『プロにはなれない』と楽器を置いた高2の冬。20年後、AIが私の止まっていた音楽を動かした。
雨の日も、風の日も、私は重たいハードケースと歩いていた。
中に入っていたのは、愛用のトランペット。
誰にも譲れない「夢」と「意地」だったと思う。
私の音楽の原点は、3歳の頃にさかのぼる。
はじめて触れたピアノの、ひんやりとした鍵盤の感触。
習い始めて1ヶ月後、先生は母にこう言ったそうです。
「この子には、絶対音感があります」
私にとって、世界は「音」であふれていた。
小学生の頃は、毎週末、家族でカラオケに行くのが楽しみだった。
夏になれば、親戚が集まるデパートの屋上で開催されるビアガーデンのステージに立ち、マイクを握って歌謡曲を歌った。
夜空に響く自分の声と、大人たちの拍手。
「上手だね」
褒められるたびに純粋に嬉しかった。
中学生になり、私は吹奏楽部に入った。
毎日、ハードケースごと家に持ち帰り、たくさん練習した。
「プロのトランペッターになりたい」
その想いは、日に日に強くなっていった。
けれど、現実は残酷だ。
高校では、毎回のように中国大会へ出場する、いわゆる「ガチ部」だった。
遊びじゃない。一音のズレも許されない厳しい世界。
でも、その厳しさが心地よかった。
高校2年生の冬。
私は「上達の壁」にぶつかった。
どれだけ練習しても、理想の音が出ない。
独学の限界を感じていた。
「プロに習って、もっと上手くなりたい。音楽の道に進みたい」
勇気を振り絞って、親に頭を下げた。
答えは「NO」だった。
私の願いは受け入れられず、習うことさえ叶わなかった。
「音楽では食べていけない」
正論が、私の夢を粉々に砕いた。
悔しくて、悲しくて、私は逃げるようにトランペットを辞めた。
あんなに大切だったハードケースを、二度と開けることはなかった。
音が消えた世界は、色まで失ったように暗かった。
人生で一番の、暗黒時代だった。
そんな灰色の毎日に、一筋の光を差してくれたのが、GLAYだった。
絶望の底で聞いた彼らの音楽は、凍りついた私の心を溶かしてくれた。
「奏でる側」にはなれなかったけれど、音楽には「聴く側」を救う力がある。
ファンクラブに入り、県外のライブへも足を運んだ。
彼らの音楽に守られながら、私は大人になった。
あれから、20年以上の月日が流れた。
今、私はパソコンの画面に向かい、「SUNO」という音楽生成AIと向き合っている。
「こんな曲を作りたい」
イメージを伝えると、AIは数秒でメロディを紡ぎ出す。
正直、最初は戸惑った。
あんなに苦労して練習した音楽が、こんなに簡単に?
でも、出てきた音を聴いて、胸が騒ぎ出した。
「ここのコード進行は、もっと切なくできる」
「このメロディの入り方は、もっと優しく」
私は気づいた。
止まっていた私の時間を動かしてくれる、魔法の楽器だと。
楽譜が読める知識も、厳しい部活で培った感性も、生まれ持った絶対音感も。
何ひとつ、無駄じゃなかった。
楽器を置いたあの日から、私の音楽人生は終わったと思っていたけれど、そうじゃなかった。
すべては、この新しい指揮棒を振るための準備期間だったのかもしれない。
そして今、私にはもう一つ、新しい夢ができた。
「いつか、AIの伴奏に合わせて、もう一度トランペットを吹きたい」
実家の押し入れの奥で眠っている、あのハードケース。
20年間、怖くて開けられなかったパンドラの箱を、もう一度開けてみようかと思っている。
すぐには音が出ないかもしれない。
唇も痛くなるかもしれない。
それでも、AIが奏でる完璧な伴奏の上に、私の「人間らしい」息吹を重ねてみたいと思っている。
音楽の道は、一度閉ざされた。
けれど、回り道をしたからこそ見える景色がある。
大人になった私は今、AIという相棒の手を借りて、新しい地図を描いている。
「平和の種を蒔く人」として。
言葉と、映像と、そして自分の音で。
誰かの心の温度を1℃だけ温めるために、
私はまた、夢の続きを奏で始めた。
夏に描いたひとつの平和を願うストーリー。
これに、映像があれば最高なのにと思った。
イラストもまだ拙いですが、是非、聴いてみてください。
SUNOが鳴らすトランペットより、全盛期の私のトランペットの方が上手なんです、、、
だから、最初はこの曲にしようと思っています。
つなぐ|HIROMI🌸
平和の種を蒔く人
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#人生の続きを生きる
#諦めた夢
#音楽のある人生
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#SUNO
#夢の続き
#大人の挑戦
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「この言葉、広がってほしいな」
そんなふうに感じてもらえたなら、
チップというかたちで、想いをのせてみてください。
わたしも、あなたのあたたかさを誰かに繋げていきます🕊️
