案外、私の将来は平和なのかもしれない。
私の子育ては”怒”だ。
登校時間が近づいているのに、いつまでもダラダラしている。
帰ってきたらランドセルも水筒も置きっぱなし。
宿題は後回し。
片付けない。
なかなか寝ない。
そして私から見れば、本当に些細なことで毎日のように兄弟げんかをしている。
疲れないのかと呆れるほどだ。
そんな子どもたちに、「怒りたくない」と思いながらも、結局は怒ることで解決しようとしてしまう。
一日が終わる頃、いつも思う。
こんなお母さんで、子どもたちに悪い影響を与えていないだろうか。
優しく笑って受け流すこと。
ただ受け止めること。
それがどうして私にはできないんだろう。
怒ってばかりの子育てに自分で疲れ、自分で失望し、ときどき苦しくなる。
『穏やかなお母さんになりたい。』
年始に立てる目標の筆頭は、毎年変わらない。
自分はちゃんと子どもを愛せているのかな。
そんなある日、長男が二泊三日の移動教室へ出かけた。
出発前も、面倒くさがってなかなか準備をしない長男に怒声を飛ばしながら支度を促す。
「行きたくない。」
「面倒くさい。」
そう言っていた長男だったが、学校へ着くと友達と楽しそうにたわむれていた。
その姿を見ていると、家ではまだまだ手がかかると思っていた長男が、少しだけたくましく見えた。
そして始まった、子どもが一人だけの生活。
兄弟げんかの仲裁をすることもない。
チャンネル争いもない。
家の中は驚くほど静かだった。
「これが穏やかな毎日なんだ。」
そう思った。
でも、ご飯を作る量が減った。
洗濯物も減った。
「今日はこれくらいでいいか。」
料理も家事も、どこか力が入らない。
慌ただしい毎日に少し疲れていたはずなのに、静かになった家は思っていたより物足りなかった。
夫と次男と三人で銭湯にも行った。
長男がいない今だからこその時間を楽しもうと思った。
でも次男の口から出てくるのは、お兄ちゃんの話ばかりだった。
「ちゃんとご飯食べてるかな。」
「今頃何してるかな。」
最後は三人で、
「今度はみんなで来よう。」
そんな話をしていた。
私も気づけば、長男がいる場所の天気予報を見ていた。
今日は砂山を滑れたかな。
雨は降っていないかな。
普段一緒にいるときには考えもしないことばかり考えていた。
そして三日後。
長男が帰ってくる日。
夫が迎えに行ってくれたけれど、私は仕事中も時計を見ては、
「もう着いたかな。」
「渋滞してないかな。」
「車酔いしてないかな。」
そんなことばかり考えていた。
帰宅した次男の第一声は
「ただいま。」
ではなく、
「お兄ちゃん帰ってきてる?」
だった。
疲れて眠る長男を見つけると、起こさないようにそっと布団を掛ける。
少し残念そうで、それでもどこか安心したような、満足そうな表情だった。
その姿を見て、兄弟って不思議だなと思った。
毎日けんかばかりしているのに、いないとこんなにも気になる存在なんだ。
長男が目を覚ましたあと、私は自然と
「どう楽しかった?こっちは少し寂しかったよ。」
と言っていた。
その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。
あぁ、この数日間、なんとなく調子が出なかった理由はこれだったんだ。
私は寂しかったんだ。
静かになってよかったと思っていたはずなのに。
穏やかな毎日を望んでいたはずなのに。
子どもが一人いないだけで、家の空気も、私の心も、こんなに変わるなんて思ってもみなかった。
静かさと穏やかさを求めていた私。
子どもが大きくなったら、あっさりした母親になると思っていた。
「元気ならそれでいい。」
そう笑って独り立ちをしていく息子たちを送り出せる人だと。
でも、たった二泊三日でこの調子だ。
きっと私は、将来、息子の帰りを心待ちにして唐揚げを作りすぎてしまうタイプのお母さんになるかもしれない。
そう思ったら、自分でも少しおかしくて笑ってしまった。
でも、その未来も悪くない。
案外、私の将来は平和なのかもしれない。
