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ミュージカルの金字塔『ウエスト・サイド・ストーリー』が、2020年代に「再演」される意義について。

【『ウエスト・サイド・ストーリー』/スティーヴン・スピルバーグ監督】

1957年にブロードウェイで初上演されてから、半世紀以上にわたって愛され続けているミュージカルの金字塔『ウエスト・サイド・ストーリー』。国境を越え、そして時代を超えて、無数の観客を魅了し続けてきた今作が、現代のエンターテインメント界に与えた影響の大きさは、もはや計り知れない。(日本においては、このミュージカルがジャニーズ事務所設立のきっかけになったというエピソードもある。)

1961年には、ブロードウェイの大ヒットを受けて、ロバート・ワイズ監督が1度目の映画化を手掛けた。同作は、当時のアカデミー賞において作品賞をはじめとした10部門を受賞しており、長きにわたるミュージカル映画の歴史において、いつまでも参照され続ける重要作となっている。

既に多くの人が舞台や映画を通して把握しているように、今作は決して、あらゆる観客が終演後に晴れやかな気分になれるようなハッピーエンドの物語ではない。この物語が『ロミオとジュリエット』をベースとして生み出されたことが何よりも象徴的なように、『ウエスト・サイド・ストーリー』が描き出すのは、移民問題に端を発したギャング間の闘争であり、その先に待つのは悲劇的な結末である。

それでは、なぜ『ウエスト・サイド・ストーリー』は、長年にわたって無数の観客から求められ続けているのか。そしてなぜ、この2020年代において、2度目の映画化として「再演」されたのか。



いつの時代においても、この世界は、様々な差異によって分断されている。それは綺麗事では覆い隠しきれないような圧倒的な現実であり、そして昨今、悲しいことに、そうした数々の溝は、様々な局面で加速度的に深まり続けている。

人種の違い、世代の違い、生まれ育った環境の違い、ジェンダーの違い、そして、そうした無数の差異によって生じる孤独や葛藤。オリジナルの『ウエスト・サイド・ストーリー』が長年にわたり描き続けてきたように、今回のスピルバーグ版も、様々な形の分断と軋轢、それらに伴う痛みや哀しみを、時にリアルな暴力描写を通して浮き彫りにしている。

しかし、この物語が描き出すのは、そうした分断によって蝕まれた世界に対する諦念ではない。『ウエスト・サイド・ストーリー』が半世紀以上にわたって紡ぎ続けてきたのは、そうした隔たりを乗り越えて求め合おうとする者たちの愛と信念の物語であり、この普遍的なメッセージは、まさに今、その輝きを強めている。

今回「再演」されたスピルバーグ版においては、2010年代のMe Too運動を反映した描写が取り入れられており、また、主人公・トニーの設定には、些細にして決定的なある変更が施されている。このようにして新たにアップデートを遂げたスピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』は、まさに、次の50年、100年へ向けた指針として、これからも変わらずに求められ続けていくのだと思う。



分断によって蝕まれた世界を変えていくのは、自分とは異なる他者に対する想像力、そして、目の前の現実に正しく抗うための思考力と行動力である。この普遍的な物語が授けてくれるのは、1つ目の想像力である。エンターテインメントそのものは、直接的に世界を変えることはできないかもしれないが、しかし、2つ目の思考力も、3つ目の行動力も、その想像力がなければ生まれ得ないものだ。歴代のクリエイターたちは、そうしたエンターテインメントの儚くも確かな可能性を信じ続けてきたはずで、その想いは現代へと受け継がれている。

「ひとつになれない世界に、愛し合える場所はあるか?」

この問いかけに対して、いつか自信と誇りを持って答えることができる日の到来を信じて、今回、『ウエスト・サイド・ストーリー』は「再演」されたのだろう。まさに今作は、現在進行形の「伝説のミュージカル」であり、そのエンターテインメントの逞しい力に、心が震える。



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