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『おじいちゃんのアート』 灯火杯4th2025Autumn 応募します 2134字

 私にとって、亡くなったおじいちゃんはアートだったと思う。

 おじいちゃんは桶屋だった。仕事ぶりを見た訳では無い。たまに父の車に乗せられて、おじいちゃん、おばあちゃんの家に遊びに行くと、おじいちゃんはあぐらをかいて座っていた事だけ記憶に残っている。

 一つだけエピソードがあって、団地住まいをしていた私たち家族の所へ、おじいちゃんはやって来て、台所の隣にある部分を自前の板で補強してくれたことがあった。
 その板は見てくれはあまり良くなかったため、母は、ありがたく思いつつも不満を持っていたように記憶している。小さな子供だった私は、その打ち付けられた板を見て、想っては、心温かい気持ちになるのだった。

 おじいちゃんの気持ちが込められているように感じたのだった。私のアートの原点と思う。形だけに囚われない、気の通う物。私の想像力は、この頃より働かせるようになったかも知れない。

 おじいちゃんの話はそれくらい。今だから、こうして文章に出来る私だけど、およそ30代に入るくらいまでは、全くと言っていいほど、自分の気持ちを文章化することは出来なかった。もっとも、書く機会はたくさんあった事とは思うけれども、それは事務的だったり、体裁を取り繕うための、ある種偽善的な処し方でしか無かった。

 自分の中に優しさがあるとすれば、『書けない優しさ』、『書かない優しさ』が、若い頃はあったような気がする。先にも書いたように、それは自分を守るための偽りの言葉、書き物であったかもしれないけれども、自分に対してにせよ、他人に対してにせよ、私は『表現出来ない』人間であったのだ。

 何もかも塞ぎ込んでいた私であったけれども、人生よしんば長く生きてみるものとも思っている。今、こうして書くことの幸せを味わいつつ、その時間を愛おしむのだった。

 当たり障りの無い文章を書くのも、ある種の優しさと思ったりする。書きたくない事は書かず、書きたい事を自然に書ければ、それでも読みに来てくださる方のいらっしゃるかも知れない。ずっと書けなかった分、私は何かと毎日書いている。

 おじいちゃんとは、会話をした記憶が無い。幼子だった私は、多少はしゃべったことだろう。今に残るおじいちゃんへの印象は、ガリガリにやせ細った体のあぐらをかいた姿の背筋が一本真っ直ぐに伸びた柱のようなものである。それは、貧しさに耐える姿勢だったと思うし、おばあちゃんへの気持ちの、ほんの表れだったかも知れない。とても不器用だったと今に思うし、生前の父からの話では、おばあちゃんから、亡くなったおじいちゃんに対する愚痴を父はよく聞かされた、とも伝え聞いている。

 ともあれ、孫としての私はおじいちゃんの事を好いている。およそ手仕事をする人として。自分の腕、手、指でもって、物を作り、ときに補強しては物を使い続ける。そんな精神を受け継いでいると思いたい。

 亡き父も、そんなおじいちゃんの精神を受け継いで、か、物を直したり、工作をするのが得意だった。私はそういう仕事には向いてないように生まれ育った。実際に物を作るより、その作られた物を使って何かを表現することに興味を持ち、アートな人生をしている。例えばそれは、音楽を作るであったり、絵を描くであったり、俳句、短歌、書など。物を使うのが好きだった。

 文章も然り。仮に、書きたいのに書けない人がいらっしゃるならば、私はこんなエールを送ってみたい。例えば今思い付くこととして。自分の右手のひらを5秒間見つめてみる、とか。私なりのちょっとしたひらめきでしかないけれど。それに、書く楽しみを味わう季節も、人それぞれ時期があって、私の場合は30歳を過ぎてからだけど、何とか生きて居れば、いつか書くタイミング、機会というものが訪れるかもしれません。応援しております。

 アート、エール、について書いてきました。最後に秋について、散文詩を書いて終えたいと思います。題は『秋風』で書いてみようと思います。

『 秋風 』         詩  つる

通り一遍の道のりに
ドラマティックに秋の落ち葉が舞う
自然が教えてくれる
目の前に見える物を見落としがちだよと
せわしい日常を送るからこそ
立ち止まる瞬間もあるのだろう
そんな時に見つける物は
大抵小さなことであったり
些末な出来事であったりする
秋風をふと感じたとき
ああ 鼓膜はあったのだと
気付くのだった

物思いに耽る室内
公園の広い場所で受ける秋風
そろそろと体も心も
何をか それは秋かもしれない
少しずつ実は感じ始めていて
それと見つけたときに
私の中で詩が流れたのだった

戻りたくない過去も
もう戻れない過去も
忘れた過去もみな
今吹いている秋風の匂いが
香り付けしてくれた

立ち止まった私に
秋はどのように語り掛けてくれるだろう
いつまでも
ここに居たい気持ち
私の詩はここで終わる

さようなら私
今日にさようなら
明日を友だちにして
そろそろ眠るよ

横になれたら
目をつぶって
また何かが見つかるかも

未来へこんにちはを言うための
おやすみなさい

☆彡

あとがき

 灯火杯にお世話になります。つる です。
 ルール通り、以下に記事の貼り付けとタグを表記します。

#灯火杯4th

 以上、どうぞよろしくお願い申し上げます。感謝と共に。

つる 拝

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