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【13】恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

第13話 草臥れたスーツを着ていても、かっこいいなんてズルい

「ごめんなさい! どうしよう……私のせいだ」

 心葉は涙を零しており、先程から同じ言葉を繰り返している。

「私が最終確認を怠ったんだから、心葉ちゃんのせいじゃない」

 詩陽がそう言っても、心葉は首を振るばかりで、なかなか気持ちを立て直せないようだ。

 もし、同じ立場なら、詩陽もパニックになっていたかもしれない。責任を感じるのに、どう責任を取ればいいのかわからないから。でも、今の詩陽にはできることがある。

「工場のトラックは別件で出払っているようなので、何台か車を出して、分担して取りに行きたいと思います」

 幸い、ノベルティの準備は終わっており、搬送できないだけだとわかったため、詩陽はすぐに取りに行くことを決めた。

 詩陽の言葉を聞き、何人かが手を挙げてくれ、その中には伶弥の姿もあった。

「わ、私も! 父に車を貸してもらえるか聞いてみます!」

 心葉は未だにしゃくり上げているものの、やることが見えたことで少し落ち着きを取り戻した。声がしっかりしている。詩陽は心葉に笑いかけ、頷く。

 その後、数人を残して、各々工場へと向かった。詩陽も行くつもりだったが、現場の指揮が必要であると伶弥に言われ、もどかしい気持ちを抑えて、残ることにした。


 詩陽は運び込まれる段ボール箱を受け取り、数を数えた。あと少しで搬入が完了する。

「あとは、主任ですね」

 一緒に残っていた男性社員に声をかけられ、詩陽は周囲を見回した。確かに、工場に向かった人は戻ってきており、残すは伶弥だけだ。

「皆、ありがとう。もう遅いから、明日に備えて帰ってもらっていいよ。あとは、私がやっておくから」

 終業時間は遠の昔に過ぎている。明日は朝早くから立ちっぱなしで仕事になるため、休息は大切だ。

「何を言っているんですか! 私たちも最後までやりますよ」

 そう言って笑ったのは、一人ではなかった。既に何人かは段ボール箱を開け始めていて、詩陽の方が後手に回っているような状況だ。

「ことりさん、私も最後までやらせてください!」

 振り返ると、目に力の戻った心葉が息巻いている。心葉なりに責任を取ろうとしているのだとわかり、詩陽は頬を緩めた。また一人でやれば、責任者としての責任を果たせると勘違いするところだった。

「本当にありがとう。よろしくお願いします」

 詩陽が頭を下げると、柔らかい笑い声が辺りを包んだ。責任者とは何であるか。人をまとめて仕事を進める上で大切なことは何であるか。詩陽は改めて考えさせられた。

「あ、主任!」

 心葉の声を聞き、詩陽はホールの入口に視線を遣った。二箱抱えている伶弥の髪が跳ね、ジャケットの裾は白く汚れてしまっている。

 表情を変えないまま歩いてくる伶弥の元へ、詩陽は駆け寄った。

「主任!」
「これで全部だ。向こうで確認してきた」
「ありがとうございます!」

 詩陽の指示にはなかったが、伶弥は最後まで工場に残り、数を確認してくれていたのだ。

 一番早く仕事を終えるように思えたのに、なかなか戻ってこないのはどうしてだろうとは思っていた。そんなことをしていてくれたとは思いもよらず、感謝とともに、視野の狭さと見通しの不十分さを反省しなければならない。

 詩陽は颯爽と歩く伶弥の一歩後ろを着いていった。スーツは草臥れているのに、背筋がピンと伸び、堂々としているその後ろ姿は、いつも以上にかっこよく見える。

「やばい、顔が熱い……」

 口の中で言った言葉ははっきりした音にはならなかったが、もしかしたら伶弥には聞こえてえしまったかもしれない。

 なんだか、ドキドキしてしまう。かっこいいことなんて、ずっと昔から知っているはずなのに、どうも最近、心臓がおかしい。前を向いていた伶弥が僅かに振り向いたが、手で顔を扇いでいた詩陽が気付くことはなかった。

 それから、全員で配置を完了させた。数も間違っていないし、出来上がりも上々だ。詩陽はようやく肩の力を抜いた。

「私の至らなさが、皆に負担を強いてしまって、本当にすみませんでした。なんとか、明日を迎えられそうです」

 詩陽は頭を下げ、ジャケットの裾を握り込んだ。完璧に熟すことができなかったことは悔しいが、学んだことは多い。

「ことりさん、まだ明日が本番ですよ! 絶対に成功させましょうよ」

 ゆっくりと顔を上げると、優しい顔が並んでいた。その様子に気を抜きそうになったが、明日を無事に終えてこそ、成功かどうかが決まる。詩陽は足に力を入れ、床の感触を確かめた。

 大丈夫。体調は思わしくないが、一晩寝ればよくなるだろう。もし、回復しなかったとしても、一日ぐらい、気合で乗り切れるはずだ。

 問題は、伶弥に体調不良をどう隠し通すかだ。鋭い伶弥を騙すことは容易ではない。詩陽は頭を抱えながら、マンションへと向かった。



 街灯でぼんやりとした明るさを保っている道を、詩陽は一人で歩いていた。深夜とまではいかないが、住宅街の道を歩く人は見当たらない。詩陽は体調不良のせいで、呼吸に苦しさを感じながら、足を進めていた。

 ふと、後ろから足音が聞こえ、詩陽は立ち止まった。人がいないと思っていたが、いつの間にかいたようだ。そう思って、また歩き出そうとして、心臓が縮んだ。

 足を止めた詩陽と同じタイミングで、足音が止まった気がしたのだ。蘇るのは、ストーカーのこと。

 過去にあったストーカー行為では、夜間に出歩く年齢ではなかったこともあり、夜道をつけられるという経験はしなかった。

 でも、話は聞いたことがある。ドクドクと騒ぐ心臓が大事な情報を隠してしまうのでは不安になってくる。

 詩陽は固まりそうになっていた足を叱咤し、速足で歩き始めた。コツコツと鳴る詩陽の足音が、やけに響いて耳に触る。遅れて聞こえる足音が迫ってこないか、必死に耳を澄ませた。走りたいのに、体調不良のせいで足取りは重たい。

「どうしよう、どうしよう」

 無意識に口にしていても、解決策は出てこない。

「伶弥、怖い」

 同じ方向に帰ることを避けるため、伶弥はマンションとは反対方向に向かっていった。恐らく遅くなることなく戻ってくるだろうが、今すぐというわけにはいかないだろう。

 焦る詩陽の息は完全に上がっていた。マンションがようやく見えた瞬間、倒れてもいいから、走ってしまおうとしたのが良くなかった。足がもつれ、呆気なく転んでしまったのだ。

「やだやだ、早く……」

 膝や手が痛いはずなのに、それよりも恐怖から来る心臓の痛みの方が余程強烈だ。ふらつく足に無理やり力を入れ、なんとか立ち上がる。

 そうして、駆け込もうとした時だった。もう一つの足音が消えていることに気付き、詩陽は恐る恐る振り向いた。

 そこには夜の世界が広がるだけで、詩陽以外の誰の姿もない。隠れているのかもしれないと思い、警戒していたが、少し経っても人の気配はなく、足音どころか、物音一つ聞こえなかったことで、ようやくホッと息を吐いた。

「近所の人だったのかな」

 それでも、すぐに不安は拭い切れず、詩陽は急いでマンションへと入って行った。




「詩陽、詩陽!」

 リビングのドアが勢いよく開き、息を乱した伶弥が駆け込んできた。詩陽は飲んでいたお茶をテーブルに置き、ソファーの背もたれに体重を預ける。

「な、何?」

 体調不良のことを隠すというミッションのことを、すっかり忘れていた。詩陽はぼんやりとした頭を振ってみたが、残念ながら、妙案は浮かんで来ない。

「体調よ! 本当に、もう……無理ばっかりして」

 やはり気付かれていたのかと、詩陽は一瞬だけ顔を顰めた。

「大丈夫。ちょっと疲れているだけだから、よく寝れば元気になるよ」

 笑顔さえ作れば、なんとかなる。そう思って、詩陽は精一杯笑ってみた。

「そう言って、ずっと体調が悪いままでしょう?」

 伶弥は詩陽の隣に座り、詩陽の顔を覗き込んでくる。鏡を見ていないが、何度も顔色が悪いと言われていたから、顔に出ているに違いない。

 帰り道の出来事も加わって、下手したら酷くなっている可能性すらある。

「もう明日を迎えるだけだから、今日は寝られるってば! もう心配しすぎなんだから」

 あははっと笑ってみたが、隣からは若干冷気が漂ってきた。オネエ伶弥が怒ることはなかったが、流石に怒られるかもしれない。詩陽は慌てて立ち上がった。ふらついたが、気合だ。

「ああ、うん。そうだ、もう寝た方が良いよね。大丈夫、わかってるから」

 お粗末なセリフだろうが、棒読みだろうが、女優になるわけではないから気にしない。

「詩陽」
「伶弥、今日はありがとう。すごく助かった」

 本当はもっと言いたいことがあった気がするが、逃げたい気持ちが強すぎてわからなくなってしまった。

「解決したのは、詩陽自身よ。私は少し手伝っただけ」
「そんなことない。冷静さを取り戻せたのも、大事なことを思い出せたのも、伶弥のお蔭」
「し、詩陽……!」

 私が珍しく伶弥に素直に感謝したからか、伶弥は照れたように笑い、頬に手を当てた。

 見た目は男性なのに、どうしてフェミニンに見えるのか不思議だ。そのフェミニンさを分けてもらいたい。

「それどころじゃない」
「え?」
「え?」

 きょとんとした伶弥を見下ろし、私もきょとんとする。遅れて、心の声が漏れていたことに気付き、咳払いをした。

「風邪⁉」
「違う! もう、とにかく寝るから! また明日、よろしくお願いします!」

 ここで風邪認定されてしまったら、ますますやりにくくなる。詩陽は呼び止められる前に、急いで借りている部屋に駆け込んだ。後ろから伶弥の声が聞こえたが、耳を貸している暇はない。

 詩陽が借りている部屋は八畳の洋間で、シングルベッドが置かれただけのシンプルなところだ。服はクローゼットに入っているし、もともと荷物が多くない詩陽は困ることもない。

 どちらかというと、詩陽もシンプルな部屋が好きであるし、女の子らしい可愛さはそれほど求めないから、ちょうどいい。むしろ清潔で、居心地が良いから満足している。

 詩陽がベッドに飛び込むように寝転ぶと、整えられていたシーツに皺が入った。

「あれ、シーツってこの色だったかな」

 目の前にあるペールグリーンのシーツはさらさらとしていて心地が良い。頬をつけると、ハリと柔らかさのバランスのいい触感に、ほうっと息を漏らした。ひんやりと感じるから、このまま熱も下がってくれたらいいのに、と思う。

 とにかく寝てみようと、詩陽はパジャマに着替えて、布団に入る。幸い暑い季節ではないから、明日の朝、シャワーを浴びればいい。

 詩陽は掛布団を引き寄せ、横を向いて小さくなる。それから、足の間に両手を入れるのが、昔からの癖だ。

 疲れも辛さもピークに達していた詩陽は、すぐに寝息を立て始めた。




#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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