雨の日は映画を | 他とはちょっと違う子との毎日に疲れたら一人でみたい映画
小学校四年生と中学校一年生の二人のホームスクーラー・不登校児を育てている。
先日、子供たちとみたい映画についてnoteに書いた。
その際、AIさんが色々な映画を提案してくれたものだから、私の中でプチ映画weekがきてしまっている。
連日、狂ったように映画を見ているわたし。
ああ、この世に映画があってよかった。
思春期かつちょっと他とは違った(変わった?)子供たちと毎日対峙していると、あまりにも荒削りにぶつかってくる子供達に疲れたなって思うことがある。
かつて自分も難しい年代を通ってきたはずだし、自分も難しめな子供だった自負があるのに。
大人になるって、なんて悲しいんだろう。
そんな時に一人でじっくりと見たくなる映画を、超独断と偏見でリスト。
子供たちとみてもいいような映画でもあるけれど、今回はただただ一人じっくり浸って涙したい。
『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)

天才的な頭脳を持ちながらも心に深い傷を持つ青年と、同じく失意の中にいながらも彼を導こうとするカウンセラーとの対話を描く感動作。
ロビン・ウィリアムズと当時まだ無名のマット・デイモンが出演している。
ロビン・ウィリアムズのヒューマンドラマ系の映画はもはやハズレなし。
まだ初々しいマット・デイモンが演じる荒くまっすぐな青年ウィル。
その行動や言葉が痛々しくてグサグサ刺さる。
周りの大人が、天才的な頭脳を持つウィルをなんとか社会の軌道に乗せようとするけれど、うまく行かない。
そもそもウィルは心を閉じていて、のらりくらりと大人の真剣な言葉をかわしていく。
だけど後々、それは踏み出すことが怖いからだと知っていく。
これを言えば良いとか、こう関われば成功するとか、いろんなノウハウはあるけれど、結局心の扉って本人が開けようと思わなかったら開かない。
ロビン・ウィリアムスが演じるカウンセラーのショーンは、妻に先立たれ、失意の中にいる。
深い心の底で、ウィルの苦しさに共感し、何度も何度も「君は悪くない」という。
もちろん彼はカウンセラーとしてプロだけど、ノウハウ以上の深いつながりでウィルの心の扉が開いていくのがささやかに美しい。
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(原題:Extremely Loud & Incredibly Close, 2012)

9歳の少年オスカー・シェルは、父親を9.11同時多発テロで亡くして以来、心に深い傷を抱えている。
ある日、父のクローゼットで偶然見つけた鍵をきっかけに、ニューヨーク市中を渡り歩く冒険が始まる。
オスカーはアスペルガーの特性があり、とても頭が良い一方で苦手なこともたくさんある。
トム・ハンクスが演じる父親は、そんなオスカーの一番の理解者であり、冒険を与えてくれる存在だった。
元々人と話すことが苦手だというオスカー。
父親を亡くしてから冒険のためにさまざまな人に出会う。
911で父親を亡くしたことに大抵の人が同情するけれど、オスカーを癒したのはその言葉ではなかったと思う。
人々がそれぞれの事情を抱えて生きているということと、そういう人たちとの繋がりそのものが、オスカーを癒していったのではないかと感じる。
そして、とてもしたたかなのがオスカーのお母さん!
オスカーが荒れる時も、冒険で毎日留守にするときも、嘘をたくさんつく時も。
オスカーが自分でやって納得しないとダメだから、と答えを急がない。
素敵。
このタイトルもなかなか良い。
うるさいことと、近いこと。それは、オスカーの特性のことを言っているような気もするし、人との距離や癒えない傷のことを言っているようにも感じる。
『ギフテッド』(2017)

フロリダの小さな町に住む独身男性フランクは、亡き姉の娘・メアリーをひとりで育てている。
メアリーはわずか7歳ながら、驚異的な数学の才能を持つ“ギフテッド=天才児”。
そんなメアリーを巡って、才能を生かすことと、普通の子供であることの間で揺れる家族を描いている。
才能を見出した大人たちが彼女を放って置けないという一方で、普通に育てていきたいフランクは彼女にとっての才能の活かし方や幸せの形について、揺れ動きながらメアリーと関わっていく。
才能を放っておけない・・・ってなんか先の「グッド・ウィル・ハンティング」と同じだなあ。
映画の中のさまざまなシーンで、フランクとメアリーの”対話”があり、その対話がさりげなく尊い。
周りの大人はメアリーの幸せを思ってとやかくいうけれど、何が正解かわからないながらもメアリーと関わり、等身大の彼女を見つめながら悩んでいるフランクは、彼女にとってよき理解のある大人、なんだと思う。
しかし、子供にとっての幸せってなんだろう。
才能を活かせる学校や環境に行けること・・・だけではないだろうな、少なくとも。
『トムボーイ』(2011年/フランス)

10歳の少女ロールは、家族と一緒に新しい町に引っ越してくる。
夏休みの間、近所の子どもたちと遊ぶなかで、自分を「ミカエル」という男の子の名前で紹介し、男の子として振る舞い始める。
最近たまたまAmazon Primeで見つけた映画。
他の映画に比べてセリフも少なく、フランス語のニュアンスも加わって、静かで淡々とストーリーが進む。
テーマとしては、ジェンダーギャップということになるんだろうけれど、なんか形に嵌めてしまうのは勿体無い。
10代の頃って、自分が女とか男とかよくわからないこともあるし、誰だって多少の揺らぎはあるんじゃないのか。
男の子として振るまい続けることは、やはりいつまでもできるわけではなくて、お母さんにバレてしまうことによって新たな展開を迎える。
バレた時、お母さんがどう反応したか、詳しくはここでは控えておきたい。
ただ、お母さんの反応は、きっとロール(ミカエル)を傷つけた部分もあるだろうし、一方で、親としてきちんとしなくてはという思いもあったのだろうと共感する部分がある。
ムズカシイ・・・。
映画の場面はほとんど住まいとその周辺の森だけしか出てこない。
だけど、子供たちのさまざまな遊びの風景や、日常の会話など、とりとめもない日常の切り取り方が綺麗。
『カモン・カモン』(C’mon C’mon)(2021年)

ホアキン・フェニックスが演じるジョニーは、ラジオ番組で子どもたちに「未来のこと」を取材するジャーナリスト。
ある日、精神的に不安定な姉・ヴィヴから一時的に甥のジェシーを預かるよう頼まれ、二人でロサンゼルスからニューヨーク、さらにニューオーリンズへと旅を続けながら、互いに距離を詰め、少しずつ心を開いていく。
甥のジェシーは、なんというか、ちょっと個性的な子供で。
子供らしい無邪気さや理不尽さもある一方で、時々すごくふかい問いをしたりする。
過激な感情表現も大きくぶつかり合う何かもないけれど、子育て経験のないジョニーが戸惑いつつも甥ジェシーと関わり距離を縮めていく様子は、私たちの日常にもリンクする。
映画は全編モノクロで、すごく繊細。
本当に些細でこぼれ落ちてしまうような日常の風景を、こんなにも綺麗に描いてしまうなんてすごい、と一気にマイク・ミルズ監督のファンになってしまった。
他の映画と比べても一番淡々としているかもしれないけど、疲れている時はいいかも。
なお、いずれもNetflixもしくはAmazon Primeで見られそうです。ぜひ。

