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産後1ヶ月半。休むという選択肢はなかった。

娘を出産して、まだ1ヶ月半。

世の中には産後ゆっくり体を休められる人もいる。

でも、18歳の私には
「休む」という選択肢はなかった。

未婚で出産した私は、父から

「娘と自分の生活費は、自分で稼ぎなさい」

と言われていた。

オムツ代も、ミルク代も、おもちゃも。

携帯代や自分のお小遣いも、自分で。

祖母も昔、産後1ヶ月半で仕事に復帰していたこともあり、

「もう働ける頃でしょ」

と言われていた。

だから私は、産後1ヶ月半で働き始めた。

働き始めたのは飲食店。

立ちっぱなしで料理や飲み物を運び、

呼ばれたら走って注文を取りに行く。

今思えば、

「よく産後1ヶ月半で働いてたな」

と思う。

でも当時は、

大変かどうかなんて考える余裕もなかった。

働くしかない。

それだけだった。

働いている間娘は母が見てくれていたので、本当にありがたかった。

それでも仕事へ向かうたび、

成長するにつれて後追いする娘と離れるのが辛かった。

18歳の私は、

早く親から自立して、

自分の家庭を持ちたいと思っていた。

でも現実は真逆で、

親に頼らなければ生活できない自分。

そのことが情けなくて、

悔しかった。

田舎だったこともあって、

娘の存在を親戚に隠されたこともあった。

祖母から

「近所の目があるから、こっちの家には娘を連れて来ない方がいい」

と言われたこともある。

「恥ずかしい存在なんだ」

と思い、そのたびに傷ついた。

でも、娘のお世話をして

寝不足のまま仕事へ行く毎日。

忙しくしていたおかげで

立ち止まって悲しむ時間や余裕はなかった。



親からは、

「親の言うことを聞いておけばよかったでしょ。」

と言われることもあった。

今思えば、

心配してくれていたからこその言葉だったんだと思う。

でも18歳の私は、

その言葉を聞くたびに

「私はダメな人間なんだ」

そう思いこんでいた。

誰かに責められる前に、

一番自分を責めていたのは、

私自身だった。



30代も半ばになり、あの頃の自分を思い返す。

未熟だった。

後悔もたくさんある。

でも、

娘を守ることだけは、

あの頃の私なりに必死だった。

生活するために働いて、

眠い目をこすりながら育児をして、

毎日を終わらせるだけで精一杯だった。

だから今なら、

18歳の私にこう伝えたい。

「反省することと、自分を責め続けることは違うよ。」

そしてもう一つ。

「あの頃のあなたは、十分頑張ってた。」

「せめて、自分だけは、自分の味方でいてあげて。」

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