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上場企業の「あれっ?」を読む技術 ⑪

個別案件の奥にある構造問題を読む――八十二銀行・長野銀行から見る地域金融再編



元証券マンが日常に潜む「あれっ?」を深掘りする、つるいちプーです。

本連載では、上場企業のIRや資本政策の中にある「あれっ?」を手がかりに、会社の本音、ガバナンス、投資家への説明責任を読み解いてきました。

第1回では、IRの一行に覚えた「あれっ?」が、会社の本音やガバナンスを読む入口になると書きました。

第2回では、フクダ電子の事例を通じて、IRは本文だけでなく、「日付」と「順番」で読むことが大切だと整理しました。

第3回では、売れるネット広告社グループの事例を通じて、IRは“出したこと”ではなく、“投資家が判断できる説明になっているか”を見るべきだと書きました。

第4回では、きんでんの自己株式TOBを取り上げ、自己株式取得は単なる株主還元ではなく、大株主の出口と資本関係の再設計を映す鏡でもあると整理しました。

第5回では、川崎汽船とエフィッシモの事例を通じて、大株主の出口を会社が自己株式取得で受け止めるとき、そこには株主還元だけではなく、株主構成を再設計する意味もあると書きました。

第6回では、オリコンMBOを取り上げ、MBOで見るべきは価格だけではなく、誰が退出し、誰が残り、会社の未来を誰が握るのかであると整理しました。

第7回では、Bitcoin JapanのMSワラントを取り上げ、資本政策は希薄化だけでは読めず、希薄化によって会社が何を守り、何を得て、その後に何を実現するのかを見るべきだと書きました。

第8回では、ジャパネットHDによるツインバードへの買収提案を取り上げ、買収提案は対象会社の取締役会だけでなく、株主や市場にも見せる時代になっているのではないか、と考えました。

第9回では、アカツキによるサニーサイドアップグループへのTOBを取り上げ、TOBは現金退出だけではなく、誰を退出させ、誰を残し、どの株式に乗り換えさせるのかを設計する入口にもなると整理しました。

番外編では、HODL1の掲示板投稿問題を取り上げ、市場の言説は会社を監視する力にもなれば、市場を歪める力にもなるため、投稿者にも会社にも根拠と説明の丁寧さが求められると書きました。

第10回では、PayPayによるT&Dフィナンシャル生命の買収を取り上げ、M&Aは買った会社を見るだけでは足りず、買い手が何を“足りないパーツ”として取りに行ったのかを見るべきだと整理しました。

今回は、本連載の最終回として、少し視野を広げたいと思います。

取り上げるのは、八十二銀行と長野銀行の経営統合、そしてその後の八十二長野銀行への合併です。

八十二銀行と長野銀行は、2023年5月29日に金融機能強化法に基づく実施計画の認定を受け、2023年6月1日に八十二銀行を完全親会社、長野銀行を完全子会社とする株式交換で経営統合しました。

なお、八十二銀行は2023年6月1日付で「株式会社長野銀行との経営統合について」を公表しており、同資料では、経営統合の概要、経営統合シナジー、店舗網の最適化、共創プロジェクトなどが整理されています。https://bank.82group.jp/file.jsp?id=release%2F2023%2Fpdf%2Fnews20230601a.pdf

テーマは、個別案件の奥にある構造問題を読む、です。

一見すると、これは長野県における地方銀行同士の経営統合案件です。

八十二銀行と長野銀行が経営統合し、その後合併して、八十二長野銀行として新たにスタートする。

地域金融機関として経営基盤を強化する。

そういう話として読めます。

もちろん、それは間違いではありません。

しかし、実施計画や金融庁の公表資料を読むと、この案件は単なる「長野県の地銀再編」ではないように見えます。

むしろ、地方銀行が全国的に直面している構造問題が、長野県という地域で具体的に表面化した事例と見るべきではないでしょうか。

人口減少。
生産年齢人口の減少。
事業所数・企業数の減少。
貸出利回りの低下。
店舗網、システム、人員などの固定費負担。
人材不足。
マネロン対策、サイバーセキュリティ、金融経済教育、デジタル対応など、非競争分野への投資負担。

地域金融機関は、これらの課題を同時に抱えています。

つまり、今回の「あれっ?」は、こうです。

地銀再編は、経営統合だけで終わる話なのか

この問いを持つことで、八十二銀行と長野銀行の統合は、単なる個別案件ではなく、地域金融の将来を考えるための重要な補助線になります。

1. 今回の「あれっ?」

今回の「あれっ?」は、次の一点です。

経営統合は、目的ではなく手段ではないか。

八十二銀行と長野銀行の経営統合は、表面的には地方銀行同士の再編です。

同じ長野県を主な営業基盤とする銀行が一体となり、経営基盤を強化する。
店舗やシステム、人員、ノウハウを統合し、効率化を進める。
営業力を強化し、地域の顧客によりよいサービスを提供する。

この説明は、非常に分かりやすいものです。

しかし、ここで立ち止まる必要があります。

経営統合そのものが目的なのか。

それとも、人口減少や収益力低下の中で、地域に基盤的金融サービスを持続的に提供するための手段なのか。

私は、後者だと思います。

地方銀行に求められているのは、ただ合併することではありません。

地域において、預金、融資、決済、送金、事業承継、M&A、経営支援、資産形成、地域産業支援といった金融機能を、将来にわたって持続的に提供することです。

そのために、経営統合が必要になることがある。

店舗再編が必要になることがある。
システム統合が必要になることがある。
人員再配置が必要になることがある。
コンサルティング機能の強化が必要になることがある。

つまり、経営統合はあくまで手段です。

目的は、地域金融の持続可能性です。

この点を取り違えると、地銀再編を「どことどこが合併するか」というニュースとしてしか見られなくなります。

しかし、本当に見るべきなのは、その奥にある地域経済の構造変化です。

2. 長野県だけの問題ではない

八十二銀行と長野銀行の統合は、長野県の案件です。

しかし、この問題は長野県だけに限られるものではありません。

地方では、人口減少が進んでいます。
生産年齢人口も減少しています。
企業数も減少しています。
地域の中小企業経営者の高齢化も進んでいます。
事業承継の課題も深刻です。

このような環境では、地方銀行の顧客基盤そのものが縮小していきます。

貸出先となる企業が減る。
預金者となる住民が減る。
決済利用者が減る。
相談先となる個人や事業者が減る。
地域経済の総量が縮小すれば、金融機関の収益機会も減っていきます。

しかも、地方銀行には固定費があります。

店舗網。
ATM。
システム。
人員。
本部機能。
コンプライアンス体制。
リスク管理体制。

これらは、顧客が減ったからといって、すぐに小さくできるものではありません。

銀行は公共性の高い業態です。

地域の決済インフラでもあります。

不採算だからといって、簡単に撤退できるわけではありません。

一方で、長期の低金利環境により、貸出利回りは低下してきました。

貸出残高を増やしても、利ざやが縮小すれば、収益力はなかなか高まりません。

つまり、地方銀行は、顧客基盤が縮小する中で、固定費を抱えながら、利ざやの薄いビジネスを続けなければならない構造にあります。

これが、地域金融機関に共通する構造問題です。

八十二銀行と長野銀行の統合は、この構造問題が長野県で具体的な形になった事例だと見ることができます。

3. 「人口減少×企業数減少×利ざや低下×固定費負担」

地域金融機関が抱える問題を一言で整理すると、私は次の式になると思います。

人口減少 × 企業数減少 × 利ざや低下 × 固定費負担

この四つが同時に進むことが、地域金融機関の収益力を圧迫します。

(1) 人口減少
人口が減れば、個人預金、住宅ローン、個人向け金融商品、決済利用、相続・資産承継ニーズなど、さまざまな金融取引の基盤が縮小します。

(2) 企業数減少
企業数が減れば、事業性融資、決済、為替、経営支援、事業承継、M&A、設備投資資金などの取引機会が減ります。

(3) 利ざや低下
長期の低金利環境の下で、貸出金利回りは低下してきました。
貸出残高を増やしても、利回り低下を補い切れなければ、収益は伸びません。

(4) 固定費負担
店舗、人員、システム、本部機能、規制対応、リスク管理、サイバーセキュリティ、AML/CFT対応など、銀行として維持しなければならないコストは大きい。

これらが同時に進むと、従来型の銀行ビジネスだけでは、地域金融サービスを持続的に提供することが難しくなります。

ここに、経営統合の必要性があります。

単に大きくなるための統合ではない。
生き残るためだけの統合でもない。
地域に必要な金融機能を維持するための統合です。

この視点が重要だと思います。

4. なぜ「基盤的金融サービス」がキーワードになるのか

八十二銀行と長野銀行の経営統合では、「基盤的金融サービス」という言葉が重要なキーワードになっています。

基盤的金融サービスとは、地域の個人や中小企業が日常的に必要とする金融機能です。

預金。
貸出。
決済。
送金。
為替。
融資相談。
事業資金。

こうしたサービスが地域から失われると、企業活動や生活に大きな支障が出ます。

都市部では、複数の銀行、ネット銀行、証券会社、フィンテックサービスが選択肢になります。

しかし、地方では、地域銀行が担っている機能が非常に大きい。

特に中小企業にとって、地域金融機関は単なる資金提供者ではありません。

経営者の相談相手です。
資金繰りの支えです。
事業承継の相談窓口です。
地域内外のネットワークへの入口です。

だからこそ、地域金融機関の収益性だけを見て「不採算なら縮小すればよい」とは簡単に言えません。

もちろん、金融機関として利益を上げることは必要です。
資本効率も重要です。
株主への説明責任もあります。

しかし、地域金融機関には、地域の金融インフラとしての役割もあります。

この二つをどう両立するか。

ここに、地銀再編の難しさがあります。

5. 経営統合で何を変えるのか

経営統合の目的が、単に二つの銀行を一つにすることではないとすれば、何を変える必要があるのでしょうか。

(1) 店舗網
同じ地域に複数の店舗を持つ銀行が統合すれば、店舗の重複が生じます。
そのまま維持すれば、固定費負担は残ります。
一方で、店舗を統合・再配置すれば、コスト削減につながります。
ただし、店舗削減は簡単ではありません。
地域の高齢者や中小企業にとって、銀行店舗は重要な金融インフラです。
効率化だけを優先すれば、地域の利便性を損なう可能性があります。
したがって、店舗網再編は、単なるコスト削減ではなく、地域の金融アクセスをどう維持するかという問題でもあります。

(2) システム
銀行システムは重い。
統合には時間も費用もかかります。
しかし、複数のシステムを並行して維持し続ければ、コストは下がりません。
経営統合の効果を出すには、最終的にシステム統合や業務プロセス統一が重要になります。

(3) 人員配置
経営統合により、重複する本部機能や店舗業務を効率化できれば、人員を成長分野へ振り向けることができます。
たとえば、事業承継、M&A、経営改善支援、販路開拓、デジタル化支援、GX支援、人材紹介、資産運用相談などです。
地方銀行が今後生き残るには、単に預金を集めて貸すだけでは足りません。
地域企業の課題を解決するコンサルティング機能が必要になります。
そのためには、人材を確保し、育て、再配置する必要があります。
経営統合は、そのための余力を作る手段です。

6. 「競争から共創へ」という意味

八十二銀行と長野銀行の経営統合資料では、「競争から共創へ」という言葉が使われています。

この言葉は、なかなか象徴的です。

通常、同じ地域にある銀行同士は競争相手です。

預金を取り合う。
貸出先を取り合う。
住宅ローンを取り合う。
法人取引を取り合う。
金融商品販売を取り合う。

競争があることで、顧客にとって金利やサービスが改善する面もあります。

一方で、人口や企業数が減少する地域で、同じような店舗網、同じような人員、同じようなシステムを別々に持ち、限られた顧客を奪い合う構造が、本当に持続可能なのかという問題があります。

地域全体の金融サービスを維持するためには、競争から共創へ転換する必要がある。

これが、今回の経営統合の背景にある考え方だと思います。

ただし、ここにも注意が必要です。

競争が減ることには、利用者にとって不利益が生じる可能性もあります。

金利条件が悪くなるのではないか。
手数料が上がるのではないか。
借入条件が厳しくなるのではないか。
店舗が減って不便になるのではないか。
特定の金融機関への依存度が高まるのではないか。

こうした懸念は当然あります。

だからこそ、経営統合には、利用者への不当な不利益を防止するためのモニタリングや体制整備が必要になります。

「競争から共創へ」は美しい言葉です。

しかし、それが地域利用者にとって本当にプラスになるかどうかは、統合後の運営にかかっています。

7. 経営統合はゴールではなくスタートである

地銀再編を見るとき、経営統合や合併がゴールのように見えることがあります。

しかし、実際には、経営統合はスタートです。

統合しただけでは、収益力は自動的に改善しません。
店舗を統合しただけでは、地域企業の成長は実現しません。
システムを一本化しただけでは、顧客体験はよくなりません。

本当に重要なのは、統合後に何を変えるかです。

店舗網をどう再編するのか。
人員をどこへ振り向けるのか。
コンサルティング機能をどう強化するのか。
デジタルチャネルをどう活用するのか。
地域企業の事業承継やM&Aにどう関与するのか。
地域外の企業や資金をどう呼び込むのか。
地域の個人に対して、資産形成やライフプラン支援をどう提供するのか。

これらが実現して初めて、経営統合は意味を持ちます。

八十二銀行と長野銀行の統合でも、基盤的金融サービスの提供だけでなく、総合金融サービス、コンサル機能、事業承継・M&A、DX・GX支援、地域商社的な機能などが示されています。

これは、地方銀行が単なる預貸ビジネスから、地域課題解決型の金融グループへ変わろうとしていることを意味します。

地銀再編の本質は、銀行同士が一緒になることではありません。

地域金融機関の役割そのものを変えることです。

8. 地銀に求められるのは「金融+非金融」

これからの地域金融機関に求められるのは、金融だけではないと思います。

もちろん、預金、融資、決済という基盤的金融サービスは重要です。

それは地域経済の血流のようなものです。

しかし、地域企業が抱える課題は、資金だけではありません。

後継者がいない。
人材が足りない。
販路がない。
海外展開が分からない。
デジタル化が進まない。
脱炭素対応が必要だが、何から始めればよいか分からない。
事業承継やM&Aを考えたいが、相談相手がいない。

こうした課題に対して、地域金融機関がどこまで関われるかが問われています。

地方銀行は、地域企業の財務情報、経営者情報、取引情報、地域ネットワークを持っています。

これは大きな資産です。

その資産を、単なる融資審査に使うだけではもったいない。

経営支援、M&A、事業承継、販路開拓、人材紹介、デジタル支援、GX支援、資産形成支援に活かすことで、銀行の役割は広がります。

八十二銀行と長野銀行の統合も、この方向にあるように見えます。

統合によって効率化し、その余力を地域企業支援や新しいサービスに振り向ける。

これができるかどうかが、統合の成否を分けると思います。

9. 金融機能強化法の意味

今回の八十二銀行・長野銀行の実施計画は、金融機能強化法に基づいて認定されています。

金融庁は2023年5月29日、八十二銀行と長野銀行が提出した実施計画を、金融機能強化法に基づき認定したと公表しています。
https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20230529/20230529-1.html

ここも重要です。

金融機能強化法というと、金融危機対応や公的資金というイメージを持つ方もいるかもしれません。

しかし、今回のような地域金融機関の経営基盤強化においては、地域における金融仲介機能を維持・強化するための枠組みとして機能しています。

つまり、これは個別銀行だけの問題ではありません。

地域に必要な金融サービスをどう維持するかという政策課題です。

人口減少が進む中で、地方銀行が単独で十分な収益力を維持できなくなる。

それでも、地域には金融サービスが必要です。
中小企業には資金繰り支援が必要です。
個人には預金・決済・住宅ローン・資産形成が必要です。
地域には事業承継や創業支援も必要です。

このような基盤的金融サービスを維持するために、経営統合や合併、店舗網再編、システム統合、人員再配置を進める。

その計画が認定され、履行状況が確認されていく。

ここに、金融機能強化法の政策的な意味があります。

地銀再編は、単なる民間企業同士のM&Aではありません。

地域金融インフラの再設計でもあります。

この視点が必要だと思います。

10. 利用者にとっての論点

地域金融機関の再編では、利用者の視点も欠かせません。

銀行側から見れば、店舗統合やシステム統合は効率化です。

しかし、利用者から見れば、店舗が遠くなる、手続きが変わる、通帳やカードの扱いが変わる、担当者が変わるという問題が生じます。

特に高齢者や中小企業にとって、地域の銀行店舗や担当者は重要です。

すべてをデジタル化すればよい、という話ではありません。

地方では、対面での相談機能もまだ大きな意味を持ちます。

したがって、経営統合では、効率化と利便性維持のバランスが問われます。

店舗を減らすなら、代替手段はあるのか。
ATM網は維持されるのか。
高齢者へのサポートは十分か。
中小企業の融資相談に支障はないか。
競争が減ることで、金利や手数料が利用者に不利にならないか。
統合により審査方針が変わり、特定の顧客が不利益を受けないか。

これらは、地域金融機関の再編を見るうえで非常に大切です。

地銀再編は、銀行のためだけに行われるものではありません。

地域の利用者にとって、金融サービスが持続し、よりよくなるために行われるべきものです。

経営統合後のモニタリングが重要なのは、このためです。

11. 他県でも同じ問題は起きる

八十二銀行と長野銀行の事例は、長野県だけの特殊な話ではありません。

むしろ、今後、他県でも似たような問題が表面化する可能性があります。

人口減少が進む地域。
企業数が減っている地域。
地銀、第二地銀、信用金庫、信用組合が複数存在する地域。
店舗網が重複している地域。
貸出利回りが低い地域。
事業承継ニーズが高い地域。

こうした地域では、地域金融機関の経営基盤強化が避けられない課題になります。

ただし、すべてが合併になるとは限りません。

経営統合。
持株会社方式。
業務提携。
システム共同化。
店舗共同利用。
ATM共同化。
バックオフィス共同化。
事業承継・M&A支援の共同化。
地域商社やファンドの共同運営。

さまざまな形が考えられます。

重要なのは、形ではありません。

地域に必要な金融機能を持続的に提供できるかどうかです。

地銀再編を「どことどこが合併するか」という目で見ると、構造問題を見落とします。

本当に見るべきなのは、地域金融機関が、人口減少時代にどのように機能を再設計するかです。

12. 上場企業としての見方

八十二銀行のような上場地方銀行を見る場合、投資家目線では収益性、資本効率、株主還元、PBR、ROEなどが気になります。
低PBRの地方銀行は少なくありません。
政策保有株式の縮減や株主還元強化が注目されることもあります。
しかし、地域金融機関を単なる上場会社として見るだけでは不十分です。

地方銀行は、地域金融インフラでもあります。
利益を上げることは必要です。
資本効率を高めることも必要です。
株主に対する説明責任も当然あります。
しかし同時に、地域の金融機能を維持する責任もあります。

ここが普通の事業会社と少し違うところです。

地域金融機関は、株主価値と地域価値をどう両立するかが問われます。

店舗を減らせばコストは下がるかもしれません。
しかし、地域の利便性が低下するかもしれません。

人員を削減すれば利益は改善するかもしれません。
しかし、地域企業への伴走支援が弱くなるかもしれません。

貸出採算を重視すれば収益性は上がるかもしれません。
しかし、中小企業への資金供給が細るかもしれません。

このバランスをどう取るか。

ここに、地域金融機関の難しさがあります。

投資家は、財務指標だけでなく、地域金融機能の持続可能性も見る必要があると思います。

13. この連載の締めとして

この連載では、個別企業のIRや資本政策を手がかりに、「あれっ?」を言語化してきました。

フクダ電子では、会社の本音は日付と順番に表れることを見ました。

売れるネット広告社グループでは、IRは出したことより説明できているかが重要だと考えました。

きんでんと川崎汽船では、自己株式取得の奥にある大株主の出口と資本関係の再設計を読みました。

オリコンMBOでは、MBOは価格だけでなく、誰が退出し、誰が残るのかを見るべきだと整理しました。

Bitcoin Japanでは、資本政策は希薄化だけでは読めず、会社が何を守ろうとしたのかを見る必要があると考えました。

ジャパネットHDとツインバードでは、買収提案は誰に向けて公表されるのかを考えました。

アカツキとサニーサイドアップグループでは、TOBは現金退出だけではなく、誰を残すかを設計する入口にもなると見ました。

HODL1では、市場の言説と会社の反論の関係を考えました。

PayPayでは、M&Aは買った会社ではなく、買い手が何を足りないパーツとして取りに行ったのかを見るべきだと書きました。

そして今回の八十二銀行・長野銀行では、個別案件の奥にある構造問題を見ることの重要性を取り上げました。

IRや開示資料を読むとき、どうしても目の前の案件に注目しがちです。

誰が辞任したのか。
売上はいくらか。
自己株式取得はいくらか。
TOB価格はいくらか。
希薄化率はいくらか。
どの会社を買ったのか。
どの銀行が合併したのか。

もちろん、それらは重要です。

しかし、もう一段奥を見ると、別の問いが出てきます。

なぜ、この日付なのか。
なぜ、この説明なのか。
なぜ、この自己株式取得なのか。
なぜ、このMBOなのか。
なぜ、この資本政策なのか。
なぜ、この買収提案なのか。
なぜ、このM&Aなのか。
なぜ、この再編が必要なのか。

その問いを持つことで、個別案件は、会社の意思決定や社会の構造を読む入口になります。

14. 今回の一行まとめ

八十二銀行と長野銀行の経営統合、そして八十二長野銀行への合併は、長野県における地方銀行同士の再編です。

しかし、それだけで終わる案件ではありません。

その奥には、人口減少、生産年齢人口の減少、事業所数・企業数の減少、貸出利回りの低下、店舗網・システム・人員などの固定費負担、人材不足、非競争分野への投資負担という、地域金融機関に共通する構造問題があります。

経営統合は、その問題に対応するための手段です。

目的は、地域における基盤的金融サービスを持続的に提供することです。

だからこそ、地銀再編を見るときは、どことどこが一緒になるかだけではなく、その地域でどの金融機能を残し、どの機能を強化し、どの負担を減らし、どの人材をどこへ振り向けるのかを見る必要があります。

今回の一行まとめは、こうです。

個別案件の奥には、会社だけでは解けない構造問題がある。IRを読むとは、その構造問題の輪郭を見に行くことでもある。

八十二銀行と長野銀行の事例は、地銀再編を単なる合併ニュースとしてではなく、人口減少時代の地域金融インフラをどう維持するかという大きな問いとして読むことの大切さを教えてくれる案件だったように思います。

本連載で取り上げてきた「あれっ?」は、会社を疑うためだけのものではありません。

会社の説明をもう一段深く読むための入口です。
IRの一行から、会社の本音とガバナンスを読む。
そして、その奥にある構造問題まで考えてみる。

これからも、そんな視点で上場企業の開示を読み続けていきたいと思います。
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
発行者HP http://tsuruichi.blog.fc2.com/
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