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クリスマス・イヴのエール(本文3531字)

「田(でん)ちゃん、私、小説家になる!」

「え?」

 田ちゃんと呼ばれた田助(でんすけ)は、口に運ぼうと手に持っていた大きなチキンを思わず止めて、皿に戻した。

「私、読書好きでしょ。前々から考えていたの。実を言うと、田ちゃんと付き合う前からちょっとばかり夢も見ていたの」

「それは確かに初耳だったよ。ちょっとびっくりしたけど、いいんじゃないかな。美帆(みほ)、相当本読んでたもんね」

「うん。村和(むらわ)賞って小説家のための登竜門的な大きな賞があって。年一回あってね。たった一人しか選ばれないんだけど、それに応募しようと思うの」

「いつなの?」

田助は、お腹が空いていたので、美帆の話を真剣に聞きつつも、皿に戻していたチキンを今一度口に運んで、ひと口大きくかじって食べた。

「夏の始め頃が応募締め切り。11月末に結果発表なの」

「そっか。いいんじゃないかな。応援するよ」

「うん、ありがとう。でもね田ちゃん。これからは、小説を書くことに時間をいっぱい使っちゃうかもしれない。これまでみたいに、いっしょに過ごす時間が減っちゃうかもしれない」

「美帆の夢だろ? 俺の夢にもなるさ。構わない、俺に出来ることはするよ」

「ありがとう、田ちゃん・・・」

 美帆は、介護施設で仕事をしながらも、一人暮らしのアパートに帰っては、小説を書き続けた。田助とは、週一回は会っていたけれど、しばらくして、月に1~2度になった。

 村和賞の過去の受賞作を読んでは、傾向と対策を考えたり、図書館に行ける時間には行って、資料集めをしたりした。
 知らない言葉は辞書を引いた。知らない地名、職業、物事全般は携帯電話を使って、ネットで調べた。

 美帆の母は、中学に入った時に肺癌で亡くなっていた。父親は、妻を失った心労のまま仕事を続けたものの、祟り、精神科へお世話になるようになり、やがて退職せざるを得なくなった。数年を過ごしたけれど、様々な事情で、やがてお金は尽き、生活保護を受ける身となった。美帆とはそこで離れて暮らすことになった。

 美帆自身は中学卒で、社会に出た。介護のパートを今に続けている。

 美帆は、好きと思ったことには一心に行動に移せる女性だった。また、粘り強い根性も持ち合わせていたのは、母親譲りかもしれなかった。母は、最期まで病院に入ることを拒んだ。いよいよ最期の最期になっても、救急車は呼ばないで、と頑なに拒むほどの生き様だった。

 村和賞を目指す1年目。美帆は、出来るだけの努力はしたけれど、賞には届かなかった。2年目も同様に、何の音沙汰も無く、村和賞は通り過ぎて、他の受賞者へ渡った。

 そして3年目。

 美帆は心全く折らずに書く努力を続けていた。時には、自分の境遇を恨まない日が無かった訳ではないけれど、こう、と決めたことには全身全霊で取り組む気概を見せた。田助はそんな美帆を温かくじっと見守った。

 予選通過者には、8月末には通知が来る。 

 美帆は静かにその『時』を待ったが、本当に静かに時は過ぎてしまった。

 美帆は、まだまだ3年目、とは思ったものの、正直落胆した。予選通過にも引っ掛からない。

頭って必要なの? センスや才能って必要なの?

 心を込めて書いた作品。美帆は、毎年、村和賞へ大切な手紙を送る気持ちで書いていたのだった。その心の根底には、慈愛を満たしているのだった。自分をよく深ぼる季節を積み重ねていた。

独りよがりなのかしら
諦める選択肢も用意しなければならないのかしら

 そうしてまた日常生活に戻る内、その年のクリスマス・イヴの夜を迎えたのだった。

 なかなか会えない田助と美帆だったが、クリスマス・イヴだけは、二人で過ごすとお互い決めていた。しかしながら、この年のイヴの日は、美帆の仕事のシフトの関係でお互いの都合は合わず、イヴの夜を二人で過ごす事も叶わないという事になった。

 美帆は、その事が大きく響いた。田ちゃんとも、まともにお付き合い出来ていないなんて、私の人生、幸福に進んでいるの? 田ちゃんは、ちゃんと幸せ?
 美帆は、色んな事柄が急に覆い被さって来る気持ちになって、堰を切ったように泣き出した。
 気が付いたら、田助に Line を送っていた。

「田ちゃん。辛い」

「今から、そっち行っていい?」

「もう夜中だよ」

「構わないさ。しばらくがんばって」

 田助は自宅を出て、自転車に乗って、美帆の元へ向かった。美帆の家に到着して、玄関の鍵を合鍵で開けて、ドアを開けて、中に居るであろう美帆へ小さな声で呼び掛けた。

「お~い、田助がお邪魔しに来たぞ~」

 美帆は、奥の部屋からのそのそと、玄関に居る田助の所まで来て、田助に寄り掛かるようにして抱き付いた。

「だいぶお疲れみたいだね」

「田ちゃん」

「ここは寒いから、中に入らせてくれ~」

「うん、ごめん」

 二人して、リビング、と言ってもワンルームなのだけれど、部屋に着いて、お互いに向き合って炬燵に入った。

「呼び出してごめん」

「お互い様だよ」

「田ちゃん、私、小説家、向いてないかな」

「いや、向いてるさ」

「どうしてそんな事言えるの?」

 田助は、少し口角を上げることだけを保った。ここは聞き役に徹した方がいいと直感的に思ったのだった。

「どうして黙ってるの? 私、何かいけない事した? 私はただ、小説が好きで素敵な物を書きたいだけ。みんなに幸せになってもらいたい、私も幸せになりたい。こういうのって駄目な事なの?」

「3年、悔いの無いほど努力したの。これ以上は頑張れない」

 美帆の目はすでに真っ赤に腫れ上がっていた。炬燵のテーブルにはティッシュが散乱している。

「何か言って。それとも、田ちゃんには伝わらない? 私のしんどさ」

 田助は、黙っていた口を静かに開いた。

「美帆が昔、言ってくれたことがあったことを、今思い出しているんだ。『田ちゃんの普通な所が好き』って言葉。あれ、今でもそうかな? 美帆はよく頑張ってるよ。すごく。褒められて当然さ。俺は村和じゃないけど、『田助賞』は毎年授賞してるよ。毎年、作品を読んで、美帆って何て気持ちの有る人なんだろうって、感心し切りだよ。俺にとっては、いつでも一番賞だよ。賞状さえ下手で書けないけど。それに、自分に『美帆賞』も上げてもいいんじゃないかな。毎年、ダブル授賞してるよ」

 美帆は、ぐしっと涙が出て来た。鼻をすする。

「私も覚えてる、その事。『普通』だから、受賞しないのかなって思った。田ちゃんには悪いけど」

「俺は、『普通の』応援しか出来ないからなぁ。でもさぁ、普通の人が書く物だからこそ、一般の、多くの人の心に届くんじゃないかなぁ。少なくとも、美帆が言った『普通』の田ちゃんの心には届いたよ」

「田ちゃんは不満じゃないの?私と会う機会もほとんど無くなってしまって」

「いつでも美帆を想ってるよ。俺の彼女、がんばってるって、いつも自分に言い聞かせてる。俺もいっしょになって、3年頑張って来たようなもんだよ。美帆が好きなら、美帆の書く物も好きだよ。少なくとも美帆には一人、ファンが付いてる」

 そうして、しばらく二人はじっと黙っていた。

 美帆は、炬燵テーブルに散らばったティッシュをまとめ始めた。ゴミ箱に捨てると、そのままの姿勢でうなだれた。

 田助は、美帆に向けて言葉を加えた。

「物を書くって、大変だね。だって、ずっと下向いて書く訳だろう? 空が晴れていても、雨が降っていても、見れないんだろう? それはきっと辛いだろうなぁ。でも、生きている以上、永遠て無いと思う。また顔を上げる日も来るよ、きっと。美帆は一人じゃないよ。俺もいっしょに生きてる。たまには、横を向いておくれ。出来れば、俺の方」

 美帆は、起き上がって田助を見た。田助は、いつも会う時と同じ顔をしていた。でもどことなく、目尻が下がっているように見えた。

「田ちゃん、これからも私に付き合ってくれる?」

「こちらこそだよ。よろしくお願いします。今日、何か食べた?」

「ほとんど口にしてない」

「カップラーメンある?」

「多分・・・」

「よし、いっしょに食べよう?」

「あまり食欲無いけど・・・食べる」

「待っといて。俺、作るから」

 田助は炬燵を出て立ち上がり、台所へ向かった。美帆は、何か呆けたような、妙な安堵感に包まれる心地がした。そうだった。クリスマス・イヴだったね、田ちゃん。

 美帆は、そう思った。二人だけのイヴだね。二人で居られる事を想った。ありがとう田ちゃん。今は何も考えられないけど、でも、この日を忘れない。多分、忘れられない。

 田助の方を見た。田助の背中が見える。炬燵に入ったまま、台所に立つ田助を見上げているからだろうか。何故かいつもより大きく見える田助のように美帆には思えた。


(おわりです。3531字)

*この物語は全てフィクション(架空)です。

☆彡

あとがき

 こんにちは、つる です。noter 花邑 灯火 さんの企画、『 灯火杯5th Re:クリスマス 』 に応募するものです。

 灯火 さんの、「こうなったらいいな」というお気持ちに応えるつもりで、自分の過去作からの続編を書きました。以下、過去作です。そんなに長い話では無いかと思われます。

『 あなたへの贈り物 』  つる

 いかがでしょう、エールになってるかなぁ。気持ちとしては、灯火杯応募者のみなさまへのエール、という気持ちで書かせていただいたつもりです。
 出来はお恥ずかしいですが、参加する事に意義がある、と思いまして。

 以上、どうぞよろしくお願いいたします。

つる   拝

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