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昔話体質


昔、付き合っていた人に「お前といると昔話みたいなことばかりが起きて、疲れる」と苦々しく言われたことがある。
 
私たちはごくごく普通に、大学構内で出会った。
大学一年生だった、ある秋の日のこと。
大学構内で一人で銀杏を拾っていた私を、手伝ってくれたのが当時大学四年生の彼だった。
そこから仲よくなって、家の前で売った銀杏の売り上げでチゲ鍋を食べて、付き合うことになった。
 
カフェでだべったり微塵も興味のない授業に潜ってみたり、釣り掘りのある居酒屋に行ったり上野動物園に行ったりと、けっこう楽しく過ごしていた、はずだった。

ところが突然、彼は冒頭のセリフを吐いた。
どういうことなのかと聞いたら、私の周りには「困った老婆」が多すぎると言う。
困った老婆?と聞き返すと、彼ははじめは淡々と、徐々に苛立ちあらわにこれまでのデートを振り返り始めた。

 
二人で街を歩いていたある日、私たちの横を通り過ぎたおばあさんの自転車の後ろカゴからグレープフルーツが転がり落ちた。
気がつかずにそのまま遠ざかっていくおばあさん。
私がそれを拾ったら、今度はもやしも落ちてきた。
慌ててそれも回収し、信号の前でようやく追いついた。
たいそう喜んだおばあさんは、私たちにりんごを一つくれたのだった。
翌日それを剝いて大学に持っていって、二人で食べた。
 
また別の日、私たちは大学付近の坂道を散歩していた。
マミーカーを押したおばあさんとすれ違ったら、その数秒後に「がしゃん」と音が響いた。
植木鉢の受け皿をマミーカーのタイヤに引っ掛けてしまったらしい。
振り返ると、横倒しになった小さな植木鉢にこぼれた土を戻そうとしゃがんで、坂道をゆるりと転がっていくマミーカーに慌てるおばあさんの姿があった。
急いで駆け寄って、いらないチラシをちりとり代わりに土を集めて鉢に戻した。
おばあさんは何度も深々とお辞儀をしてくれて、私たちにフルーツゼリーをくれた。
私たちは大学生協でハーゲンダッツのプラスチックスプーンを2つくすねて、空き教室で分け合って食べた。
 
またまた別の、ある春の日。私たちは植木に絡まっているおばあさんを救った。
公園のベンチでパンを食べていたら、横のベンチに座っていた彼女が「誰かそこにいるの?」と助けを求めてきたのだ。
彼女はベンチに仰向けに背をもたせかけており、ゆるく結わえた長い白髪が後ろの植木に絡まっていた。
植木から髪を外してほしいと頼まれて、私はそっと彼女の髪ゴムを外して慎重に髪の毛を枝から抜いた。
細い枝に髪が複雑に絡まっている箇所がいくつかあり、誤って髪をちぎってしまったところもあった。

川原泉さんの少女漫画『笑う大天使』にも同じようなシーンがあったなと苦笑しながら、なんとかやり遂げる。
彼女は「あぁよかった。肩こりがひどくて腕が上がらなくて」と喜んでくれた。
気持ちよく昼寝していたらいつの間にか頭が後ろに倒れて、植木の枝が絡まっていたという。
彼女が「これでアイスでも食べて」と500円をくれたので、私たちは近くのコンビニでパルムを買って三人で食べた。
 
「トラブル起きーの、救いーの、りんごとかゼリーとかアイスとかもらいーの、めでたしめでたしって、なんなんだよ!俺たち、デートしてんじゃないのかよ!」

嘆いている本人は真剣だったが、聞いている私は笑ってしまった。
 
私の家族はこんなものではないからだ。
道で転んだおじいさんをおぶって彼の家まで送り届けた母。
「私よりもずっと小柄なのに、すごく骨太なの!重かった〜」と大汗をかいていた。

山手線の中で数学を勉強していたら「あなたは日本の宝だわ」と知らないおばさんに大げさに称えられたという、四つ下の弟。
「家では布団から出なくていつも怒られてるけどさ。こう見えて私、国宝なんですよ」
そう得意げに笑っていた。

彼らの話を聞いていると私とおばあさんのエピソードなんて、とてもちっぽけなものに思えてくる。
我々つる一族は、見知らぬ誰かに絡まれ慣れている。そういう遺伝なのかもしれない。

それに、だ。
いつだって彼は、おばあさんを助ける私を見ているだけだった。
そんなあなたに、疲れるって言われてもなぁ。
そんな価値観の違いは、私たちをゆっくりと蝕んでいった。
その爆発からほどなくして、私たちは破局を迎えた。
 
とはいえ直接的な理由は、私の友だち付き合いだった。
彼氏が会いたいと連絡をしてくる時に限って、私には友だちとの先約があった。
「あぁ、この日は高校時代の友だちと遊ぶので」とデートを断ったら、「どうして俺よりも友だちを優先するの。俺は彼氏なのに」と言われた。
人間の身体は一つしかない。ならば彼氏であろうが友だちであろうが、先約優先が人間関係の保ち方としては一番フェアな形だろう。
 
それでもごねる彼氏に、私はついカッとなって、「あなたとの付き合いはたかだか一年だけど、その友だちとの付き合いは四年近くになるのよ」と言った。
ああ、言っちゃいけないことを言ったなぁと言った瞬間に後悔した。
案の定彼は「じゃあその友だちと楽しくやってな」と言って、去っていった。
ちゃんと好きなつもりだったのに。
少し落ち込みながら友だち二人に話したら、「別れて正解!」と大喜びで乾杯してくれた。
 

それから少しして、私は今の彼氏と付き合い始めた。
元カレを怒らせた老婆の話をいつかはしなくちゃと思っているうちに、私たちは小田原駅前で宣教師の若い男性二人組に勧誘され、ハワイで韓国人のおばちゃんたちを丸亀製麺に案内する羽目になり、サンマルクで隣のレジのおばあさんにメニューの音読を頼まれた。
 
ああこの人も今、「こいつと付き合ってからよく人に絡まれるなぁ」と呆れているかもしれない。
そんな心配を胸に秘めていたある日のこと。
私たちは高田馬場のベローチェにいた。
私がトイレを借りて出てきたら、私たちの隣のテーブルにいたおばあさんが立ち上がり、歩き出そうとしたところで杖をテーブルの脚に引っ掛けた。
ああっ、大変!と向かおうとしたら、手前側に座っていた彼女の連れ合いのおじいさんがすっと前に出て、倒れそうになった彼女を抱きとめた。

ごく自然に彼女を受け止めたおじいさんだったが体勢を崩してしまったらしく、二人はまるで踊っているみたいにその場でもみ合った。なんとか踏みとどまった二人は顔を見合わせて、くふふと静かに笑う。

怪しいダンスが収まったことに胸をなでおろしてふと、中腰で手を伸ばしている彼氏の姿が目に入った。
おばあさんを抱きとめられる距離かはわからないけれど、とにかく助けようとしたらしい。
 
席に戻った私が「おばあさんを助けようとしてたね」と言ったら、「ああいうじーちゃんばーちゃんになれたらいいよね」と返ってきた。
ああ、この人は大丈夫だ。
そこでようやく、元カレに言われたことを打ち明けた。
「私といて、疲れたりしない?」と聞いたら、「やりすぎだと思った時は止めるけど、別に好きにすればいいよ」と言ってくれた。

以来彼は、基本的には何事かに巻き込まれる私を「またか」と笑いながら見守ってくれている。
時々「あんたの出る幕はない」とそっけなく止められるけど。

私たちが、じーちゃんばーちゃんになるまで一緒にいられるのかはわからないけれど。
もしも共に老人になれたなら、私たちの昔話を「昔々、こんなことがあってね…」と語り継ぎたい。
今度は私たちが、本当の昔話になる番だ。