空想散歩 #3@瀬戸・常滑/愛知|2026/8/8
空想散歩について
散歩が好きで、知らない街に行くのも好きなんだけど、実際に旅行するお金も時間もない。今回は地元・愛知県の瀬戸と常滑を歩いてみることにした。
カバー画像はあんまり関係ないけど、愛知県の中部国際空港(通称セントレア)で、マスクをしていたお雛様。
瀬戸・常滑を選んだ理由
小学校の頃、給食の食器はノリタケの食器だった。当たり前のことだと思っていたけれど、関西出身の友達と話していて、給食は割れない食器だった、名古屋特有なのではと言われて驚いたことがある。そう言われてみると、昔先生から、食器を大切に、割らないように考えて使いましょうと指導を受けたような気がする。また思い返せば小さい頃、「せともの」は瀬戸焼の食器ではなく、割れうる食器全般のことを指すと思っていた。私が生まれ育った愛知県ってもしかして食器産業も結構強いんでしょうか。
そんなことを思い出したのは、ノリタケの食器事業をめぐるニュースを見かけたからだ。記事の中で会社側は「撤退する考えはない」と否定していたけど、事業自体はセラミック部門の中に統合されていて、単独の事業としては残らないことになったらしい。ショックだったのと同時に、調べるうちノリタケに食器の海外営業部門があることも知って、今も世界中に食器を売っているんだってことにわくわくもした。
これがきっかけとなって、地元の愛知県を食器目線で散歩してみたくなった。調べてみたら、瀬戸と常滑は、どちらも「日本六古窯(越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前)」に数えられる、1000年近く続くやきものの産地らしい。日本に六つしかない古窯のうち、二つが同じ愛知県にある。理由は、大昔にあった「東海湖」という巨大な湖だそうだ。琵琶湖の6倍もの大きさがあったといわれる湖が、かつて岐阜南部から尾張、鈴鹿一帯にかけて存在していた。じゃあ名古屋なんか湖の真ん中じゃん。小学生の頃、名古屋には低い土地が多くて、洪水になると水が残りやすいと教わった気もする。この湖と関係があるんだろうか。そしてこの湖の底に堆積したものが、長い年月を経て陶土層になったという。瀬戸は花崗岩が風化した白い粘土を求めて山側へ、常滑は船で運びやすい海側へ、それぞれ広がっていったらしい。同じ一つの湖から、山と海、二つのやきもの文化が生まれたことになる。
同じ土地から生まれたやきものの技術は、ノリタケの中にも別の形で流れ込んでいる。ノリタケの前身・日本陶器からは、衛生陶器部門が東洋陶器(現TOTO)として、碍子部門が日本碍子として独立した。さらに日本碍子からは点火栓部門が分かれ、日本特殊陶業が生まれた。同じ森村グループからは大倉陶園も生まれている。やきものの技術が、食器から便器、碍子、点火栓まで、形を変えながら中部圏の産業に広がっていった。
一日目
ノリタケの森で、ミュージアムとお昼
私にとってのノリタケの森は、クリスマスに無料で見られるイルミネーションがあり、人が少なくて、シャイな高校生時代のデートスポットの一つだ。でもここは本来ノリタケの陶器を見る博物館である。今も残る赤レンガの建物は、ノリタケ創業の1904年当時に建てられた製土工場らしい。
園内には、明治から昭和期の「オールドノリタケ」を展示するミュージアムがあって、ボーンチャイナの製造工場を見学できるクラフトセンターもある。お昼は、ノリタケの食器を使わせてくれるカフェかレストランで食べたい。
瀬戸へ
名鉄瀬戸線に乗って、尾張瀬戸へ向かう。尾張瀬戸駅から歩いて、洞町の「窯垣の小径」へ。窯道具を積み上げて作った塀や垣根が続く、400mほどの坂道らしい。エンゴロ、ツク、タナイタという、素焼きの窯道具を組んで作る幾何学模様は、全国でも瀬戸でしか見られない景色だという。廃材で塀を作る発想自体が、やきものの町らしい。
窯垣の小径から少し戻ると、深川神社があって、陶製の狛犬が奉納されているので会いにいく。神社つながりでいくと、駅の近くには、九州から磁器の製法を持ち帰った加藤民吉を祀る窯神神社がある。この加藤民吉を偲ぶ祭りが、毎年秋の「せともの祭」へと発展した。これが今では瀬戸川沿いに200軒ものやきもの店が並ぶ、全国最大級の陶器市になった。せともの祭には、小さい頃母と来たことがある。あのときは器を選ぶ大人たちの後ろをついて回っていただけだったけど、今回は自分で器を見て歩くのだ、買いすぎ注意。
夕飯
尾張瀬戸の駅前で、瀬戸焼そばを食べたい。
豚肉を醤油で甘辛く煮込んだタレを、蒸し麺に吸わせて焼く料理。昭和30年代、瀬戸の陶工たちは休みが少なく、窯の火の番で塩分を失うから、豚肉の甘辛いタレの焼きそばが職人の間で人気になったという。提供するときは瀬戸焼の皿で出すお店も多いみたい。
二日め
常滑へ
私にとっての常滑は、高校生の夏休みにりんくう常滑駅で、大親友と初めて海に沈む夕陽を眺めた思い出の場所だ。お互い門限が厳しくて、夕陽が沈み切る時間までいると事前に親に言ったら叱られ、でもあまりにも綺麗でその場でなんとか双方の親を説得して見たのを覚えている。あまりの青春に、あの光景を思い出すと胸がきゅっとする。ちなみにその後できた元彼とも行って、私との思い出の場所じゃんって怒られた。ごめんね。さらにその後、その子も旦那さんと行ってたので痛み分けとさせてください。
やきもの散歩道
常滑駅から歩いて、やきもの散歩道へ。1.5kmほどのコースで、大型車が通れない狭い生活道路だったから、開発されずに昭和より前の窯業の風景が残ったらしい。開発しようとした時にはなんて邪魔なと思われたかもしれないけど、時間が経ったらむしろ価値が出てくることってあるよね。土管や焼酎瓶を壁一面に埋め込んだ「土管坂」が、散歩道を代表する景色だという。最盛期には煙突が400本もあって、「常滑のスズメは黒い」と言われていたらしい。
とこにゃんと招き猫通り
坂を登ると、幅6.3m、高さ3.8mの「とこにゃん」という巨大な見守り猫が、壁の上からこっちを見ている。常滑は招き猫の生産量日本一らしくて、陶芸作家39人がそれぞれ手がけた「御利益招き猫」が周りに並んでいるという。そういえば、セントレア(中部国際空港)は常滑のすぐ沖にあって、たくさんの招き猫が出迎えてくれる。
もともと招き猫を最初に量産したのは瀬戸だったらしい。その後常滑でも、下火になっていた土管や壺づくりの代わりに招き猫づくりが始まったという。一般的にイメージされるような、大きな耳、丸顔、垂れ目、大きな小判を掴んだ二頭身のフォルムは、市内の人形園が広めたものらしい。もともと陶人形を量産していた技術がそのまま応用できたから、高度経済成長期の波に乗って一気に全国、海外へ広まったという。
INAXライブミュージアム
バスに乗って、INAXライブミュージアムへ。世界のタイル博物館や、90年前の常滑の窯をそのまま保存している「窯のある広場・資料館」、2025年に新設されたというトイレ文化館があるそうだ。どれも大好きすぎて、トイレ文化館のニュースを見た時からずっとだいぶ行きたいと思っているのだが、タイミングがなく行けていない。愛知県のやきものを追ったらトイレに辿り着くものなんですか?
ちなみにここでは光る泥だんご作り体験もできるので、子供達のいなさそうなタイミングで行って体験しなければならない。
急須と、お茶
常滑焼といえば朱泥の急須。鉄分を多く含んだ粘土が、お茶の苦みや渋みをまろやかにするという。常滑焼の急須でお茶を淹れてくれるカフェに寄って、一杯飲んでから帰りたい。
帰路
常滑駅から名古屋へ戻る。瀬戸で見た白い土と、常滑で見た赤い土は、もとは同じ古い湖の底から始まっていた。帰り道には何枚、どんな陶器と磁器を持っているだろうか。窯垣の小径で見た器か、招き猫か、常滑の朱泥急須か。それとも結局、ノリタケの森のアウトレットで大量買いしているかもしれない。
参考
瀬戸焼の歴史(日本六古窯)https://sixancientkilns.jp/seto/
常滑焼の歴史(日本六古窯)https://sixancientkilns.jp/tokoname/
東海湖と瀬戸・常滑焼(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFD220TP0S1A320C2000000/
窯垣の小径(愛知県)https://www.pref.aichi.jp/koen/keikanshigen/seto/013.html
せともの祭(愛知県観光サイト)https://aichinow.pref.aichi.jp/events/detail/65/
瀬戸しょうゆ焼きそば(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/瀬戸しょうゆ焼きそば
やきもの散歩道(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/やきもの散歩道
とこにゃん・招き猫通り(愛知県観光サイト)https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/308/
招き猫(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/招き猫
INAXライブミュージアム(愛知県観光サイト)https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/32/
常滑焼の朱泥急須(陶楽)https://to-raku.com/tokoname-yaki/
ノリタケの森(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/ノリタケの森
