父と月餅
昨夜月食を眺めていたら、約一か月前の夜を思い出した。
実家の猫が骨になってから、初めて帰省した晩のことである。
いつものように最寄り駅を降りてぼんやりと街灯が灯る大通りを歩き、待っていた父の車に乗り込んだ。
家近くの道を走っていたら、そうだ買い物に行こうと突然父が言い、近所のスーパーに車を停めた。
母が夕飯を作ってくれているから本当は特に必要なものはないのだけれど、値引きシールの貼られたお刺身や揚げ物をいくつかカゴに入れて、レジへと進む。
エコバッグに商品を詰めて出口へ向かおうとしたとき、ふいに父が小さく「あ」と声を上げた。
自動ドアの前に、月餅が並べられていたのである。
奇しくもその晩は、中秋の名月だった。
そのためお月見用に、月餅だけではなく、うさぎをかたどった饅頭や大福、団子など、さまざまな和菓子がお月見フェアとして集められていたらしい。
「ここにあったのか」
そう呟いた父はまさに「雷に打たれたような」という表現がぴったりの、大げさな驚きを顔に浮かべて立ちすくんでいた。
無意識のうちに月餅を探していたのだろう。いまだかつて見たことがないほど、月餅ほしさ丸出しの表情だった。
おそらく父自身も、自分がこれほど月餅相手に目を輝かせているとは思っていないに違いない。
「買いなよ」と勧めると、「いいよお、もうお会計しちゃったし」ともごもごと尻込みをする。
「私もうさぎのお饅頭食べたいからさ。みんなの分も買っていけばいい」
煮え切らない父に苛立ってやや強く言い切ると、やっと「それなら買おう」と父は五つ和菓子を選び、再びレジに向かった。
私と父は、ときどき共犯者になる。
昔から変わらないヤマザキの月餅を眺めながら、父を待った。
彼が月餅を好いていることは、子どものころから薄々知っていた。
鎌倉彫の調度品のように、月餅は父の部屋や車のなかにひっそりと置かれていたからだ。
父の誕生日にわざわざ中華街に行って有名店の月餅を買ったこともあったが、父は木の実や果物が入っている豪華で本格的な月餅はあまり好きではないらしく、せっかくさまざまな種類が入った月餅を買っていっても普通のこし餡をむしゃむしゃむさぼっていた。
父が月餅を食べているところはこれまで幾度となく見てきたが、彼が月餅を買っているところを見たのはその夜が初めてだったような気がする。
月餅に目を奪われていた父のために、結婚式の引き出物を月餅にしようかとふと思った。私と彼氏の結婚式が迫っていたのだ。
その前に父が招かれた式はおそらく私の従兄の式だけれど、彼はその数日前に勤め先の学校で木にかけた脚立から落ちて骨折し、出席がかなわなくなった。
自分の体力を過信していたらしく、「俺は落ちるつもりはなかった」(当たり前だ)「救急車なんて呼ばなくてもいいと言ったのに、別の先生が呼んだせいで大事になった」(人の厚意になんてこと言うのだ)とねちねち腹を立てていた。
そんな父を「自分が思っているほど身体は動かないものよ。結婚式前に落ちるなんて、なにやってんの」と母は一喝した。
そんなわけで従兄の結局式には、私と四つ下の弟の二人で行った。
式場では従兄の父である伯父が「実は今日来るはずだった私の弟は、脚立から落ちて骨を折りまして……」と親族同士の挨拶でおどけて紹介し、両家はどっと笑った。
大の大人が木から落ちるさまは、笑えないはずなのに妙におかしさを呼ぶらしかった。
そのせいで私と弟は何度も「お父さん、脚立から落ちたの?」とたくさんの親戚から半笑いで声を掛けられ、その度に「脚立から落ちた男の娘と息子」として振る舞った。
実家に着くと、ついいつもの癖で窓辺に猫の姿を探してしまう。
「ただいま」とドアを開けたら、「おかえりー」と母と四つ下の弟の声が返ってきた。
猫のだみ声が聞こえないかと一瞬耳を澄ませてから、靴を脱ぐ。
やわらかな毛皮もしなやかな肉体も失った猫は、小さな骨壷に納められ、玄関先に置かれていた。
骨壷に手を合わせて居間に入ると、感傷に浸る隙を与えず母と四つ下の弟が話しかけてくる。
母のピアノ発表会や四つ弟の職場、二つ下の弟のグループホームでの生活と猫が冷たくなっていた朝、90を過ぎた祖父の旺盛な食欲……。
不在にしていた時間が、みるみるうちに埋まっていく。
父は言葉少なに食事を終えると、すっと自室に戻っていった。
ちゃぶ台に置かれた猫の位牌に菓子を備える習慣ができていたこと以外はほとんど変わらない、いつも通りの実家の夜だった。
「やだ、こんなにお饅頭買ってきたの?」
台所から戻った母が、透明のビニールに入った和菓子に気づく。
袋からは、知らぬ間に月餅が抜き去られていた。
昔は弟二人と川の字に寝ていた子ども部屋に一人横たわると窓から満月が見えて、月餅に目を見開く父の衝撃が蘇る。
思わず噴き出すと、隣の部屋から父が咳き込むのが聞こえた。
次の日高校時代の友人二人と遊んで、帰りは来たときと同じように父の車で駅に送ってもらう。
そこで、猫がいなくなって以降ずっと気になっていたことを聞いた。
「また、動物を買うつもりはあるの?」
還暦を過ぎた父と16で旅立った猫の年齢を考えると、犬や猫を飼うならおそらく最後のチャンスだろう。
「もう生き物は飼わずに、奥さんと二人で旅行でも行こうかと思って」
予想外の返事に、今度は私が目を見開いてしまった。
出不精の父が、母と旅行に。
ハッとして父を見ると、その横顔は私が思っていたよりもはるかに白髪が増え、しわが深くなっていた。
月餅を愛する父は、脚立から落ちて親族から笑われた父は、長年ともに過ごした猫との別れを機に、猫のいない新たな人生を踏み出そうとしているらしい。
それ以来月を見上げると、父の少し寂しそうな老いた横顔が蘇るようになった。
そんな夜は妙に月餅に心を惹かれ、ついスーパーでカゴに入れてしまう。
あの精巧な文様もあのねっちりとした甘さも子どものころからまるで変わっていなくて、父だけがひとり年を取ったような錯覚に陥ってしまう。
でも大丈夫、年を取ったのはみんな一緒だ。

