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世界の天才と詐欺師

「ここうのてんさい、ってやつっすね」
 そう言ってボイスレコーダーを止めた、ジェルネイルの塗られた指の、その先の、それなりに塗られた唇を見ながら、私は、かっとなった。
「違います。孤高の天才などではないです、そんないいものではないです。あの、私は、過大評価されているんですよ。なんていうか、本当に、運がよかっただけで。生まれた家が結構太かったっていうことがまずありますよね、小さいころから近所の美術教室とか、そういうのに通わせてもらえて。あああああと、こういう顔立ちで、内弁慶だったから、割と、微妙に、えーっと先生に好かれるタイプというか、内申点とかよくて、あんまり努力してないのに、地元の進学校につるっと行けて。私はほら、従順そうに見えたから。全然そんなことないのに。当たり前みたいに、美大専門予備校に行かせてもらえて、そこでも、なんか、髪の毛ほら、私もともとはすごく直毛で、真っ黒!真っ黒なんです、オタクの好きそうな。それでそのころ私は自分の見た目っていうかあの、みんなができているのにおしゃれとかに興味がもてなくて、いやもってたんですけど恥ずかしくて自分の外見をそのままにしていて、だから変な講師、というかすみません言いすぎました、えーとなんか私に幻想を持っちゃった講師、に目をつけられて、目をかけていただいて、課外も無料で指導してもらって、君だったら絶対藝大行けるよって、ずっと言われてその気になって、それで大学入っちゃっただけで、だからみんな騙されているんです。私そんなんじゃないです。もっと才能のある友達がたくさんいたんです。本当にもっと、私より賢く才能もあり善い人たちがいるんです。
 今回こうやって映像作品が異常に評価してもらえて、国際的な賞ってやつを獲ったから、こうやってたくさんたくさん取材していただけることになって、本当に本当に有難い、というか身に余る光栄なんですけど、でも、えっとそれで、確かに聞かれたことに答えるだけだとこつこつ一人で映像を作ってきた、という話になっちゃうんですけど、本当に違うんです。そういう環境にいられるなんて絶対おかしいというか、ほんとうただ恵まれていただけですし、いろんな方の助けが、それこそ数えきれないほどのたくさんの方の助けがあって、できたものであって、私が海外の授賞式に行くときだってみんなよかったね、と言ってくれるけど、本当はその方たちのおかげなんです。私はそんなに努力してない。少なくとも今回の受賞に見合うほどには。それから、こういうあの、写真とか撮っていただいて、テレビとか雑誌とかウェブに載せていただくのは本当に申し訳ないんです。違います、私はそれに見合った人間じゃありません。今回の作品も偶然というか運というか、評価していただけたことはうれしいのですが私の、本当の実力じゃないんです。だからっていうかだから、ほんとすみません。そんな風に聞こえるインタビューを私今受けちゃったっていう、そんな恥ずかしいことをしちゃったっていうことですよね?ごめんなさい、そんな感想をいただくと申し訳なくて死にたくなりますいえいますぐ死んだほうがいい」

 疲れた。
 あの賞を獲ってから、あまりに疲れていた。
 だから私は唐突にあんな自己開示をしてしまったのだ。

 アルコール分7%のロング缶をコンビニで大量に購入して黄色い電車っていうか中央線に乗り込み無理やり座って周囲の目を逆に威嚇しながら思い切り開けぐいぐい飲み込みながら思い出すのは慌ててインタビュアーを退席させた編集者の声。

「大変申し訳ないことを、本当に、あの、ゲラが上がりましたら、すぐお送りしますので大丈夫ですか?その、今回のインタビュー、イキでいいですか?」
 涙目で、すみませんもちろんですこちらこそすみません、と答えた私に、彼は、「先ほど聞いた感じだと、あのえーっとインポスター症候群、に聞こえるので、えっとご存じですか、カウンセリングとかどうですかね、よかったら知人のカウンセラー紹介しましょうか」と小声で言い、私も小声で、大丈夫です、と答え、そして、コンビニに寄り今。

 頭の中はぐつぐつしていた。インポスター症候群くらい知ってるっつーの。人のこと馬鹿にしてんのか?
 こんな、作家個人が注目される業界で、女、それほど若くなくても、女ってだけで下駄はかされてんじゃないのかって、自分でも思ってしまう。女だってだけで死ぬほどいやな目に合って死ぬほどくやしい体験を吐くほどしたその同じ心で。
 そんなの作品で勝負できない女の陳腐な悩み?わかってるよ陳腐だって、でも陳腐だっていうことはそこいらじゅうにころがってるありふれてることってことなんだよ。

 小さな業界での、多分相対的にはミニマルな成功。こんなに小さな成功でも心がすり減るなんて、私はやっぱり偽物だ。何が天才だ。何が孤高の天才だ。馬鹿にしてないとあんな言葉出てこないだろう。
 それでも私はあれをつくった、評価された。でも、それでも、それは過大評価で、私はそれに値する人間ではない、努力が足りない、もうだめだ、私はこれから何をすればいいのか。何も思いつかない次に作るものもし作れたとしてだけどそれで私の化けの皮は剝がれるだろうそして失望される私が詐欺師だということ自分を大きく見せていたことあれは。

 4本目を開け、尿意を感じてたまらなくなり駅を降りるともう暗い。田舎だ。青梅線直通だったか。

 ちょっとくさめのトイレへ行って周囲を見るとほわっと白い何かが少し上に見える、ふらふらと引き寄せられていえ本当はわかっていた、花、梅、梅の大木だ。
 周りに人家がないからって人の地所にごそごそ侵入する。こんなにきれいな梅を見たのは久しぶり。香りが強い。嘘みたいにか細くでも強い発光を感じながら、白梅の大木の下にたどり着く。
 梅の、困惑したような荒れた樹皮に肌を押し付けて、ごしごしこする。こんな偽物の私をはやくすりおろして消してしまいたい。酔いに身を任せてこする、こするが痛い。痛いからもう抱きしめる、私を。私を。

 頬を寄せた梅は、世界の天才だった。春にひとりではなを咲かせ、香り強く、三千世界にそのかぐわしさ、そして梅雨には実をつける。その一年が、繰り返しが、頬から伝わってきた。
 それにくらべて足りない。まだ足りない。全然満たされない満たされない満たされていない。私はこの世界の、一つの世界でいい、この世界に、なにかよいものを入れたい。それだけ。まだまだ、私は未だ満たされていない。だから。
 
 今はもう少しだけ、この天才のしたで、土の香り春の香りすべてをだきしめて生きる幸福を、味わって、ふくらませて、生きたい。梅の花びらの小ささが私の心から剥がれ落ちる、豊富な花粉が雄蕊から粉を放つ、そしてできる梅の実の産毛が私の心の産毛だ。
 私は未だ作れる。作る。だから。この夜は梅の下にいる。

(古賀コン8応募作です。お題は「孤高の天才未満」。3月9日17時53分から18時56分、酒補充の手間と子どもとの会話でアディショナルタイム3分、で書きました。)

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