#52 赤い梅干し(全編)

ある冬の寒い朝、たかしは父に聞いた。
「ねえパパ、なんでママは帰ってこないの?」
「・・・」
父は答えることができず、ぐっとつばをのみこんだ。

思えば去年の秋だった。
テレビをつければ、コロナのことばかり。
「今日のコロナの感染者はついに3000人を超えました。」テレビも新聞もそんな報道がおどった。

母は、いわゆるばりばりのキャリアウーマン。朝から息子の弁当を作り、急いで出かけ、夕方は子どものサッカーの迎えに間に合うようにと、いつもぎりぎりで帰ってくる毎日だった。

父は営業職。同じく毎日忙しくしていたが、緊急事態宣言とやらで、在宅勤務になっていた。そして、営業の仕事から経理に回され、エクセルと数字と向き合う毎日になった。職を失わなくてよかったと思っていたが、慣れない仕事で、気分も滅入っていた。そして半年がたち、いつしか心療内科に通う毎日。くすりの量も増えていた。

祖父は85歳。二世帯の二階で暮らしていた。祖母は昨年がんで亡くなり、祖父は一人だった。日中は市内のデイサービスに通う毎日。旧来の友人と一緒に食事をするのが楽しみだった。しかし最近は、歩くのもおぼつかなくなり、体力が落ちていた。病院で検査をしたところ、肺がんが見つかった。実は以前も手術をし、治療をしたことがあったのだが、再発だった。余命は長くないと医師から言われた。もう一度だけ治療をがんばってみないか、と勧められた。しかし、祖父が首を縦に振ることはなかった。
「おばあもいないし、もうわしゃがんばった。若いころは煙草も酒もやった。お前が生まれてからは煙草はやめたし、仕事もがんばった。もう十分じゃよ。」

ほどなくして、突然保健所から電話がかかってきた。
「ひでおさんでしょうか?おたくが利用されているデイサービスで、コロナのクラスターが出てしまいました。ついては、一緒に食事をされていた方々にPCR検査を受けていただきたいと思っています。大変申し訳ないのですが、検査にお越しいただけないでしょうか?」

父はびっくりした。世間はたしかにコロナで騒いでいたが、まさかこんなとこにまでコロナが来ていたとは。祖父は検査などしたくない、と言った。このままいさせてくれ、と。でも父は心配になった。もし祖父がコロナだったら、自分もコロナにかかってしまうかもしれない、まして息子は、と。

祖父をなんとか説得し、鼻の検査をした。結果は陽性だった。その日から祖父は、市内の総合病院に入院した。CTを撮った。肺の影は大きくなっていた。病院の主治医に言われた。「今日から10日間は完全に隔離です。面会もできません。」父も母も、そしてたかしも、祖父の容態を心配した。会えない時間は、不安を増大させた。次に電話がくるのは、悪い知らせの時なのではないか、と。

しかし幸い、コロナは重症化せず、酸素投与だけで快方に向かった。10日が経ち、面会が許された。もちろん、窓越しで。祖父の様子は一変していた。10日でこんなにもやせてしまうのか、衰弱しているのは明らかだった。

肺がんの治療は結局受けなかった。病院は、療養病院やリハビリ施設を当たってくれたそうだが、どこも断れたそう。しかし入院を継続させてくれた。ありがたかった。看護師さんも優しく接してくれた。でも、がんの勢いには勝てなかった。2週間後、息を引き取った。

悲しみに明け暮れる中、家に帰った。驚いたことに家の周りは激変していた。

「ひでおさん、デイサービスでコロナにかかって亡くなったらしいのよ。残念ねー。コロナは憎いわね。」
「息子さん、お孫さんたちは大丈夫かしら。コロナはうつっても症状出ない人もいるから心配だわ。」

その日から、回覧板は一切こなくなった。

母は、葬儀などもあり、1週間仕事を休んだ。そして翌週から仕事に復帰する予定だった。しかしその前日、上司から電話がかかってきた。

「大変だったようだね。これは会社の決まりで申し訳ないんだけど、仕事に戻るには、PCRの陰性証明書が必要なんだ。できるだけ早く検査をして、証明書をもってきてね。よろしくね。」

これは会社の命令だった。母は症状は全くなかった。

すぐに近くのクリニックに予約の電話を入れた。

検査費用2万円。支払いを済ませ、唾液を取った。

結果は、2日後に返ってきた。封を開けると、(+)の文字。まさかだった。

二階の祖父に会う時はいつだってマスクをしていた。じいじごめんね、と思いながら二重にしていた。だって、もし陽性になったら仕事に行けなくなる。父もいつまで精神的にもつかわからないし、母ががんばらないといけない。たかしも学校を休ませるわけにはいかない。いじめられてはいけない。
コロナになったときの影響の大きさは想像していたはずだった。だからこそ、最大限気をつけていた。

にわかにはその事実を認めることができなかった。頭が真っ白になった。

その日から、母はホテル暮らしになった。

ちょうど幸いなことに、たかしは冬休みに入っていた。
父はたかしにこう説明した。「ママは急に出張だって。復帰してすぐ大変だよね。2週間くらいで戻ってくるってさ。」

たかしは、ホテルにいる母とビデオ通話するのが楽しみだった。
決まってこう言って電話を切った。「ママ早く帰ってきてね。待ってるね。」

母はさまざまな重圧につぶされそうだった。たかしのその声に胸が押しつぶされそうだった。母は耐えていた。でも、10日間は長かった。

東京とは違う。地方では、すぐにうわさは広まった。

「最近あそこのお母さん、見ないわね。」
「この間はお父さんと二人きりで出かけていたわ。」
「あらやだ、やっぱりコロナだったのかね。」
「消毒業者さんはいつ来るのかしら。」

年越しは、父とたかしの2人きり。寂しかった。

母が帰ってきた。二人でオムライスを作って待っていた。
「ママおかえりー。」 
でも、そこに母の笑顔はなかった。

母は、お得意様あっての仕事。
年末商戦の忙しい中、10日もいないとなるとばれてしまった。

ホテル滞在中、上司から携帯に電話がかかってきていた。
「本当に申し訳ないけど、会社にはもう来なくて大丈夫だ。コロナ患者が出たということで、苦情の電話の嵐。謝っての毎日なんだ。君がコロナってことは先方も気づいてる。会社の看板背負って働いていくわけにはいかなくなってしまったよ。」

たかしは、母が一緒にいてくれてうれしかった。

でも、母は朝起きられなくなった。食事も進まなくなった。

冬休み明けのお弁当作りは、父の仕事になった。大好きだった、ご飯の上の真っ赤な梅干しは消えていた。

母も父と同じ病院に通うようになっていた。薬を増やしても変わらなかった。

家族みんなで作り上げてきた宝石のような日々が割れていくのは早かった。

いや、大事な何かが手と手の間を砂のように流れ落ちていった。

母は、天国の人となった。


たかしは、その日の朝こう続けた。

「ママはコロナだったの?」

父は言った。
「いいや、ママはコロナなんかには負けないよ。強かったんだから。でもね、名もなき世間というやつにやられたみたいだ。たかし、これだけは言っておくよ。ママはおまえを守るのに必死だったんだよ。」

春はもうすぐだった。

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ママがいなくなってから月日が経っていた。

父はしばらくの休暇を取った後、仕事に復帰した。とは言っても、慣れない経理の仕事を継続。在宅勤務はより徹底されていた。心療内科から出されるくすりはさらに増え、日中は眠気と闘う日も多くなっていた。

春休みも明け、たかしはなんとか学校に行っていた。例年であれば、新しいクラス、新しい担任を楽しみにしている時期だが、そんな気分は全く盛り上がらなかった。朝起きて学校に行くのがやっと。父の作る弁当もなくなった。

ママのいない日々。父とたかしの2人の生活。当時気丈に振る舞っていた父も疲れ果てていた。

父には、学生時代からの友人の一人に医師がいた。同じ市内の総合病院で呼吸器内科医として働いていた。久しぶりにメールが来た。医師はたかしの家のことを心配してくれていた。

「おじいちゃんも、奥さんのことも少し聞いたよ。本当に大変だったみたいだな。」
「お前は大丈夫か?仕事と子育て大変だろうよ。」
「お前の家のことは少し前に聞いたんだけど、なかなか連絡できなくてごめんな。なんて声かけたらいいかわからなくなっちゃって。自分は医者になったのに、こんなときに力になれなくてごめんよ。」
「コロナでつらい思いをした人をたしかに見てきたけど、まさかこんな身近にも苦しむ人が多くいるなんて。本当に世の中おかしいよな。コロナが憎いんじゃなくて、コロナに染まった社会がおそろしいよな。」


・・・・

そこからいろいろな話をした。学生時代の話でも盛り上がった。しかし最後は、医師として、その経験として、コロナのことをいろいろ教えてくれた。そして、幾度となく謝っていた。なぜなら、コロナは災害であって、医療者にもその責任があると話していた。医療従事者を憎む気持ちなんて全くなかったので意外だった。いろいろな話を聞いて、少し複雑な気持ちになった。でも父は、電話をもらえたことがただただうれしかった。人の心に接した気がした。自分にも仲間がいるような気がした。そして、たかしには真実を伝える必要があると思った。たかしには、まっすぐな大人になってほしい。自分が正しいと思ったことを信じて行動できるような大人になってほしかった。

その夜、たかしに伝えた。

「なあたかし、もうお前もわかってると思うけど、ママはいなくなっちゃったんだ。もうこのいえには帰ってこない。一緒にご飯も食べれない。パパは本当に悔しいよ。コロナが憎いよ。でもこれは事実なんだ。ごめんな。最近は弁当も作ってやれていない。たかしを怒っちゃうこともあるよな。本当にごめんな。許してくれな。」

「今日はな、パパの高校時代の友達のお医者さんと話をしたんだ。そしたら、コロナのことをいろいろと教えてくれた。そしてパパもいろいろ調べてみたんだ。たかしには、立派な大人になってほしい。そして、ちゃんと世の中のことも知ってほしいと思ってる。だから少し聞いてな。」

ー 世間はコロナの患者さんが増えた増えたって騒ぎ立ててるけど、実はインフルエンザの患者さんの何十分の一くらいの数なんだって。たかしも計算できるかな。本当はすごく少ない数なんだって。テレビであんなに言われたら、なんだかすごい増えてるように思うよな。でも違うんだってさ。 
ー あとさ、医療崩壊とかって言ってるけど、コロナに使われているベッドって、日本にある病院のベッドの数%しかないんだって。他はコロナ患者さんは入院できなくなってるらしい。コロナはコロナのベッドがあるんだって、不思議だよな。ベッドが空いているなら、入院させてくれたらいいやん、って思うんだけどな。
ー コロナはPCRすればわかるとパパも思ってたけど、それも違うんだって。PCRはそこにコロナの死骸が1つだけでもいたかどうかを見てるだけで、感染しているとは限らないんだって。でもPCRが陽性だと隔離されちゃうらしい。なんだか変だよな。
ー 要はさ、お医者さんとか、そういう専門の人から見ると、変なことがたくさん起きてるんだって。

「最初はよくわからなかったんだけど、そいつはパパに何度も謝ってきたんだ。医者の責任だって言ってね。よくよく話を聞くとさ、医者がコロナが大変だ大変だって騒ぎ立てすぎてごめんなさいってさ。実はさ、コロナはもう正体がよくわかっていて、風邪のウイルスの一つなんだって。だから頼むから、コロナを怖がりすぎず、前みたく普通に生活をしてほしい、って何度も言ってたよ。パパはあまり知らなかったけど、世の中の多くの人はもうこういうことに気づいてるみたい。コロナはほとんどがちょっとした風邪の症状で終わりだし、そんなに怖がりすぎる必要がないってことにさ。でもさ、正直言うとさ、コロナにかかると変な目で見られる世の中になっちゃってる。もしかしたらいじめられる可能性もあるかもしれない。おかしいよな。でも、たかしには強く生きてほしいと思うんだ。たかしにはさ、あまりコロナのことは話してこなかっただけど、やっぱりちゃんと知ってほしいと思うからさ、話をしたよ。少しはわかってくれたらパパはうれしいよ。」

その晩、久しぶりにパパはたかしと一緒に寝た。
翌朝、いつもよりもぐっすり寝れたような気がした。

ゴールデンウィークが空けた。まだ父は在宅勤務だが、志願してオンラインでできる営業のお手伝いを少し始めた。たかしも朝起きてご飯を食べれるようになった。そして、パパが作ったお弁当をもって出かけるようになっていた。

(この物語はフィクションです。登場する人物・場所・名称等は架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。)