ねぇ、Ba-dee-ya
フロアに揺れるニット帽は、禿頭隠し、照れ隠し。
若ハゲの先輩から、「クラブ行かない?」と誘われた9月のある日、「え、クラブって行ったことないんですよう大音量苦手で」と断ろうとしたけど、同期(私が気になってる人)も行くから、と聞いて、「あ、でもでも一回くらい行ってみたいかな、」と参加することにしたのが先週。
結局というか案の定というか、気になってた同期は来なくて、先輩と二人でクラブにいる。
私は踊れない。
正直、踊るなんていう動きを人に見られるのが恥ずかしくて、バカのすることだと思ってる。第一、踊ってたら音楽聞けないじゃない。
だから私たちは(先輩は私に気があるからね)、コロナとスミノフを啜りつつ、ずっと壁際でぼそぼそしゃべったりぼんやりしていた。15分。30分。さすがに先輩がイライラしてくる。
好きな曲がかかったみたいで、ハゲ先輩は、ちょっと踊ってくる、と光があふれる場所へ足を踏み出した。そのときフロアは(私はそのことをあとで思い出したときにわかったんだけど)ちょうどよい混み具合、空き具合で、先輩のニット帽がすうっと吸い込まれていく。
クラゲみたいだな、と思った。
ゆらゆら漂うニット帽に、弛緩した手足がついているみたいな先輩の踊りを見て別に恋は始まらなかった。
あーあ、つまんない。ていうかハゲのくせに私にアプローチするとか頭沸いてんのかあのハゲ? そう睨みつけたのがばれたのか、先輩がこっちに戻ってきて、私の目をしっかり見て、言った。
「ハゲでごめんな。ダンスをご覧ください。」
フロアの真ん中に向かって歩きながら、つるりとニット帽を脱ぐ先輩。軽快な前奏に、禿がまばゆく光る。アースウィンド&ファイアの「セプテンバー」だ。
先輩は、チャーミングなウインクとともに、ふうわり踊り出し、照明をたちまち味方につけた。
「Ba-dee-ya 覚えてるって言って
Ba-dee-ya 9月に踊ったダンス
Ba-dee-ya 完璧な素直な気分で
Ba-dee-ya 金色の輝いた日々」
頭部が光をとらえ、ミラーボールと相関するような、ちらちらと非常に繊細な動きで体中を光で満たしたと思ったらまるでそれを解き放つように手を広げ、また閉じ、ひらり、ひらり禿頭を翻しては人々を照らし、影をつくり、意識をゆったりと解放するその明滅、金銀赤青紫橙あらゆる色に輝くその頭皮はいつまでも見飽きない光とのダンス、皆が見惚れて指笛や歓声を上げる、フロアのボルテージは最高潮、先輩の独壇場だ、ああ、この人は光だ。好きになってもいいのかな? もう、止められないけど。
帰りに寄ったラーメン屋で、私は、先輩に弟子入りを志願した。先輩が苦笑しながら「弟子? 彼氏はだめ? 同性は駄目なタイプ?」と聞くので、私は「いえ、この気持ち、ゆっくり育てたいんです。」と答えた。
結局翌日には、付き合ってた。
なんだかんだ先輩は一緒にいると心を楽にしてくれる人だった。たまにケンカもしたけど、すっごく楽しい日々が続いた。
付き合い始めて1年弱、夏も終わりのある日、一緒に江の島に行った。なんか先輩は言いたいことがありそうで、いよいよプロポーズか?でも、日本だと同性婚できないしどうしよ、と胸を高鳴らせて向かい合った磯で、いきなり告白された。
ごめん俺、クラゲの王子様だから、クラゲの国に帰らなきゃいけないんだ。
先輩はつっかえつっかえ、説明してくれた。俺、人生修行で、人間界に突っ込まれてて。でも、今日、その期間が終わっちゃうんだよ。突然こんなこと言われても困るよな、クラゲ、だなんて。私は言う、いえ、わかってました。だって、わかりやすかったし。実際うすうす勘づいてはいたのだ、セックスのとき、目をつぶって、といわれてつぶると、肌の上をやわらかい筋がたくさん這いまわりたまにぴりっとする。気持ちよかった。でも、あ、この人人間じゃないのかな、と思ったのも確かで。
それで、よかったら、一緒に。そう言って、クラゲになれる合言葉を教えてくれた。私は、「考えさせてください」とつぶやいたまま、うつむく。
先輩は15分、30分、うつむく私を見て、そうか、とつぶやいて、ちゃぽんと海に落ちた。ビニール袋みたいな白い塊になった先輩は、波にさらわれ、沖に流れて行った。
私はしゃがみ込んで泣いた。潮が満ちるまで泣いて、胴までずぶぬれになった。家に帰ってまた泣いた。先輩。先輩。先輩。
ごめんなさい。私、一緒に踊れなくて。
3か月後、私は新江ノ島水族館のクラゲ水槽「クラゲファンタジーホール」にいた。人だかりがすごくて、しかもすごい盛り上がっている。みんな、噂を聞いてやってきたのだ。SNSでもここの水槽の動画が大バズりしている。
うおっ、すげえ。綺麗~。スマホを構え続ける人たちをかきわけて、たどり着いた、ボール状の水槽の中に、先輩は、いた。
「何やってんですかこんなとこで、先輩」
「いや、なんか諦めきれなくて、お前のこと。ダサいな。ごめんな。ここで待ってた」
そうして、ガラス越しに一礼した。
「ダンスをご覧ください。」
クラゲの姿の先輩は、チャーミングなウインクとともに、ふうわり踊り出し、照明をたちまち味方につけた。傘部が光をとらえ、体中に光を透かしたと思ったらまるでそれを解き放つように触手を広げ、また閉じ、ひらり、ひらりと傘を翻しては人々を照らし、影をつくり、意識をゆったりと解放するその明滅、いつまでも見飽きない光とのダンス、七色の穏やかなサイケデリコ。展示室のボルテージは最高潮、先輩の独壇場だ、ああ、この人(クラゲ)は私の光だ。一緒にいきたい。
先輩は満を持して私に尋ねる。
「ねぇ、バーディア、覚えてる?」
私は水槽に手を触れて合言葉を唱える。
「あの、9月の日のできごと!」
ざああああっと球状水槽から水があふれ、私は伸ばした手からクラゲになり、そのまま先輩と相模湾に雪崩れ込んだ。
今、私は、先輩とクラゲの国にいる。お互いの禿頭にふれあいながら、水面から届くキラキラの冬の日を浴びて、終わることのない光とのダンスを踊っている。よければみんな見にきてください。
「今は12月 僕らの9月のあの愛を また見つけたよね
じゃれあいながらの 甘いささやきとラブな気分だけさ
僕らが今日分かち合う 本当の愛を忘れないで」
(古賀コン7、応募作品です。1時間で書きました。アップロードは別)
(作中の翻訳歌詞は、菊地成孔氏のものをこちらのサイトhttps://djapon.hatenablog.com/entry/20110920 の文字起こしから使用させていただきました)
