今はこれからのことだけを考えようぜ。昔の話を蒸し返しても意味がないしな」

 彼はそう言って取り繕ったが、彼が苦悩するのも至極当然のことだった。彼からすれば隣にいる〝私〟は加納紀美子を自殺させた張本人なわけで、彼は今そんな〝私〟と協力関係にあるのだ。この事実を許容するのは容易なことではないだろう。

 私は「わかりました」と小さく返事を返したが、やはりこの胸に残る罪悪感は簡単には拭えそうになかった。〝私〟も彼もお互いに割り切れない部分があって、そのわだかまりが友達でも相棒でもないただの協力者という関係を二人の間に固持しているようだった。

「で、本題に戻るけど――要はつい最近市内で自殺者が出てたからうちの学校も敏感にならざるを得なかったんだよ。どうりで対応が早かったわけだ」

 彼は努めて声音を整え、あくまでも平静を装っていた。私も自分の頬を両手でぱちんと打って切り替えなければと鞭を入れる。

「私もやけに対応が早いなとは思ってたんです。普通はもっと事実確認に慎重になるんじゃないかなって」
「だよなー。ん? これってもしかして俺が朝言ってたやつかな?」

 そう言いながら、彼は記事の末尾に付された文章を指さした。

――また、同校は今年一月に家出したとみられる生徒の捜索願を警察に提出しており、行方不明となった生徒といじめの関係についても明らかにしていくことが求められています。

「捜索願って親族とかじゃなくても出せるんだっけ?」
「どうなんでしょう?」

 私はスマホを取り出してブラウザを開き、捜索願について検索する。それによると、法改正によって親族以外の関係者からも捜索願は出せるようになったということだった。

「なるほどな。しっかしなんでわざわざ学校が捜索願を出したんだ? 家族はどうしてたんだよ?」
「多分ですけど、家庭の方に問題があったってことなんじゃないでしょうか?」
「あー、なるほどね。そういうことか」

 彼はそう言いながらその記事を写真に収めると、確認済みの地方紙の山の上にそれを追加し、次の一部を手に取った。

 その後も加納紀美子に関する記事はいくつか見つかったが、その内容は学校側の謝罪会見や説明会の概要、ないしはそれに対する世間の反応をまとめたものばかりだった。そしてその文脈でよく取り上げられていたのは、市の〈いじめ防止条例〉を土台に二年前に策定された〈家庭内暴力及びいじめ対策基本方針〉がただの張子の虎なのではないかという非難の声で、中には市内限定の世論調査の結果が載せられているものまである。しかし、それらはどれも私たちが求めている情報ではなかった。

「あんまり目ぼしい情報はないなー」

 彼はぼやきながら目を通し終わった六月二十三日の新聞を畳んでいた。〝私〟が加納紀美子として死んだのは同月の二十一日だったので、日付を遡って地方紙を読み進めている私たちにとっては、それが加納紀美子の自殺について書かれた最後の新聞となった。

 そこからはひたすらに無味乾燥な時間が流れた。なにせ事件はおろか、学校に関する話題すら数えるほどしか出てこなくなったのだ。お互いに会話を交わすことなく黙々と作業を進めるが、収穫のないまま時間だけが過ぎていく感覚は肉体的疲労以上のものを私たちに強いていた。

「舐めてたわ……これ、バカしんどい……」

 ひたすら文字を追う作業をこなす中、先に音を上げたのは彼の方だった。進捗としては開架されていた八月分を含め、やっと四ヶ月分の確認が終わるかといった具合だ。

 慣れない作業だからというのもあるが、些細なことも見逃せないという緊張感が余計に疲労を助長する。見出し以外にも訃報欄の確認は必須で、特に十代の人の訃報が出てきたときにはスマホで追加の情報収集を試みていたため、何よりもこの作業が一番時間を食っていた。

「もう一時回ってたんですね……。今読んでる分終わったら一旦休憩にしましょう」

 私はちょうど今読み終えた新聞を畳みながらそう提案した。ぱっと見、今年の分だけでもまだ三十部は残っている。

「だなー。腹が減っては戦はできぬって言うし」

 彼はそう言って大きな欠伸をひとつすると、再び新聞に向かった。私も私で、既に何度人手が欲しいと思ったことかわからない。しかも、この途方もない作業の果てに何か成果が得られる確証があるわけでもなかった。

「よし、終わり」

 彼が自身の手に持っていた新聞を机の上に放りだした。背中を背もたれに預け切り、全身を脱力しきって天井を仰いでいる。彼より数分遅れて私も手持ちの新聞を読み終えた。

「沙夜は昼どうすんだ?」

 私が新聞を置いたのを見て彼は昼食の話題を切り出した。

「えっと、一応お弁当は持ってきてます」
「おっけ。じゃぁ一緒に食うか――って、ここ飲食大丈夫なのか? ちょっと訊いてくるわ」

 彼はそう言うがはやいか、閲覧室から飛び出すように出ていった。私はその行動の素早さに、きっとお腹すいてたんだろうなと、場違いながらも少しだけ微笑ましい気持ちを感じてしまうのだった。

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