「読み切り短編BL」Case5.純愛カップル「僕の世界には、君だけ」
「玲桜くん、膝枕して!」
「いいよ、おいで」
そう言ってごろんと膝に寝転がると、王子様みたいに美しく整った顔が、僕だけにあまく微笑む。
「僕の彼氏……かっこいい」
「ふふ、ありがと。季はかわいいね」
――そんな少し恥ずかしくなるような会話を、少し前まではしてたっけなぁ……。
ソファでひとり膝を抱え、クッションに顔をうめる。
最近は全然……いちゃいちゃなんてしてない……というか……できてない。
だけどそれは愛情がなくなったからとか、倦怠期ってわけじゃなくて、単純に玲桜くんのお仕事が忙しいから。
――さみしい……ただ、ひたすらに……これでもかというくらい、あまえたい……。
玲桜くんはモデルのお仕事をしていて、少し前に大きなショーへの出演が決まった。
そしてそれからは通常の仕事に加え、ショー出演のためのレッスンや取材の数々。
その影響で多忙を極め、フリーでカメラマンをしている僕との時間のすれ違いは酷くなる一方だった。
仕事から帰ってひとりで食べるごはんは、味気なくて。
夜眠るときだって、片側はひんやりとしたまま。
玲桜くんは僕が眠ったあとに帰ってきて、僕が起きるくらいには家を出ちゃう。
本当にありがたいことだけど、元々多くはなかったお休み。唯でさえ不規則な僕たちのお休みが被ることなんて、殆どなかった。
そしてそれを返上でお仕事となると、一緒に過ごせる休日なんて皆無。
ふたりでゆっくり過ごす時間なんてのは、今の僕たちにとっては夢のまた夢……。
「さみしぃ……」
だけど僕は玲桜くんの邪魔をしたいわけじゃないから、面と向かって寂しい気持ちを伝えられなくて。
暗い部屋で、ひとりで眠るのは嫌い。
——昔は、何の問題もなく出来てたのに……。
僕と玲桜くんの出会いのきっかけは、雑誌の撮影現場。当時、まだアシスタントをしていた僕は、その日ミスをしてしまった。
ミスのレベルとしてはよくあるもので、次からは気をつけてねと注意されるくらいのもの。
だけど、そのミスを僕自身が許せなくて。
非常階段で静かに泣いていたとき、玲桜くんが声をかけてくれた。
「あの……大丈夫、ですか?」
「……だいじょうぶです……すみません」
「これ……よかったら」
そう言って差し出されたのは、缶のサイダー。
「……え、……ありがとう……ございます」
お礼を伝えた時に微笑んでくれたその表情が、頭から離れなくて。
今思えば、一目惚れだったんだと思う。
それから少しずつ個人的な交流が増えて、仕事の後にご飯を食べに行った帰り道。
「好きです、俺と付き合って下さい」
真剣な眼差しに射抜かれて、誠実さの滲む告白に心臓は鼓動を加速させた。
「……っ、うん」
都合のいい夢なのかもしれないなんて狼狽えながらも、小さく頷いた僕を玲桜くんは優しく抱きしめてくれた。
「夢……じゃないよね」
そう言った僕のほっぺを軽くつままれた時、確かに感覚がして、夢じゃないことを認識する。
「夢なんかじゃないよ」
甘く微笑まれて、そのまま唇へ可愛らしいキスをひとつ。
僕の頭の中は幸せで溢れて、心臓は早鐘を打って苦しいのに全然嫌じゃなくて。そんな不思議な気持ちをあの時、初めて知った。
それからはお互いのお家へ行ったり、スーパーで買い物をしたり、特別なことなんてない何気ないデートの方が多かったけれど、僕にとっては大切な日々。
そうやって、少しずつ二人の時間を積み重ねてきた。
付き合って二年が経った頃。僕の誕生日をお祝いしてくれた玲桜くんが、一緒に住むことを提案してくれた。
僕はそれが嬉しくて、たまらなくて。
涙の止まらない僕のことを優しく抱きしめてくれて、たくさんのキスをくれた思い出は宝物。
一緒に住むようになってからは、玲桜くんのために家事を出来ることが嬉しくて。
元々家事は苦ではない方だったけど、料理や洗濯なんかを一緒にできる時間が出来たことによって、もっと好きになった。
玲桜くんがそばにいて、たくさん甘やかしてくれる日々は、何よりも幸せなもの。
だけど今は玲桜くんの部屋着を抱えて、涙をこらえる毎日。
――もうすぐ。あと何日かすれば……玲桜くん、忙しいのも落ち着くって言ってた。
――だから、もう少しのがまん……。
必死に言い聞かせて、その日も体温のない冷たいベットで眠りについた。
◆
不意におでこに当たる、柔らかくて温かい感覚によって、意識が浮上する。
「季、ごめんね……」
「んぅ……れお……くん……?」
――ゆめ……?
――久々にふれてもらった……うれしい。
目を開けたいのに、瞼が重くて開けられない。
頬にふれる大好きな温かい手。そのまま体がぎゅっと心地の良い体温に包まれて、惹き寄せられるように胸へ顔をうずめると、大好きな匂いがした。
「……す、き」
気付けば、溢れてしまった言葉。
「ふふっ……」
玲桜くんが優しく笑ってくれたような気がしたが、安心できる匂いに僕の意識は深いところにまで、がこん。と落ちて、その後は覚えてない。
◆
翌朝、起きた時。
――すごく、ぐっすり眠れたような気がする……。
久々の快眠。だけど隣に、玲桜くんはいなかった。枕元には、見慣れた字で書かれた置き手紙。
『ごめんね。今日で忙しいの終わりだから、帰ってきたら一緒に過ごそうね』
温度のないひんやりとしたシーツによって、ひとりを痛感させられてしまう。
――せっかくのお休みなのに、僕はまたひとりなのか……。
そう思って、落ち込みそうになったとき。
――まって、玲桜くん今日で忙しいの終わりって書いてる!
手元の紙を宙に掲げて、もう一度見る。
――玲桜くん、確か……明日はオフだって言ってたから、今日の晩ごはんを豪華にしたら喜んでくれるかも!
僕は、そんな名案を思いつく。
――僕は明日もお休み。だから玲桜くんが良いって言うなら、お酒なんかも飲んだりして……。
――それから、少しだけいちゃいちゃ出来たら……なんて。
完全に浮かれた僕は飛び起きるようにベットから下りて、スマホで玲桜くんの好物のレシピを調べながら身支度をし、家を出たのだった――。
◆
ずっと憧れていて、夢だったモデルの仕事。下積みからようやくこの数年で軌道に乗り始め、今では有難いことに色々なお仕事をもらえるようになった。
そして今回。かねてから憧れだったブランドの新作コレクションへの出演が決まり、俺の毎日は大きく変わった。
早朝に家を出て、自宅に帰ってくるのは日付を超えてから。
かれこれそんな日常が、一ヶ月ほど続いていた。
文字通り挑戦への切符を、手に入れることができた日々は新鮮でありながらも、目まぐるしい。
仕事と仕事の合間時間に睡眠や食事は取っていたから、疲れを感じていても体調に問題はない。
ただ、ふと糸が緩んだ時。季との時間が、恋しくなる。
出会ってからずっと、何よりも大切にしてきた愛しい人。
なのに最近は全然……季との時間をとれていない。
――季とごはん……食べたい……腕の中に閉じ込めて、抱きしめたい。
空き時間にひとりで食べるごはんは美味しくなくて、栄養補給のための作業と化していた。
だけど季だって、忙しい。彼が切り取る世界は、その匂いや温度感まで伝わってくるような繊細さがあって、彼の透明な感性から生み出される斬新な構図の写真は、人を虜にする。
その才能によって、各方面から引っ張りだこの彼だって、過密なスケジュールになることが多い。
だけど季がそんな素振りを見せることなんて一切ないし、元来の世話好きな性格も相まってか、料理や洗濯などの家事は俺なんかよりも効率よくこなしてしまう。
「家事任せっぱなしで、ごめんね……」
そんな季に甘え、任せっぱなしになってしまっているのが申しわけなくて。
「そんなの気にしなくていいよ、僕がやりたくてやってるんだから」
そう言って季はふにゃりと笑うから、俺はたまらなくなって抱きしめた。
「ふふ……もっと抱きしめて、ちゅーもして」
季は幸せそうに、きゃらきゃらと笑う。
三個年上の頼りになる恋人が俺にだけ見せてくれる、子犬のように無邪気に甘えてくる姿は心を惹きつけて離さない。
それが多分……三週間くらい前の話。
そして、ここ一週間……最低限しか顔を合わせられておらず、そろそろ季が不足しすぎてぶっ倒れそう。
それに夜遅く帰ってきて見る季の目元には、いつも涙の跡がうっすらと残っていて。
二日ほど前からは、目の下のくまも濃くなっているような気がする。
昨日は、俺のトレーナーを抱えて眠っていた。
――きっと、寂しい思いをさせてしまっている。
時間は努力して、捻出するもの。何かの番組で言っていた言葉。
言い訳でしかないことはわかっていても、今の過密スケジュールの中で時間を捻出するのは……どうしても、難しくて。
静かに眠る季を起こさないよう、細心の注意を払いながら隣へそっと潜り込む。
気休めかもしれないけど、少しでも寂しさを取り除いてあげたくて。
おでこへキスをひとつ――。
「季、ごめんね……」
「んぅ……れお……くん……?」
小さく声を掛けると、寝起きの少し掠れたあまい声が、俺の名前を呼ぶ。
俺が惹き寄せられるようにして頬へと手を添えると幸せそうに微笑み、季の表情はふわりと綻んだ。
そのまま大切な宝物を抱えるように、ぎゅっと抱き寄せると、胸元へと顔をうずめてくる。
「……す、き」
小さく呟くように行った言葉に、胸が甘く締め付けられた。
「ふふっ……」
腕の中にいるこの人が、愛おしくてたまらなくて。愛する人と体温が混じり合うようにして眠れることが、幸せで。
俺は、そのまま穏やかな眠りについた――。
◆
翌朝、控えめなアラームの音で目が覚める。
腕の中には、昨夜と変わらず季がいた。
――あぁ、仕事行きたくない……このまま、季を抱きしめて二度寝したい。
断腸の思いで……季を起こしてしまわないよう、再び細心の注意を払いながら、体を離す。
「……いか、ないで」
離れた俺の体温を探すように季の手がシーツの上を彷徨うが、顔を覗き込むと瞼は開いていなくて。
――寝言……?
吐息のように紡がれた苦しそうな声に、胸が締め付けられた。
――世界で何よりも大切な恋人に、寂しい思いをさせてしまっている。
そんな自分が嫌で。だけど……目の前の仕事を放り出すこともしたくなくて。
普段、俺に余裕があるのがわかっているときは、くっついてくるし、甘やかしてほしいことも結構遠慮なく伝えてくる。
そして俺も甘えてくれるのは純粋に嬉しいから、甘やかす。
だけど季はこういう時だけは、絶対に寂しいとは言わない。
心優しい彼は人の機微にも敏感で、自分の感情よりも相手を優先するから、言いたいことを殆ど無意識に我慢してしまう。
――だから今までは、そうさせないようにしていたのに……今の俺が情けないことに余裕がないから……。
快活で温厚な彼の周りには、いつも自然と人が集まってくる。きらきらと輝く彼が、いつか誰かに取られてしまわないかと内心ではいつも不安で。
起こすかどうか最後まで迷ったけれど、目元に薄く残るくまを見てしまったら、出来なくて。
結局、置き手紙を置いておくことに決めた。
「行ってくるね」
そう声をかけてから枕元に手紙を置いて、後ろ髪引かれる思いで家を出た。
――今日は雑誌の撮影の後に、レッスンがあるだけ。順調に行けば、夕方までには終わるはず。
――絶対に、巻きで終わらせる。
帰りにコンビニへよって、季の好きなアイスを買って離れていた期間分の溢れそうなほどの愛を伝えないと。
それから俺も、離れていた分の充電をさせてもらいたい……切実に……。
◆
そんな俺の思いも虚しく……現在の時刻は、二十一時を回ろうとしたところ。
機材トラブルが起こり、撮影の開始が大幅に遅れた。そこからイレギュラーが重なりに重なって、最後のレッスンでは思いっきり躓いて転んだ。
――最悪……。
ぶつけたくらいで幸い怪我はなかったし、痣とかにもならなさそう。
何とか最小限の時間の超過で終えることができたけど、諸々が立て込みすぎて連絡すらまともに取れていない。
俺が送ったメッセージは約四時間前の「ごめんね、機材トラブルで遅くなりそう」が最後。
その後に「大丈夫、お仕事頑張ってね」という季からのメッセージ。
既読をつけて「遅くなってごめんね、今から帰るよ」と送ってから、スマホをポケットに仕舞う。
自分史上最速で帰宅の準備を終わらせ、半ば転がるようにしてレッスン室を飛び出した。
――一刻も早く、家に帰りたい。
その時に見た時間が、二十一時二十三分。家までは車で約十五分。
俺はひたすらに、家路を急いだ。もちろん帰りにアイスを買うことも、忘れずに。
玄関を開けると、リビングには明かりがついているが、物音は聞こえない。
靴が飛んでいくのも構わず、足早にリビングへと繋がる扉を開けた瞬間――。
俺の目に飛び込んできたのは、テーブルの上にある豪華なごはんの数々。
その全てにはラップがかけられていて、そのそばで突っ伏して眠る季の姿。
並んでいるのは、俺の好物ばかり。
――俺のために、ごちそうを用意して待っててくれたんだ……。
待たせてしまった申し訳なさで心臓がぎゅっとなったけど、同時に愛おしさも際限なく湧き上がってくる。
起こそうと近付いたとき、涙の跡に気付く。
――また、泣かせてしまった。
「……季、起きて」
軽く揺らすと瞼が震えて、ゆっくりと綺麗なハニーベージュの瞳が現れる。
「ん……ぅ……、れおくんだ……おかえりぃ」
その瞳が、俺のことを映した瞬間。表情はふにゃりとほころんだ。
――かわいい。
「遅くなってごめんね……それに、こんなごちそうまで用意してくれてありがとう……嬉しい」
「えへへ……よかったぁ」
嬉しそうに微笑む姿が、愛おしくてたまらない。
――だめだ、かわいすぎる。
俺は惹き寄せられるように、その唇にキスを落とす。
唇同士がふれあった瞬間。幸せがぶわぁーっと脳内に広がって、俺の中で足りなかったものが完成したような気がした。
あまりにも季が俺の中で不足しすぎて、体が勝手に目の前の愛おしい人を求めてしまい、キスを止められない。
「……んっ、れ、おくん……っぁ」
手で両耳を塞げば頭の中に音が響くのか、あまい声が溢れる。
俺はその声をもっと聞きたくて、さらにキスを深くした。
「……ん、……ふ、ぅ……」
限界がきたのか、胸の辺りを軽く叩かれる。だがその手に力なんて入っていなくて、殆ど撫でるような感じ。
混ざりあって飲みきれなくなった唾液が、季の口の端を伝う。
親指で拭ってあげれば、とろりとハニーベージュが、甘そうに蕩ける。
「……れおくん……ごはん、たべないの……?」
――正直……離れがたい……だけど、作ってくれたごはんも食べたい。
「……食べる」
「ふふ。僕、これ温めてくるね」
先程までまとっていた色気は一瞬で霧散し、嬉しそうに笑った季はぱたぱたとスリッパを鳴らして、キッチンの方へと走っていった。
◆
「「いただきます」」
久しぶりに、二人で囲む食卓。美味しくて、温かくて。
穏やかで、幸せな時間――。
目の前には、大好きでたまらない玲桜くんの姿。大きな口で美味しそうにご飯を頬張るのを見ていると、寂しかった感情なんてどこかに消えちゃって。
だけど……さっきのキスが、頭から離れない。ふれあったところから幸せが流れ込んでくるみたいな、ふわふわと空を雲のように揺蕩う感覚。
キスをしたときに幸せホルモンが、ぶわぁーっと分泌されるあの感覚をもっと味わいたくて。
僕が作ったご飯を咀嚼する整った唇から、目が離せなくなってしまう。
——食事をしている姿が官能的、なんて言ったのは誰だったっけ……。
だけど僕は今、それにすごく共感してしまっている。
「季、俺のこと……見すぎ。穴あいちゃいそう」
突然射抜かれた視線と、発された言葉を理解した瞬間。
首から上が、急速に熱くなった。
「なっ……っ」
箸を置いた玲桜くんは、手を合わせてきちんとごちそうさまをすると、すっと立ち上がって僕の方へと向かってくる。
「季、片付けは後で俺がやるから、先に充電させて」
そう言って背中と膝裏に手を入れられて、抱き上げられた。
そのまま寝室へと運ばれて、ベッドへそっと降ろされると僕の視界は玲桜くんだけになる。
「ずっと季にふれたかった」
優しく抱きしめられて少し余裕のない声音が流し込まれると、目頭が熱くなってしまう。
――本当は、すごく……寂しかった。
このままずっとひとりだったらどうしよう……とか、離れている間に気持ちが離れちゃったら……とか、そんなことをいっぱい考えてた。
僕なんかには勿体ないほどの幸せな日々を失ってしまうのが、怖くて……。
玲桜くんのいない世界で生きていく自信がない僕は、ずっと不安に押しつぶされてしまいそうだった。
「泣かないで、季」
だけどそんな不安は杞憂だったのだと思い知らされるほどに、玲桜くんが向けてくれる視線はあまくて。
大きな手で頬にふれられて、親指でそっと涙を拭われる。
そっと瞼を閉じると、そこへ優しいキスをひとつ。
瞼へのキスの意味は「憧憬」や「深い愛情」という意味を持つらしい。
愛情がふれあったところから流れ込んて来る感覚と、安心感を与えてくれる愛撫によって夢の中にいるみたいに、ふわふわと幸せに浸る。
——どうか叶うなら……この腕の中に一生閉じ込めて。
——世界でただひとり、僕だけを愛してほしい。
そんなことを願い、僕は玲桜くんの熱に溺れたのだった――。
