新刊&文フリ東京40のお知らせ
自分が明日、急に倒れるとしたら。
あるいは自分の大切な人が、突然動けなくなったとしたら。
そんな状況に陥った家族の、100%ノンフィクションの日記本をお届けします。
ご存知の方はご存知のとおり、昨年12月に母が倒れた私の実家が舞台です。
病名はギラン・バレー症候群。10万人に1〜2人がかかるという珍しい病気です。母はある朝いきなり四肢が動かなくなり、意識ははっきりしているのにしゃべることもままならず、救急搬送されました。
その後いろんな幸運が重なって2月上旬に退院し、いまは自宅で静養しつつ地域の会議などに復帰し始めているところではありますが、倒れてからそこに至るまでの日々はマジで本当にべらぼうにえげつなく大変で、何らかの手段でもとを取らなきゃ割に合わないよなぁ……と思って、新刊を作ってみた次第です。意地でもただでは起きない娘で、なんかごめんねお母さん。
新刊『超人の倒れた家で』について
タイトルは『超人の倒れた家で ギラン・バレー症候群で母親が救急搬送された我が家の52日間の日記』。
母親が倒れた2024年12月21日から、退院後の2025年2月10日までに記した私の日記を中心に、書き下ろしとして各章末に母視点のエピソードを入れ、巻末に実家暮らしで母を支えた弟と、LINEでさまざまな気配りをしてくれた叔母(母の妹)へのインタビューを加えた本です。
家事全般を担っていた母親が倒れた家はどうなるのか、そこに知的障害のある自閉症の弟の面倒を見ることが加わるとどうなるのか、そんな家族の激動の数か月を綴りまくりました。
母は病院にいさえすれば安心だと思っていたので、私のパートは緊迫感はそれほどなく、ほぼ父の悪口(マジでじじい、略してMJだった)。
対する母の書き下ろしは、かなりヘビーです。看護師さんに背筋が冷えた体験や、知的障害のある自閉症の長男(私の弟)が病気になることを想像したりと、当事者だからこそ書ける話がぎゅぎゅっと加わりました。
当初は私が聞き書きする予定だったのですが、最終的には母が自身の言葉で書いてくれることに。やっぱり当事者の言葉は重みが違う。10万人に一人の体験記として、広く読んでいただきたいパートになりました。
しかもなんと!今回表紙のイラストも母なんです。真犯人を表紙に載せていくスタイル。いいですね。
初売りは5月11日(日)の文学フリマ東京40にて、ネット通販は本日から予約受付中。
168ページ、800円で販売します!
こんな方にお手に取ってもらえたらいいな〜と思ってます。
◉ギラン・バレー症候群の体験記を読みたい方
◉自分不在の家が想像できない方
◉一人の家族に家事や育児が偏っている心当たりがある方
◉家族や自分の非常時に備えたい方
しずかなインターネットで見守ってくださっていたみなさま、本当にありがとうございました。私の日記パートはさておき、書き下ろしにお役立ち情報をこれでもかと込めたつもりです。
みなさま、鶏にお気をつけて。
しずかなインターネットは読んでいらっしゃらないみなさま、どうかそのまま読まずに、新鮮な気持ちで本を買ってくださいお願いします。
どうか、鶏にお気をつけて。
文学フリマ東京40について
5月11日(日)の文学フリマ東京40では、つるるとき子書店として今回もとき子さんと二人で出店します。
とき子さんは2024年の創作大賞で中間選考を突破した小説『メリー・モナークin大原田』を刊行。フラダンスへのほとばしる愛情と、家族の絆がしみじみと染みる作品です。
まったくの偶然なんですけど、今回の私たちの新刊、「青が基調の表紙」「母の闘病」「試される家族」って、わりと共通点多くないですか?と、うふうふ盛り上がっています。
今回のブースは、【す-72】(「酢ナッツ」とさっそく語呂担当K氏から連絡がありました)。
日時:2025年5月11日(日)12:00〜17:00
入場料:1000円
会場:東京ビッグサイト 南1-4ホール
ブース場所:南3・4ホール【す-72】
Webカタログ:つるるとき子書店

既刊情報はこちらにまとめています。
我々つるときにとっては、初めてのビッグサイト。
今回はどなたにお会いできるのか、どきどきしながら準備しています。
お会いできるみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
最後に、試し読みとして、登場人物と日記の序盤を公開します。
試し読み
この日記の主な登場人物
母 超人。六十歳とは思えない気力と体力であらゆる活動に精力的に取り組む。日々の家事や自閉症のうまおの世話に加え、障がい福祉関連、地域の相談員、ピアノ演奏、電車で二時間以上かけて祖父のもとへ月イチで通う等、私が把握しきれないほどの活動拠点を持つ。
父 頑固。いまなお、かたくなに携帯を持つことを拒否する。鍋を火にかけたまま席を外したり、電子レンジに弁当を入れっぱなしにしたりする。MJ(マジでじじい)。
つる・るるる この日記の綴り手。長女、一九九四年生まれ。夫と東京で二人暮らし。二度の転職を経て、二〇二四年四月から図書館勤務。
うまお 長男、つるの二つ年下。重度の知的障がいをもつ自閉症。リズムを感じると、それが木魚であろうが地震速報であろうが左右に揺れ踊る。
ミゲル 次男、つるの四つ年下。肌が白く天然の茶髪だったため幼少期にミゲルと呼ばれていた。生粋の日本人。
12月21日。土曜日。仕事。
昼休み、弁当を食べようと引き出しを開けた途端にスマホが震えだした。四つ下の弟の、ミゲルからの電話だった。
「身体に力が入らないからと母が病院に行った。検査の結果、大ごとではないようだけど、もし帰れたら今日実家に帰ってくれたら心強い」
そう聞いても、正直母のことはあまり心配できなかった。母は超人なのだ。「最近二時寝なの~」と言いながら毎日精力的に動き回っている。過労か何かで倒れたのなら、これを機にしっかり休めばいいじゃない。
不安なのはミゲルだろう。家事や知的障がいのある自閉症のうまおの面倒を一手に引き受けていた母が倒れたのだ。仕事が終わり次第準備して実家に向かうと伝えたら、ミゲルの声のトーンが軽くなる。
実家に帰ると、和室に母が横になっていた。ミゲルいわく、母は朝起きたら手足に力が入らず、這ってトイレに行ったそうだ。脳の病気だったら危険だし、立って歩くこともできないので、ミゲルは救急車を呼び病院に付き添った。ところが内科の検査では原因はわからず、「精神的な病気では」と帰されてしまった。今後の処置としては精神科の処方箋が家に届き次第薬を買い、それを飲ませて様子を見るという状態らしい。
母に声をかけると、手を布団から出してほしいと言われた。本当に動かせないんだ。その後も身体の向きを変えてほしい、足を曲げたい、手を胸の前で組ませてほしい、手を布団のなかに入れてほしい、水が飲みたいと、時折母に頼まれる。明日友だちと某駅で会う予定があるから母が出席する予定だった会議の事務用品を届けようかと申し出たら、母の目がパッと輝いた。
「このグループLINEにいまから言うことを送ってほしい」
要望に応えて「つるの娘です。明日ちょうどその駅に行くので、会議前に事務用品を届けに伺いますね」という文章を作って、読み上げる。「用事のついでに行くのだ」というニュアンスをもっと出せと言われて、「別に、わざわざ行くわけじゃありませんからお気遣いなく」的なツンデレ風の念押しをする。その後も母のLINEから、関係者に母の現状と活動休止を連絡。
会議のメンバーからの返信がある。
「しばらく参加できないようなら可能な限り引き継ぎたいから、これもお願いできますか?」と持ってきてほしいものが追加される。母に場所を聞いて探して見つけて、母の手や足の位置を変えて、五月雨式にまたほしいものを頼まれて、唸りながらまた母に聞いて探して、母の手の位置や身体の向きを変えて、寝た。
12月22日。日曜日。休日。
今日の会議にあれを持って行ってほしい、あそこにあるから、と母が言う。自分が動けないのに、どんだけ真面目なんだ。昨日はたまに聞き返す程度だったのに、明らかに呂律が回っていない。
母、ミゲル、私、母の妹の叔母、従姉の五人で構成されているグループLINEにその旨送ると、「救急車呼べ」と叔母が即決したので、二度目の救急搬送。救急隊員に運ばれる直前まで「◯◯さんに、あれを……」と会議のことを気にかけていた。ミゲルが再び同乗。
母とミゲルは病院。入院する方向で話が進んでいるとミゲルからのLINEを読み上げると、父は「入院には賛成だけど、奥さんの意見にもよる」と言った。そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないかな。とりあえず父ひとりいれば、自閉症の弟のうまおの世話は大丈夫だろう。私は予定どおり母から頼まれたものを某駅の福祉会館に届けに行き、友だちに会った。
母が気がかりなので、昼前に家に戻る。まだミゲルは帰っていない。私も病院に行こうかとミゲルにLINEすると、連絡が取りやすいようにみな家にいてほしいと返事がある。父にそう伝えると、「わかった」と言いながらもそもそと自分の車にこもった。
は? なんで? 家のなかにいないと、ミゲルから連絡があったときにすぐ動けないだろうが!と思ったものの、放置。幸いうまおは機嫌がよかった。お菓子やヨーグルトを冷蔵庫から出してきては、「食べてもいいですか?」と言いたげに首をかしげて笑う。
まだ病名は不明だけれど、どうも昨日とは様子が違うらしい。いまICU(集中治療室)におり命に別状はないが、念のために人工呼吸器を繋いだとミゲルから連絡がある。すぐに活動に戻れる雰囲気ではなさそうなので母の周囲の人たちに連絡を取るよう叔母に言われ、母のLINEをたどった。「そんなに大ごとにしなくても」と父が横から口を出してきたが、無視。大ごとにしすぎたら、あとで謝ればいいのだ。この一か月の間にやり取りをしていた人に「今朝母が救急搬送された。命に別状はないが活動はしばらく難しいかもしれない」と送る。母の許可なく交友関係に踏み込むのは胸が軋んだが、非常時なので許してほしい。
夕方、ミゲルが帰ってくる。しばらく入院になりそうだと必要なものリストをもらってきたので、薬局クリエイトに買いに行く。リップクリームやボディクリーム、口内洗浄液、歯ブラシ、歯磨き粉、紙おむつなど。すべてに名前を書くようにとのことなので、黙々と名前を書く。
新たな問題、明日からのうまお。うまおの職場は、家から通う人と施設内のグループホームから仕事に行く人がいる。うまおはいまは家から施設のバスで通っているが、ときどき宿泊させてもらうのだ。幸運なことに明日は母が祖父の家に行く日で、うまおの宿泊を入れていた。
叔母が事情を説明してうまおの宿泊日数を増やしてもらえないかというので、父にその旨伝えると、父はなぜうまおを泊めてもらう必要があるのか理解できず、うまおの仕事納めの日も、バス停まで送迎する時間も、何もわかっていないことが発覚した。いままで二十八年も一緒に暮らしていたのに、とことん母に任せきりだったのだろう。
それでも職場の学校では「息子も重い知的障がいがある俺は、障がい児教育のプロフェッショナルだぜ」と大きな顔をしている。父が家事育児にほとんどかかわらないくせに職場でその肩書(?)と長い経験年数を振りかざしているさまはあまり気分のいいものではなかったが、母がそれらを愚痴っていたとき、私は「それ超だるいね」と同調し、父の母である祖母や父の姉である伯母に告げ口して「今度父に会ったらぜひお灸を据えてやってくださいな」とそそのかすだけだった。あのとき私には直接的な害はないからと適当に受け流さずに「ちゃんとしてよ! 父親だろうが!」とブチギレていたら、いま彼はもう少しマシだったのだろうか。
父作のシチューがとぐろを巻いていて泣きそうになる。なんでこの人は鍋いっぱいに、意味のわからない料理を作るのだろう。父は昔から『美味しんぼ』や『味いちもんめ』を読んでは、週末に思いついたようにしょっぱくて脂っこいものを大量に作るのだ。ドヤ顔で。三回に一回くらいおいしいけれど、毎日食べたらたぶん何かしらの病気になる。
私が家にいるうちは私に作らせてほしいと事前に言っていたのだが、もてなしモードなのか手持ち無沙汰だったのか、おぞましいシチューがコンロに鎮座していた。冷凍食品をあたためようとレンジを開けたら、いつから入っていたのかわからないスーパーのビリヤニが入っていた。まだ六十代なのに、すでにボケているのかもしれない。
父にうまおの職場に連絡させ、うまおの出勤と宿泊に必要なものを尋ねさせる。事情を説明したら、もともとは一泊だった宿泊を二泊に増やしてもらえることになった! ありがたい。父のメモを見ながら、みなでうまおの宿泊用品をリュックに詰める。「朝用に一錠、夜にこの薬とこの薬で二種類。次の日の朝用に一錠、と」と、父は何度もうまおの薬を数えていた。
ミゲルが風呂から出たら家族会議をしようと父に言われたので、ミゲルが風呂から出たことを伝えにいくと、父はすでに布団に横たわって大音量でテレビを観ていた。「ああ、そんなこと言ったっけ? 今日はもういいよ」と言われる。は? まだ二十一時にもなってませんけど?
ミゲルと二人で明日の動きを打ち合わせしつつ、叔母たちとのグループLINEにいろいろ報告。父のことを愚痴りながら就寝。
(この調子で52日分続きます)
