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【6】恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

第6話 伶弥の喜びと詩陽の反省

「秋ねぇ」

 伶弥が窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。ソファーに座って本を読んでいた詩陽が顔を上げると、同じタイミングで伶弥も詩陽の方へ振り向く。

「そうだね。食欲の秋だね」
「仮にも読書していた人のセリフとは思えないわ」

 伶弥はクスクスと笑いながら、詩陽の隣に座る。きゅっと音が鳴って、詩陽の体が伶弥の方へ傾いた。トンと当たった肩と肩がなんだかくすぐったい。

「そう言う伶弥は、どんな秋なの?」
「そうねぇ。芸術の秋かしら」
「そういえば、伶弥は昔から芸術系が好きだったね。音楽とか絵画とか、写真展も二人で行ったね」

 詩陽は過去を振り返り、二人で出かけた場所をいくつか浮かべた。昔から、しょっちゅう二人で出かけていたことに気付き、ふふっと笑う。

「なあに? 思い出し笑い?」
「まあ、思い出し笑いかな。写真展に行った時に、伶弥ってば、売られていた写真集を全部買っちゃったから、帰りが大変だったんだもん」
「ああ……そんなこともあったわね」

 それは、伶弥が一番好きな写真家の個展だった。見るものすべてに見惚れている伶弥は、写真の美しさに負けないくらい美しく、本人は気付いていなかったが、周囲の女性の視線を集めていた。

 詩陽は見慣れているはずなのに、それでも、目をキラキラさせて夢中になっている様子は、いくら見ていても飽きない程、魅力があったものだ。

 不意に訪れた沈黙に、詩陽はなんとなく伶弥の顔が見たくなった。そっと視線を隣に向けると、既に伶弥の視線は詩陽にあった。

「見惚れた?」
「まさか! 自惚れもほどほどにしてよね」

 そう言った詩陽の顔がほんのりと赤くなっていることに、伶弥は気付いただろうか。突然、少しだけ熱を持った頬に、伶弥の手が触れた。

「な、なに⁉」
「少し荒れてるなと思って」

 よかった、ばれていない。そう思って、詩陽はこっそりと胸を撫で下ろす。だが、その言葉は聞き捨てならない。

「だって、忙しいんだもん」

 と、言ってみたものの、隣にある顔は毛穴一つ見えず、できものも皺もない滑らかな肌をしている。詩陽よりも忙しいはずなのに。

「ストレスや疲れかしら」

 詩陽の複雑な思いなど知りもしない伶弥は、真剣に詩陽の肌荒れについて考えているようだ。

「じゃあさ、今日は何か美味しいものを食べに行こうよ」
「結局、食欲じゃない」

 可笑しそうに笑う伶弥を見て、詩陽も思わず吹き出す。そんな休日の始まりだった。



 二人は支度をして、マンションを出発した。行先は未定である。今日は秋晴れの過ごしやすい天候だ。おでかけ日和ということもあって、電車内も多くの人で溢れ返っている。

 詩陽と伶弥はドア付近で立って揺られていた。向き合うのは照れくさいし、背中を向けるのは詩陽が寂しい。結局、真横に並んで立っている。時折、背の高い伶弥の肩が詩陽の髪に触れる。

 こっそり盗み見ると、上の方にすっきりとしたラインの顎が見える。喉仏が出ているのを見慣れるようになったのは、いつ頃だっただろう。髭はあまり濃くないらしく、朝でもあまり目立たない。

「どうしたの?」
「べ、別に」

 伶弥に気付かれ、詩陽は慌てて視線を窓の外に向けた。遠くまで続く青空には、ところどころに小さな雲が浮かんでいるだけで、陽射しは暖かそうだ。

「詩陽の服を買いたいわ」
「そしたら、ランチまで買い物する? 伶弥の服も買おうよ」

 追及されなかったことに、内心胸を撫で下ろし、話を合わせる。見ていたことに気付かれたら、誤解されて、無駄に大袈裟に喜ぶに違いない。そんなことになったら、落ち着かせるのが大変だ。

 表参道駅に到着し、多くの人とともに電車から零れ落ちる。改札に向かいながら、詩陽ははぁっと大きく息を吐いた。

 正直、電車は苦手だ。特に混雑している電車では、どうしても男性が近くに来る。女性専用車両がある時は、必ず乗るが、こうして伶弥と一緒の時や車両が無い場合は仕方がない。

 詩陽は知らなかった。伶弥が詩陽の後ろに手を伸ばし、近くにいた男性が触れないようにしてくれていたことを。詩陽の隣に男性が立ちそうになり、さりげなくそちら側に立って防いだことも。

「どこから見て行こうかな」
「私、詩陽に着せたい服があるの」
「え、私に?」
「そう。前に雑誌で見かけたワンピースなんだけど、絶対に詩陽に似合うと思って。仕事帰りに買って帰ろうと思っていたんだけど、詩陽にご飯を作ってあげることを優先して、なかなか買いに来られなかったのよ」

 詩陽はどこから突っ込もうかと悩んだ。隣を見上げると、どこかをうっとりと見つめる伶弥がいる。少し上を向いているが、転ばないだろうか。ドジな伶弥も少し見てみたいが、怪我は阻止したい。

「女性ものの雑誌を見たということ?」
「当たり前じゃない」

 やはり、言葉だけでなく、中身も女性だったのかもしれない。伶弥に対する認識を変えようとした時だった。こつんと頭に小さな衝撃を感じ、視線を上げた。

「中身はれっきとした男よ。会社で女の子が雑誌を見ていたの。後ろを通りかかった時に偶然、目に入って、詩陽に似合う服を見つけたの」
「……本当に偶然?」
「……そうよ」
「なんか、怪しい」
「私の目は、詩陽のためにアンテナを張っているのよ」
「何て言っていいか、わからないよ!」

 伶弥のおふざけも、ここまで来ると反応に困ってしまう。詩陽は目を吊り上げて、伶弥を睨んでみた。

「怒った詩陽も可愛い」
「効果なし……!」

 詩陽は自分の睨みに怖さがないことを悔やみつつ、伶弥の背中をぽんと叩いておいた。




 伶弥が連れていってくれたのは、有名なセレクトショップだった。表参道にあり、雑誌にも載る店だということもあり、外観からお洒落で、多くの人が出入りしている。そのほとんどが女性であるから、詩陽としてはありがたい。

「伶弥、いいの?」
「何が?」
「入りにくくない? ここ、女性物しか無いんじゃない?」

 いくら詩陽の服を買いたいからと言っても、それとこれとは別の話だろう。そう思ったのに。

「詩陽のためなら、下着のお店に入れるわよ」
「絶対に入らないからね⁉」
「ケチねぇ」
「そんなこと言うと、一緒に買い物しないよ!」
「それは困るわ。ほらほら、時間がもったいないから、行きましょう。売り切れてないといいけど」

 伶弥に背中を押され、詩陽は憮然とした表情で店内に足を踏み入れた。いつの日か、下着ショップにまで連れていかれる気がして、しょうがない。

 店内は予想通り、多くの女性客で溢れていた。ただ、思っていたよりも広く、商品棚の間隔も広く採られているお蔭で、窮屈な雰囲気ではない。店内にかかる音楽も落ち着きのあるテンポの曲で、会話の邪魔にならないことも好感が持てた。

「あ、あの辺かしら」

 伶弥はそう言うと、目的のワンピース目掛けて、迷いなく歩き始めた。詩陽も逸れないように続こうとしたが、運悪く、目の前に二人組の女性が現れてしまった。

「あ……」

 店内で迷子になるほど広いというわけではないし、男性は数人しかいない。詩陽にとっての危険はないのだから、心細く思う必要などないのに、詩陽は思わず手を伸ばしていた。

 その手をすぐに掴まれ、クイッと引っ張られる。そのまま気付くと、体を何かに覆われていた。

「詩陽は昔から、すぐに迷子になるのよね。危なかったわ……」

 体に直接響いた低い声に、詩陽の中で勝手に心臓がとくんと返事をした。伶弥の声は男性でも低い方であることは知っていたはずなのに、どうしてだか、今は知らない声のように感じた。怖くはないが、落ち着かない。

 伶弥の胸はこんなにも硬かっただろうか。背は高いが、運動はしてこなかったはずだから、筋肉質というわけではない。それどころか、どちらかというと細身だ。

 長い腕は詩陽の体にしっかりと巻き付いている。腰に回された手が熱い気がする。

「り、伶弥」
「もう離さないようにしないと……」

 伶弥は独り言のように呟いた。それが却って、伶弥の隠された本心を聞いてしまったようで、詩陽は頬が熱くなるのがわかった。

 普段のおふざけとは違った印象を受けてしまったのだから、それが伶弥の意図したものではなかったとしても、狡い気がする。

「待って、ちょっと」
「どうしたの?」

 ふと、詩陽は周囲に人が大勢いることを思い出し、慌てて伶弥の胸を押す。それなのに、伶弥の腕は全く緩む気配がない。

「どうしたのじゃなくて、離してよ!」
「ダメ。詩陽を一人にしたら、危ないもの。ほら、あっちにあるから行くわよ」

 伶弥はようやく詩陽の体を解放し、その代わりに素早く手を握った。大きな手に包まれるように握り込まれ、小さな頃とは違った伶弥を意識してしまう。

 詩陽はぽっぽと火照る頬を片手で押さえ、足取りの軽い伶弥に従った。




 伶弥は目当てのワンピースを購入できて、ご機嫌な様子である。詩陽の服なのだからと財布を出すと、鬼のような形相で睨まれ、すごすごと鞄に戻す羽目になったことについては、未だに納得できていない。

「次は伶弥の服だからね」
「私はいいわよ」
「ダメ! 絶対に買うんだからね?」

 詩陽は、伶弥の服は自分が買うのだと心に誓い、渋る彼を引っ張って、よく行くお店へを向かった。

 結果を言うと、詩陽は買わせてもらうことができなかった。それどころか、そのお店にあった女性物を目敏く見つけた伶弥に、またしても購入されてしまうことになったのだから、詩陽の心はますます複雑である。

「いい買い物ができたわ」
「伶弥の服を買ってない!」
「今、欲しいものがなかったんだから、仕方がないでしょう?」
「私だって、欲しいものはなかったのに!」
「あら……もしかして、気に入らなかった?」

 寂しそうな伶弥の声を聞き、詩陽は我に返って、隣にある顔を見上げた。眉尻を下げて、大変情けない顔をしている。

「そうじゃないよ。ごめん、言い方を間違えた。二着とも可愛いし、私の好みの服だったから、嬉しいよ。ただ、私も伶弥を喜ばせたかっただけ」

 勢いよく言って、詩陽はパッと口を押さえる。失言を重ねたことを気付いたからだ。とはいえ、悪い方の失言ではない。

「詩陽! 可愛い! 詩陽がそう思ってくれただけで、私は生きていけるわ!」
「違う! そうじゃない!」
「まさか、いつも素っ気ない詩陽がそんなことを思ってくれていたなんて…」

 だから、そうじゃない。そう叫びたいと思ったが、にこにこと笑って目を細めている伶弥を見ていると、これ以上、否定することはできなかった。

 詩陽は溜息を吐き、ぎゅっぎゅっと握ってくる手をやんわりと握り返す。普段、伶弥に対して甘くない自分のことは自覚している。冷たくしているとまでは思っていないが、甘々な伶弥の態度からすると、充分冷たいだろう。

 詩陽はこれくらいのことで大喜びしている伶弥を見て、少々反省した。

「ごめんね」
「なに?」
「何でもない」

 未だに喜びを表現している伶弥には、詩陽の呟きは届かなかった。それでいい。素直になる自分を想像すると、照れくさくて、むず痒い。伶弥には一番見られたくない。それは昔から知っている仲だからこそ、思うのかもしれない。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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