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次を、何も決めずに、辞めた ―― リクルートを出た、よく分からない理由

先に、正直に書いておく。

僕がリクルートを辞めたのは、立派な理由があったからじゃない。

なんとなく。勢いだ。

退職の理由を、みんなうまく語る。次の挑戦のため、とか、やりたいことが見つかった、とか。僕には、そういう、きれいに語れる理由が、なかった。

それでも書くのは、こういう辞め方をする人間も、いるからだ。


辞める前、僕は、業務設計をやる企画組織で、マネージャーをしていた。リクルートでの、最後の組織だ。

ここでの仕事は、企画職としての力を、確かに鍛えてくれた。実際、独立したいまも、あのときの経験に助けられていることは、たくさんある。あの時間を、無駄だとは思っていない。

しかも、比較的、全社の経営に近いところで仕事をしていた。会社全体を見て、大きなテーマを扱う。ポジションとしては、上がってきた、と言えたのかもしれない。

でも、その仕事は、僕にとって、ある大事なものが欠けていた。


扱っていたのは、全社の生産性に関わるような、経営に近いテーマだった。会社にとって重要で、価値のある仕事だ。それは、頭では、ちゃんと理解していた。

ただ、その仕事には、「目の前の誰かの役に立っている」という手触りが、薄かった。

特定の誰かの、困りごとや課題を解決して、喜んでもらう。「ありがとう」を、直接もらう。僕にとって大事だったのは、どうやら、そういうことだったんだ。

営業で、初めて評価されたときも、お客さんの話を聞くことしか、できなかった。CSでも、目の前のお客さんが成果を出せるように、伴走していた。振り返れば、僕はずっと、「目の前の人」の人だった。

会社にとって価値がある、と分かっていても、貢献の実感が持ちにくい。その仕事を続けるうちに、自分は本当は何を大事にしているのか、が、逆にくっきりしてきた。


じゃあ、社内で別の場所に移ればいい。そう思って、異動も考えた。

でも、そこで、もうひとつ引っかかることが出てきた。

異動は、人事マターだ。最終的に、自分がどこで何をするのかは、人事の意思で決まる。もちろん、希望は聞いてくれるし、一定は考慮してくれる。それは分かっている。

でも、僕は、そのことに、だんだん違和感を抱くようになった。

自分の人生を、自分のキャリアを、どんな仕事をするのかを、自分で決められない。誰かの意思によって決められる。そのことに、フラストレーションを感じるようになっていったんだ。


そして、決定的だったのは、これだった。

リクルートの中に、「ここで頑張りたい」「ここを目指したい」と思える場所が、見当たらなくなっていた。

給料は、一般的な管理職の水準で、安定していた。収入の面では、なんの不満もなかった。普通に考えれば、居続けるのが、賢い選択だ。

でも、目指したいものがない会社に、自己決定もないまま、このまま居続けることが、僕の人生にとって、本当に正解なのか。

考えて、出た答えは、「いや、違う」だった。目指すものがなくて、自分で決められない。その状態で、安定だけを理由にここにいるのは、よくない。そう思った。


それで、僕は、リクルートを辞めることにした。

次のキャリアを、何も決めずに。

転職するのか、独立するのか。それすら、何も決めていなかった。ただ、「辞める」ということだけを、先に決めてしまった。

我ながら、無計画だと思う。もともと、リクルートには長く勤めるつもりだった。それが、こんな辞め方になるとは、自分でも驚いている。

でも、「ここにいる意味がない」と思ってしまったら、辞めていた。それが、正直なところだ。


いま振り返ると、「なんとなく、勢いで」と言いながら、後ろには、それなりの理由が積み上がっていたんだと思う。

貢献の実感が持てない。自己決定ができない。目指す場所がない。ひとつずつ言葉にすると、辞めた理由は、ちゃんとあった。ただ、辞めるその瞬間の僕は、そこまで整理できていなかった。ただ、意味がない、と感じて、動いた。

ひとつ言えるのは、安定を手放して踏み出せたのは、たぶん、それまでに積んできたものがあったからだ。できない側だった僕が、少しずつ積み上げてきた、できる自分。その土台があったから、次を決めずに飛べた。

積み木は、崩すためじゃなく、次の一歩を踏み出す足場のためにも、積んでおくものなのかもしれない。

無責任に「辞めよう」と言うつもりはない。安定には、安定の価値がある。ただ、もし「意味がない」と心から感じてしまったなら、その感覚は、案外、無視しないほうがいいと、僕は思っている。


こうして、僕は、次も決めないまま、会社を出た。

では、なぜ、そこから「独立」を選んだのか。転職ではなく、一人でやることにしたのか。

その話は、また。

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