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【7】恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

第7話 伶弥の感謝の気持ちは、甘くて危険

「次の企画は小鳥の案でいく」

 課長が告げると、会議室中の視線が全て詩陽に集中した。詩陽は小さく身動ぎをして、背筋を伸ばす。少しだけ気を抜いていたのだ。今回の企画もまた伶弥のものに決まると思っていたから。

 毎月の企画会議で採用されるのはほとんどが伶弥のもので、時々他の人が選ばれても、伶弥のアドバイスがあった案が多い。

「ことりさん、凄いです!」

 心葉の声に我に返り、意識して口角を上げる。いけない、いけないと心の中で呟く。つい真顔になってしまっていた。

「たまたまだよ」
「そんなことないです! 私はことりさんの企画を聞いた時、すごくワクワクしましたもん。今回は絶対に主任を負かすと思っていました!」

 思ったよりも自分の声が大きかったことに驚いたのか、心葉は視線を彷徨わせた。

「企画は勝ち負けじゃないからね。いいものを作るために競い合うのは大切だけど、どの考えも絶対にいいところと悪いところを持ち合わせているものだよ。それを皆でより良いものしていくの。そのきっかけは選ばれた企画かもしれないけど、作り上げるのは皆じゃないかな」

 詩陽が苦笑交じりに言うと、カタンと椅子の動く音が聞こえた。

「小鳥の言う通りだ。勝ち負けにこだわっていると、企画が通ることがゴールになる。そうじゃないだろう? 何が大切なのか、履き違えるな」

 伶弥がぴしゃりと言うと、会議室の中の雰囲気が一瞬で緊張感を持つ。伶弥の存在は企画部にとって非常に貴重だ。課長はのほほんとした人で、部長は気まぐれ。企画部の中の雰囲気を引き締めるのは伶弥ただ一人だ。

「これからよろしくお願いします」

 詩陽がそう言うと、ふっと緊張感が緩んだ。ひとまず今回も飴と鞭は上手くいったようだ。

 詩陽が伶弥に視線を遣ると、一瞬だけ目が合った。その目がこれでいいのだと言っていて、詩陽は口元を緩めた。

「ことりさん、今、主任を見て笑いました?」
「えっ、そんなことないよ。なんだかんだで、嬉しかったから、思わず笑っちゃったのかも」

 誤魔化すように笑うと、心葉はすぐに納得したように頷いた。



 会議が終わり、詩陽がマーケティング部へ向かっている時だった。腕を掴まれ、引きずり込まれたのはあまり利用する人のいない資料室。

「ちょっ」
「しー」

 耳元で吐息交じりの低い声が聞こえ、詩陽の背筋にぴりりと電気が走る。背中に感じる温もりから、よく知る香りがした。

「伶弥!」
「こら、声が大きい。黙りなさい」

 珍しい命令口調に、詩陽は思わず口を結んだ。声は柔らかいため、怖さは一切ない。だからこそ、余計に悔しい。

「急に何⁉」
「急に詩陽を捕まえたくなったの」
「はっ⁉」

 後ろから抱き着かれていたが、肩に手を置かれた次の瞬間、くるりと向きを変えられ、目の前に美麗な顔が現れた。

 室内には電気はついておらず、小さな窓から射し込む僅かな陽光が唯一の光源だ。それでも、近くにある顔はよく見えた。目を細めて、何かを懇願しているかのような表情に、詩陽の胸が締め付けられる。

「伶弥、何かあった?」
「何もないわよ。ただ、詩陽に触れたくなった」
「何もないのに、触れたくならないでしょ」
「強いて言うなら、嬉しくてかしら」

 伶弥の表情が緩み、目元に余裕が戻ってきた。詩陽は思ったよりも伶弥を心配していたようで、その表情を見て、肩から力が抜けた。

「何が嬉しかったの?」
「詩陽の頑張りが認められたこと」

 その言葉を聞いて、詩陽はあぁ、と頷く。

「企画のこと?」
「そう。今回はいつも以上に頑張っていたでしょう? だから、採用されてよかったと思って」
「伶弥だって、毎回頑張っているじゃない。今回も一人ですごく頑張っていたことを知ってる」

 不意に、伶弥の手が詩陽の顔の横にあったことに気付き、詩陽は一歩後ろに下がろうとした。ゴツッと音がして、後頭部に鈍い痛みを感じる。

「逃げちゃダメよ」
「ちょちょ、待っ、何」
「詩陽の顔色までわからないのが残念だわ」

 伶弥が少し腰を屈めると、顔と顔の距離はますます近くなる。睫毛の本数も数えられるかもしれない。夕方近くの今、詩陽の化粧は無事だろうか。鼻の頭がテカっていないか、化粧室で確認しておけばよかった。

「いやいやいや」

 どうして、伶弥に見られて、そんなことを気にしなくてはいけないのだろうか。普段、スッピンだって見られているのだから、今更気にしたところで無意味だ。

「嫌?」
「いや、嫌じゃなくて、自分に突っ込みを」
「化粧を気にしたことに?」

 伶弥が悪戯な表情で首を傾げる。詩陽は頬にカッと熱が集まったことを感じた。

「こういうことには鋭くなくていいの! それよりも、近い!」
「嫌じゃないなら、いいでしょう?」

 そう言って、伶弥は詩陽の腰に腕を回し、そっと引き寄せた。頬に触れたシャツから、仄かにシャボンの香りがする。今日のネクタイは、伶弥にねだられて詩陽が選んだものだ。それがなぜか目の前にある。

 ぎゅっと力を籠められ、硬い胸に押し付けられると、少しだけ息苦しい気がした。胸も少し痛い。まるで走った後のようだ。

「今日も助けてくれて、ありがとう」

 体に響いた声が何を伝えたかったのか、思考力が低下している詩陽はすぐには理解できなかった。

「私は詩陽に助けてもらってばかりね」
「私は何もしてないよ」
「ううん。仕事が上手く回るのも、職場の雰囲気がいいのも、詩陽のお蔭よ」
「大袈裟だなぁ」

 伶弥の手が詩陽の髪を何度か撫でた。伶弥の手は魔法をかけることができる。詩陽の心を解して、この世界に詩陽と伶弥しかいなくなったのでは思わせるのだ。

「本当にそう思うんだもの」
「そんなことを言ったら、私の方がいつも伶弥に助けてもらっているよ」
「じゃあ、ありがとうの交換ね」

 そう言って、伶弥は詩陽の耳に唇を寄せた。温かくて柔らかい感触に、詩陽は肩を震わせる。

「り、伶」
「今度は詩陽の番ね」

 伶弥は体の間に隙間を作り、耳を詩陽の方へ向けた。トクトクと鳴る心臓はどちらのものなのか。なんだかクラクラする。耳に、何をしろと。

 詩陽は伶弥の横顔を見つめ、口元を確認した。楽しみしている。ワクワクしている。なんて厄介なオネエだ。

「バカ!」

 遂に限界に達し、詩陽は伶弥の体を力一杯に押しのけ、その場から走り出した。後ろから笑い声が聞こえた気がするが、とにかく今は逃げてしまいたい。

 廊下に出て、化粧室に駆け込む。鏡に映った顔は予想通り真っ赤になっており、鼓動は乱れている。体に残る熱もなかなか引いてくれない。

 今日帰ったら、伶弥にどんな逆襲をするべきか。詩陽は鏡の中の自分らしくない自分を睨みながら、真剣に考えた。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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