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映像脚本『泳げないくせに。』


色々な経緯が繋がり『泳げないくせに。』というタイトルで、以下のあらすじでストーリーを書く試みをすることになりました。映像脚本です。

構想と執筆で計6時間30分ほどです。


浮き輪なんて、ないんだよ

「人魚になったら、
    もう戻ってこなくていいよね」

夏の終わり、そう言って海へ通い始めた泳げない彼女を、私は毎晩カメラに収めた。
これはただ、私の友達が人魚になるための記録。

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【登場人物】

桐絵 キリエ
里子 サトコ

雅人 マサト
志郎 シロウ
武雄 タケオ
夏希 ナツキ
和哉 カズヤ

○島・昼・海辺

女子高校生の桐絵と里子は、学校終わり、制服姿のまま海沿いの岩場に腰掛けている。桐絵は遠くを見ていて、里子は比較的近場を写真に撮っている。

桐絵「……なぁさとちゃん」
里子「なに?」
桐絵「……こん島さみーんな爆発させるちゆうたら、どんくらい爆弾いると思う?」
里子「……何ゆーちょんのきりちゃん」
桐絵「大して広くもなかよ?情報戦じゃったらじーさんばーさんよりうちらの方が圧倒的につよか。きっと調べりゃ色々つくり方とか出てくるき、ばばばばーちつくって、べべべべーち置いたら、ぼぼぼぼーちみんな吹き飛ばせると思うわ」
里子「んなことして、うちらはどーする?」
桐絵「抜け出すんよ。一緒に」
里子「抜け出して、どーするん?」
桐絵「んなの抜け出してから考えれば良か。どっかに行きたいんじゃなくて、こっから抜け出したいんや」
里子「……爆弾は、作れんと思うわ」
桐絵「えー、そうかぁ……」
里子「それに、きりちゃん泳げやんもん。島みんな吹き飛ばしたら、漁船も筏もみーんな粉々や。……浮き輪かて無いよ?」
桐絵「分かっとる。てか、さとちゃんも泳げやんでしょ?」
里子「泳げやんけど、きりちゃんほどじゃないわ」
桐絵「……うちがトンカチじゃなきゃ良いんに」
里子「トンカチじゃのうてカナヅチよ。きりちゃん」
桐絵「……一緒じゃ」

波風が二人を仰ぐ。桐絵はややは不服そうな顔。

桐絵「……なぁさとちゃん」
里子「なに?」
桐絵「こん前な、釣り始めてん」
里子「また趣味増やしたん?」
桐絵「釣り番組やっててん。んでね、めーーっちゃおっきいマグロ釣ってて、ビビビって来ちゃったんよ」
里子「おっきいって、どんくらい?」
桐絵「うちの父ちゃんのあくびくらい」
里子「……全然ピンと来んわ」
桐絵「でなでな、やっぱ形から入るのが良いち思ったんよ」
里子「まーたや。何万回ち聞いたもん。きりちゃんは形から入って実が詰まる前に飽きるでしょ。分かっとるよ」
桐絵「ねぇ、最後まで聞いてや」
里子「聞くよ?だってきりちゃんの形から入るは次元が意味分からなくて好きやもん」
桐絵「まず釣り道具のセットと、中古の漁船買い取ってもらった」
里子「ほら。……いないよ?釣り形から入るーって言って、早速漁船買う人」
桐絵「父ちゃんがこんくらいならち言うたんじゃ」
里子「きりちゃんとこは地主やし、人望もあるからね。今も続いてるの?」
桐絵「釣れない時間あんのが有り得んち思って、やめた」
里子「いちばんの醍醐味をよく有り得んち言えるな。よう形からでも扉叩いたわ」
桐絵「海にいる全魚を真横移動にしてやろうかと思ったわ」
里子「怖いじゃろ。横にスライドしてく魚」
桐絵「なーんも無いわ。今のうちが楽しめるもんは、今のこん島にゃなーんもない。……さとちゃんはええな。写真が好きで。カメラマンさんになるの?」
里子「別に、そこまででは無いよ。でも、カメラの方が目が良いんよ。うちとかきりちゃんの目よりも、よっぽど綺麗じゃ」
桐絵「ふーん。……ちょ、撮らして」
里子「え?」

里子、桐絵にカメラを渡す。
桐絵は里子を撮る。

里子「うわっやめてっ」

桐絵、もう一枚撮る。

桐絵「へへ。……お、意外と良い」
里子「もう、返して」

桐絵、海を眺める。里子はカメラのレンズを拭く。

桐絵「……なぁさとちゃん」
里子「なに?」
桐絵「これまで誰も思い付かんかった、究極の選択ちのがあるんじゃけど、聞く?」
里子「……聞くまで引かんじゃろ」
桐絵「……別に?」
里子「じゃあ遠慮しとく」
桐絵「ほーん。……後悔せん?」
里子「ほれ言うたち。なーにもう」
桐絵「へへ。……不老不死の薬ちのがあったら、飲む?飲まん?」
里子「……度肝二枚抜きされるくらいスタンダードな質問じゃな」
桐絵「え、そうなん?」
里子「うん」
桐絵「てことは、うちはスタンダードちこと?」
里子「理論上そうかもしれんけど、絶対に認めたくないわ」
桐絵「ふーん。んで、どっち?」
里子「いや、うちは飲むよ」
桐絵「あ、飲むん」
里子「だって、生きれるもん。それ、他の人はどんどん死んでくき、いずれ世界が滅亡してもずーーっと独りぼっちみたいなやつじゃろ?でも、そんな世界の破滅みたいな日の前に、もっと薬作れるち思うもん。多分独りぼっちにはならん。それに、薬飲まんくても、きりちゃんはなんとなく生きそうやもん」
桐絵「……うちは嫌やよ?」
里子「ええ?」
桐絵「なーんにも抗わんと、自然に死にたいわ。うちゲームでチート使うやつ嫌いなんよ」
里子「チートかぁ……人類のアプデじゃと思うけどな」

間。波風が再び二人を仰ぐ。

桐絵「……なぁさとちゃん」
里子「なに?」
桐絵「……うち、人魚んなりたい」
里子「今日は絶好調やな、きりちゃん。不条理のオンパレードじゃ」
桐絵「島の逸話、知っとるじゃろ?」
里子「外から来た兄さん好きになった女が島を抜け出そうとして、村の神の怒り買って人魚んなった〜うわぁ〜、ちやつやろ?ほぼリトルマーメイドのパクリじゃ」
桐絵「んで、村から追放されて、本土に行ったんは良いけど、好奇な目で見られて追われて、結局夜の海でずーーっと彷徨っとる。んで、島で起きる嵐はその人魚の呪いじゃーちやつ」
里子「きりちゃんは、そうなりたいんか?」
桐絵「父さんは、絶対にうちを島から出したがらん。港の人に手回しして、意地でもうちを船に乗させん。……でも人魚んなったら、もう戻って来なくて良か。海は広いき、ふらふら彷徨ってれば、友達くらいできるち」
里子「……泳げやんくせに」
桐絵「人魚んなったら泳げるし」
里子「そう?人だって、最初っから歩けるわけじゃなかよ?多分、尾鰭ついても最初はむずかしーよ?きりちゃんクロールもできんのやもん。きっと無理じゃ」
桐絵「んなの、人魚んならんと分からんよ?」
里子「じゃあ、人魚なる?」
桐絵「良いよ」
里子「いや、良いよて……なろーちおもてなれんよ?人魚は」
桐絵「なれるもん。夜の海で外から来たお兄さんと会って、島の神様の怒りを買って呪われるだけやもん」
里子「きりちゃん、『だけ』って言葉知らんじゃろ?」
桐絵「ええの。なれるもん」
里子「てか、チート嫌いなんやろ?全然自然じゃなかよ?人魚て」
桐絵「でも……いきなりなるんかな。人魚」
里子「え?」
桐絵「ある日急に、ぽんって尾鰭が付くん?その切り替わる瞬間はどうなってるん?一瞬、下半身ち概念を消すんかな。それとも、アンパンマンが頭交換するときみたいに、ひゅーーんがちんぐるぐるぐるぐるーばしーんって、勢いで誤魔化すんかな」
里子「……徐々にとかじゃないん?」
桐絵「どっちから?足の先から?腰元から?」
里子「そりゃ、腰元じゃろ。足元からじゃと、足先だけ繋がって鰭んなって、足の真ん中はそのまんまで……安全ピンみたいな時間が出来ちゃうよ?」
桐絵「……真理やな」
里子「なんの?なんの真理なんこれ」
桐絵「冴えとるな。さとちゃん」
里子「これって冴えとるん?」
桐絵「……なぁさとちゃん」
里子「なに?」
桐絵「良いこと思いついたよ」
里子「……世界中の純粋な言葉ん中でいちばん信用できんわ、きりちゃんのそれ」
桐絵「これから毎晩、夜の海で泳ぎの練習するき、カメラ持って付き合ってや。一石四鳥くらいの得策や」
里子「……どゆこと?」
桐絵「まず、うちは夜の海で外から来るお兄さんを待てる。その人が来んと、そもそも神様呪ってくれんもん。んで、いざ人魚んなったときのための泳ぎの練習が出来るき。ちゃーんと後のこと考えとるんよ」
里子「夜の海で泳ぐん?危ないよ?」
桐絵「形から入る方がええの。んで、毎日その様子をカメラで撮るんよ。そしたら、うちの体の変化が分かるき、だーんだん人魚になるんか、急になんか分かる。んで、さとちゃんはおんなじ被写体でずーと撮るんやから、カメラが上手くなる。これで一石四鳥じゃ」
里子「……なんかうちが得するの一鳥しかなかったよ?」
桐絵「あれ?……ああ、まちごうた。五鳥目があるわ。それはさとちゃんにあげる」
里子「なに?」
桐絵「人魚の肉って、食べたら不老不死になる言うん、知ってる?」
里子「まぁ」
桐絵「うちが人魚んなったら、いつかさとちゃんに、うちの肉食わしたる」
里子「……急に気色悪ぅなってきたわ。んなホラー展開にせんといてよ」
桐絵「ホラーちゃう。ファンタジーやファンタジー。不老不死んなって、生きたらええき」
里子「えー……」
桐絵「な?さーとちゃん」
里子「……うそやろ……」

戸惑いと自信をまとう二人の後ろ姿越しに、波がうねりをつける様が見える。

里子の声「……なんで、きりちゃんはこんな楽しそうなん……自信たっぷりなん。……泳げやんくせに」

『泳げないくせに。』

○島・夜・砂浜

里子は、やや面倒に思いながら、カメラを提げて砂浜へと歩く。すると、そこそこ距離が離れたところから、里子を呼ぶ声がする。

桐絵「さーとーちゃーーーん‼︎」
里子「……いたわ……」

里子、やや駆け足で桐絵のもとへ向かう。
桐絵は、ラッシュガード姿で、意気揚々としていた。

桐絵「押忍」
里子「押忍。……本当に泳ぐん?」
桐絵「うん。大丈夫。今夜の波は穏やかき」
里子「……やっぱ危ないよ。溺れたりしたらどうするん?」
桐絵「浅いとこでやるき。さとちゃんに写真撮ってもらわなきゃやし」
里子「そっか……えてか、ラッシュガードなん?」
桐絵「うん。流石に寒いもん」
里子「でも……足元、写真撮れんよ?」
桐絵「あ。……ちょい待ってて」

桐絵、ラッシュガードの足元を強引に捲る。

桐絵「これでどやっ」
里子「……ガッツリださいな」
桐絵「ラッシュガード着てる時点で見映えなんか気にしてないよ」
里子「確かに」
桐絵「よし。……じゃ、一日目の写真。おなしゃす」
里子「はいはい……」

里子、写真を撮る。
桐絵、近付く。

桐絵「どう、どう、どう、どう?」
里子「ちょ、近い。てか、まだ初日やし。お兄さんにも会ってないき、普通の足よ」
桐絵「そうかぁー。……じゃ、泳ぐか」
里子「きりちゃんって、バタ足もできんのやっけ」
桐絵「ん?……顔に水つけるのもできんよ?」
里子「……きりちゃんには敵わんわ」

里子、カメラを下ろして、桐絵のもとへと向かう。

○島・昼・里子の家

里子が、家で一人、窓の外の海を見ている。机の上には、それまでに撮ってきた桐絵の写真が並んでいる。

里子の声「あれから二週間近く、うちときりちゃんは、真夜中の海で、写真を撮っては泳ぎの練習をするのを繰り返した。飽き性のきりちゃんにしては、そこそこ続いとる方で、内心少し感動してた。でも、夜に家を抜け出しとることがきりちゃんの父ちゃんにバレて、しばらく夜の海には出とらん。きりちゃんの家は無駄にお金持ちで、きりちゃんが夕方以降に抜け出そうちしたら、ブザーがなるようになったらしい。うちはと言うと……大して干渉もせん親じゃき、普通の波穏やかな日常になっとる。けど、いっつもきりちゃんの荒波に飲まれとったき、もう、穏やかなんが逆にソワソワして……末期じゃ。きりちゃん末期。いつも通りちのができたんが、いつも通りじゃないき、何すりゃええかも全く分からん。……今この瞬間に、ちょっとだけきりちゃんの腰元に鱗ができとるかもと思うと、吹き出しそうになるんと同時に、カメラで収めたいち思ってしまうわ……」

退屈そうな表情を浮かべる里子の前で回っていた扇風機が、急に勢いを弱めて止まった。里子は怪訝そうにその方向を見る。

里子の声「うちの扇風機が壊れたんは、その日じゃった」

窓の隙間から、波風が入る。
その瞬間、インターフォが鳴る。

里子はそそくさと玄関の方へと向かう。
扉を開けると、そこには桐絵がいた。

里子「お、きりちゃん。どした?」
桐絵「さとちゃん。大事件じゃ」
里子「なによ」
桐絵「……来たんや。うちを人魚にしてくれる、兄さんが」
里子「……え?」
桐絵「とりあえず来てっ」
里子「え、うわぁ!ちょ!」

戸惑う里子を気にも留めず、桐絵は腕を引っ張る。

○同・港

港の休憩所の中には、男らしいがっちりした体格の金髪の男と、それと対をなすような生真面目そうな黒髪の眼鏡男がいた。

里子と桐絵は、中の様子が分かるあたりまで走ってくる。

里子「あん中にいるんは……きりちゃんの父ちゃん、と……」
桐絵「雅人さん。父ちゃんの弟」
里子「叔父さん、ちこと?」
桐絵「そう。本土の方いたんじゃけど、仕事で長い休み取れたー言うて、帰ってきたんじゃ」
里子「……あの感じじゃ、仲は悪そうやな」

休憩所の中。

志郎「……何しん帰ってきた。親父に線香はあげさせんぞ」
雅人「何怖くなってんだよ兄貴。久しぶりに帰ってきたんだから、もうちょっと柔らかくても良いじゃねぇか」
志郎「ふらふら遊んだ挙句に、なんも言わんと出ていきやがって……どれだけ迷惑だったか……」
雅人「だから、それは悪かったって。けど、どうせ相談しても止めただろ兄さんたちは」
志郎「くせぇ訛り付けてきやがって……うちでは泊まんなよ。野宿でもしてろ」

志郎、休憩所から出る。桐絵と里子と出くわす。

志郎「……桐絵。雅人にゃ寄るなよ。……里子ちゃん。近くで見ててやってくれ。アイツが近寄ったら、テキトーに済ましときゃ良か」
里子「……分かりました」

志郎、その場から去る。その姿を確認してすぐ、桐絵は休憩所に駆け込む。

里子「え、ちょっときりちゃん!」

休憩所の中。

桐絵「雅人さん!」
雅人「おお!きりちゃーん!元気しとった?」
桐絵「しとった、しとった!雅人さんは相変わらず不健康そうな外見やな。変わらんくて安心した」
里子「どっち?それ」
雅人「あ、きりちゃんのお友達?」
里子「里子です」
雅人「こんにちは。雅人です。仲良くしてやってくれな」
里子「あ、はい。もちろん」
桐絵「なぁなぁ、雅人さん。お願いがあるんじゃけど」
雅人「おお?きりちゃんのお願いはまともなんがきた試しが無いからなぁ。合ってる?」
里子「はい。合うてます」
雅人「なに?お願いって」
桐絵「うちを人魚にしてほしい」
雅人「言わんこっちゃないな」
里子「言わんこっちゃないですね」

○同・飲食店の外席

桐絵、里子、雅人が三人でご飯を食べている。

雅人「……んで、夜の海で泳いでたのか」
桐絵「でも、父ちゃんに見つかって止められた」
雅人「そーりゃそーだよ。子どもが毎晩海で泳いでたらそりゃそうなる。兄さんは正しい」
桐絵「けど、うち本土の方さ行きたい。……連れてってくれん?雅人さんはそうだったんじゃろ?」
雅人「ん〜……参ったな。人のこと言えねぇから、説得しようにも説得力が無さすぎる。里子ちゃんはどう思う?」
里子「うち?うちは……正直、きりちゃんがしたいようにしたくれればそれで良か。うちは、別にこん島嫌いじゃなかよ。でも、きりちゃんには狭すぎるち思っとった」
雅人「……きりちゃは、なんで島を出たいの?」
桐絵「……しあわせを見つけたいき」
雅人「今はしあわせじゃないの?」
桐絵「しあわせや。さとちゃんもおるし、海に行くんも山に行くんも好きや。けど……一個のしあわせしか知らんのは、しあわせじゃなか」
雅人「……里子ちゃんも、人魚になりたいの?」
里子「うちは別にならんでよかです。うちはこん島好きじゃき。いくら狭いち言うても、カメラが見とる世界は別もんじゃ。二つも世界が手元にあったら、みんな見切れん」
雅人「……きりちゃん。都会は、ひっろーい海みたいな場所なんだよ。今君らが島から見てる海より、もっと広い。んで、もっと怖い。危ないヤツもたくさんいるしな。みんな独りぼっち。みーんな彷徨って生きてるようなとこだ。それでも良いの?」
桐絵「……ええ。その方がええわ」
雅人「学校はどうするの?」
桐絵「知らん。どうにかなるよ」
雅人「また……どれだけの大人に迷惑かかると思っとるの?」
桐絵「お、訛り戻ってきたね」
雅人「そりゃこんな喋っとったら戻るわ!……少なくとも俺はめーーっちゃ迷惑かけたわ。兄さんに殺されてないのが夢みたいち思うくらい。……もう、島には戻れんかもよ?」
桐絵「……良か。戻れんくて良か」
雅人「……三日後じゃ。俺が島を出る三日後、夕方の便。それに乗るぞ」
桐絵「ほんと!?」
雅人「もう腹据えとんのじゃろ?ここで止めても、いつか本土まで泳ぐ言いそうで危なっかしいわ」
里子「けど、雅人さん。今、きりちゃんは夕方以降に家出られん。それにきっと、船乗りさんたちにも手回しして、乗せんようにしとると思う」
雅人「そこをなんとかするんが、俺らからの鼻向けやな。里子ちゃん」
里子「え?」
雅人「夏休み、まだ終わらんよな」
里子「え?まぁ……うん」
雅人「里子ちゃんとこの親は?厳しい?」
里子「別に……放任主義というか」
雅人「ほな、親に、三日後俺にくっついて本土行ってくるち言うといて」
里子「……分かった」
桐絵「どうやるん?」
雅人「脱獄の次は脱獄幇助じゃ……任しとき」

○島・夜・桐絵の家

桐絵と志郎が晩ご飯を食べている。

志郎「……今日、昼雅人と食うたらしいな」
桐絵「……地獄耳やな」
志郎「近寄るな言うたじゃろ。危なっかしい。もう喋んなよ」
桐絵「分かったよ……」

間。

桐絵「そういやさとちゃん、雅人さんにお願いして、三日後本土に行くらしいわ」
志郎「え?里子ちゃんが?」
桐絵「一回行ってみたいーち言うたら、雅人さんが案内してくれるて。次の日には帰ってくるみたい」
里子「アイツは全く……里子ちゃんに、くれぐれも気付けろち言うとけ」
桐絵「分かった。……なぁ、父ちゃん」
志郎「なに」
桐絵「うちも、着いてったらだめ?」
志郎「はぁ?ダメに決まっとう」
桐絵「お願いや。うちも一回くらい行ってみたい。絶対次の日には、一緒に帰ってくるき」
志郎「……お前は雅人とよう似とる。……おんなじ目をあんときも見た。……絶対に行かせん」
桐絵「んー、ダメ?」
志郎「ダメじゃ。……あんな、桐絵。向こうは怖いで。島とは、別の国みたいじゃ。……親の気持ちも分かっとくれ」

志郎は、その後黙々とご飯を食べ続ける。

深夜になる。桐絵は布団で寝ている。志郎は、扉の隙間からその様子を見ている。

どこかに電話をかける。

志郎「……あ、もしもし。武雄さん?たぶん、三日後の夕方の便、あぁ、そうそう。雅人が取っとるやつ。それ、近いうちに雅人が追加でチケット取るち思うんじゃけど、そしたら、何枚取ったか教えてくれ。……あぁ、頼むわ。すまんね」

○島・昼・里子の家

三日後になる。里子は、 姿見の前に立ち、緑のシュシュで髪を結う。

○同・路地

雅人が、地元の悪友を連れて酔っ払って歩いている。

友人「お前今日帰るんだろ?酔いすぎじゃろ〜」
雅人「ええち、ええち。これでも島ん男の端くれじゃ。船には慣れとる」
友人「ほんとか〜?船でも酔うて吐くんじゃねぇの?」
雅人「いーやいやいやいや大丈夫じゃて。……あ、そうじゃ武雄さんの電話番号知っとる?港の。追加で一枚チケット取りたいんじゃ」

○同・桐絵の家

志郎のもとに電話がかかってくる。

志郎「もしもし……あぁ、そうか……一枚じゃったか。助かったわ、あんがと」

志郎、安堵のため息をつきつつ、のんびりとする桐絵を見る。

インターフォンが鳴る。

志郎「はーい」

志郎が出ると、里子がいた。

里子「こんにちは」
志郎「おお、里子ちゃん。聞いたで。雅人と本土行くんじゃってな。気付けな」
里子「あ、はい。向こうに友達がおるんで、そこに泊めてもらいます」
志郎「おお、そうか。……で、どした?」
里子「あの……きりちゃんに、お見送りしてもらえんかなて。一泊言うても、はじめてで怖いき」
志郎「あぁ……」
里子「ダメですかね」
志郎「……桐絵!桐絵!」
桐絵「なにー?」
志郎「里子ちゃんが、見送り行って欲しいんじゃて」
桐絵「さとちゃん?」

桐絵、玄関まで出てくる。

桐絵「お。押忍」
里子「押忍」
志郎「……夕方じゃろ?」
里子「あ、はい」
志郎「もうすぐじゃ……桐絵。支度し」
桐絵「あ、うん。待っとって」

桐絵、部屋に戻っていく。

志郎「……じゃ、一旦閉めるで」

志郎、扉を閉める。桐絵が部屋に入ったのを確認してから、再び電話をかける。

志郎「……あ、武雄さん?これから、見送り言うて桐絵がそっち行くんじゃけど……絶対に乗せんなよ?乗せんのは里子ちゃんじゃ。緑のシュシュしとった。ああ、頼む。え?……いや、俺は行けんよ。……まだ、距離感ちゃんと分からんき。娘に鬱陶しい父親ち思われたくないじゃろ!……頼むわ。桐絵乗せんかったらええき」

志郎、電話を切る。

桐絵、姿見の前で、赤いシュシュで髪を結う。

○島・港・夕方

雅人が、船乗りの武雄と話をしている。そこへ、制服姿の桐絵と里子がやってくる。

雅人「お、来た。おーーい!」

二人、大きく手を振る。
近寄る。

雅人「んじゃ、よろしゅう」
里子「よろしゅう」
武雄「じゃ、良い旅をな。里子ちゃんも。気ぃ付けて」
里子「はい」
武雄「桐絵ちゃんも、偉いな。お見送りなんて」
桐絵「さとちゃんは、一番の友達き」
武雄「そうか。……あと十分くらいあるき、もうちょい待っとってな」
里子「はい」
雅人「あ!武雄さん。一個、折入って頼みがあって」
武雄「え?」
雅人「まぁまぁまぁまぁ、こっちこっち」

雅人は、二人に背を向けさせるように武雄を誘導し、内緒話を始める。

雅人が話している間に、桐絵と里子はシュシュを交換する。

雅人「いや実は、流石に兄さんに迷惑かけすぎちまったと思っとってな……悪いて思っとるんよ。んでな……」

里子「……元気でな。きりちゃん」
桐絵「うん。元気にしとる。さとちゃんも、カメラ大事にしやよ」
里子「うん。うちは、本土までいつでも行けるき」
桐絵「待っとるよ」
里子「……大丈夫?」
桐絵「大丈夫じゃ。泳ぎの練習もしたしな〜。都会の海もすいすいーちいけるわ」
里子「……しあわせ、なれる?」
桐絵「……なれるよ。人魚んなれるんやもん。これほど幸せなことは無いわ」
里子「……いつか、きりちゃんの肉食わせてな」
桐絵「食べに来てな〜」
里子「へへ……あ、一枚撮ってええ?」
桐絵「うん」

里子、桐絵を撮る。

里子「うん。……良か」
桐絵「そっか……じゃ」
里子「うん。……じゃ」
二人「……押忍!」

二人は、手を合わせ、桐絵は船に、里子は砂浜を引き返す。

雅人「……まぁ、てことだから。多分船が戻ってきたくらいで受け取れるから。頼むよ」
武雄「ああ、分かった分かった。渡しておくわ」
雅人「頼むで」

二人は振り返る。しかし、目の前に二人はいない。

武雄「あれ……しもたか?」

武雄は周りを見渡す。すると、赤いシュシュで髪を結った制服姿の人物が遠ざかっていくのが見える。

武雄「あぁ……良かった良かった」
雅人「んじゃ、行こか」
武雄「おーし」

二人は船に乗り込む。

雅人は中に入り、顔を見せず横になっている『里子』のもとへ。武雄は、緑のシュシュを確認して、操縦室へと向かう。

船は出航する。
エンジン音を聞き、赤いシュシュをつけた里子は、船の方を振り返る。

里子「人魚んなったんやな。きりちゃん」

船の中。横になっている桐絵は、微笑みながら雅人と顔を合わせる。

桐絵「へへ……上手くいったな」
雅人「ああ……上手くいってもうた」

○同・里子の家

里子は、玄関を開ける。里子の母親が声をかける。

母親「あれ?あんた船は?」
里子「ああ、きりちゃんに譲った」
母親「あ、そう。父ちゃん今日帰り遅くなるち言うてたから、晩ご飯父ちゃんの分食べてー」
里子「はーい」

里子は、さっき撮った写真を見る。

里子「……びっくりするくらい人間」

○本土・夜・港

船が港に着く。武雄は客席の扉を開きにいく。

武雄「着いたで〜」

武雄が扉を開くと、雅人と、雅人の上着を被った人物が駆け抜けて降りてゆく。

雅人「武雄さんあんがと!助かった!」
武雄「あ?……ちょ、あんたちょ待ち!里子ちゃんじゃろ!?里子ちゃん!!」

武雄は何かに勘付き、必死に追いかける。
桐絵は途中で上着を取り、雅人と都会の海に入っていく。

二人は、武雄を撒く。

雅人「はぁ……はぁ……」
桐絵「はぁ……」

桐絵は緑のシュシュを取り、それを間にして雅人とハイタッチをする。

雅人「……ほんとに、良いん?」
桐絵「……一人で生きたいんじゃうちは!人魚んなるんじゃ!……都会の海、彷徨ったるよ」
雅人「溺れんか?」
桐絵「大丈夫じゃ。さとちゃんと、泳ぎの練習したんじゃ。きっと大丈夫」
雅人「人魚か……全然足生えとるけどな」
桐絵「ええの。人魚ちのは、みんなの心ん中にいるもんやもん!」
雅人「フハハ!」

雅人、思わず吹き出し、軽くゲンコツを打つ。

雅人「しょっぼい結末やな。打ち切り漫画か。……頑張って泳げ。海坊主に足取られんなよ」
桐絵「あったりまえよ。……お世話になりました」
雅人「……俺は、ますます島に帰れんな」
桐絵「それでええよ。雅人さんも、人魚じゃ」
雅人「俺も?……男の人魚もいるんか」
桐絵「いるいる」
雅人「へへ……」

夜の街灯が二人を照らす。奥には、魚の群れのように多くの人が行き交っている。

○島・翌朝・港

志郎が、頭を下げる武雄の前に立っている。

武雄「……すまん……シュシュで騙したんや……すっかり里子ちゃんと思い込んでもうた……」
志郎「……構わん、……構わん、シュシュの色を言うたんは俺じゃ。……構わん……。なんでじゃ……親父が心配したんも雅人……桐絵が懐いたんも雅人……」

志郎は、歯に強く力を入れる。

志郎「ああぁぁぁ!!雅人ぉぉぉぉ!!!」

泣き叫ぶ志郎の様子を、里子は遠くから見ている。

里子の声「しあわせち、なんや」

シャッターを切る音が鳴る。

○六年後・本土・夜・スナック

『スナックなつき』の店内。ママの夏希は、マイクに向かってウルフルズの『笑えれば』を熱唱しており、大半の客はそちらに釘付け。カウンターに座っていた客の和哉は、コップを洗う桐絵に話しかける。

和哉「夏希ママは、本当に色んなことがあったんだよ。……今ああして笑ってるけどね。悪い男に引っかかったり詐欺に遭ったり……けど、ずーーっと笑ってた。……強い人だね」
桐絵「ほんとに。尊敬します」
和哉「……桐絵ちゃんは?どうなの?」
桐絵「え?」
和哉「こっち出てきて六年目くらいだっけ?ママから、島の出身とは聞いたけど。なんでこっち出てきたの」
桐絵「えー、なんだろ……まず、私に島は狭かったんですよ」
和哉「おぉー。良いねぇ。それで?」
桐絵「でも、うち親が地主というか。そこそこ厳しいし、島全体に顔がきくので、全然島から出してくれなくて。……里子ちゃんって友達がいるんですけど。その子の家は結構フリーというか。うちと真逆で。それなのに、里子ちゃんは島が好きだから。交換したいなーとか思ってました」
和哉「へぇー。でも、どうやってこっちに?厳しかったんでしょ?」
桐絵「えっと、雅人さんっていう親戚の人がいて。その人と里子ちゃんに協力してもらって、スリリングに脱出しました」
和哉「えぇーなにそれ。超気になるんだけど」
桐絵「それはまぁ……また今度?」
和哉「もーーう。そんなん言われたらまた来ちゃうじゃん」
桐絵「んなこと言わなくても来るじゃないですか」
和哉「んー、まぁねー。その里子ちゃんとかとは連絡取れてるの?」
桐絵「まぁ、向こうは島にいるんですけど。インスタ繋がって、一応連絡は取れます。もうあんま喋らないですけど」
和哉「ふーん、まぁ意外とそんなもんよね」
桐絵「今向こうで小学校の先生してるんですよ」
和哉「へぇー。地元で先生って良いね。……こっち来てからは、もうずっとここで?」
桐絵「いや、夏希ママに拾ってもらったのは、二年前です。……最初は、この都会の海で、一人で生きていくって決めて……とにかく、泊まれるところが欲しかったんですけど、ホテルは高いし、ネカフェも、いまいちどんなやつか把握してなくて分からなくて。早速路頭に迷いました。で、しばらく街を彷徨ってたら……大学生の男の人に、うち来る?って」
和哉「ええ?危険でしょわ」
桐絵「そう。危険なんですよ。けど、それまでずっと島にいたってのもあって、もうなんも考えてなくて。溺れかけてるときに、浮き輪を出してもらった気がして。そのまま着いていって……まぁ、ですよねって感じになって逃げ出しました」
和哉「まぁ、下心無いやつは、金渡してネカフェのこと教えるもんな」
桐絵「そのときに叩きつけられました。……浮き輪なんて、ないんだよって。この海じゃ……救いなんて無いって。人魚になったら、もう戻ってこなくていいよねとか思って出てきたけど……早速戻りたくなりました。……あぁー、もう本当にバカすぎる」
和哉「……人魚?」
桐絵「うちの島の言い伝えであったんです。人魚になったら、島から追い出されて、どんな人からも好奇な目で見られて、追われて、結局広い海を彷徨う。……それで十分だって、願ったり叶ったりだって、思ってたんですけどね……甘かった」
和哉「へぇー。そういう伝承的なのって、本当にあるんだね。俺ずっと東京だから、全然無いのよ。そういうの」
桐絵「あれありますよ。島で嵐が起きたら、その人魚の仕業だーみたいな」
和哉「え、呪い的なこと?」
桐絵「あ、そうですそうです」
和哉「ほぇーー。もういかにもじゃん!えじゃあ、桐絵ちゃんが今人魚なら、嵐起こせないの?」
桐絵「えぇー何言ってるんですかー」
和哉「一回、一回やってみようよ」
桐絵「分かんないですって。いや、えぇー?んーじゃあ……嵐〜起これっ!」

桐絵、魔法をかけるような指の動き。

間。夏希ママの歌声と他の客の騒ぎ声が響く。

客「いぇーーい!最高!」
夏希「ありがとー!ありがとー!まじ最高!」

和哉「……なんも起こらないね」
桐絵「ですね」
夏希「久々に歌ったわぁウルフルズ。泣く泣く」
和哉「最高だったよーママ」
夏希「あんたずっと桐絵ちゃんと話してたでしょーがっ」
和哉「いや、聞いてた!聞いてたよ!」

○同・真夜中

夏希がシャッターを閉める。

夏希「いよっし。じゃ、お疲れ様〜」
桐絵「はい、お疲れ様です」
夏希「明日もよろしくねー」

二人は、反対方向に歩いてゆく。

桐絵はスマホを見る。

桐絵「え?」

画面には、島が嵐による津波で、洪水被害に遭っているというニュースが書かれていた。

桐絵「……まじ」

桐絵は急いで里子に電話をかける。

桐絵「……あ、もしもし。さとちゃん?大丈夫?」

○本土&島・夜

里子は、勤務している小学校に避難していた。

里子「あ、きりちゃん?久しぶりやね」
桐絵「うん。……嵐来てるの?」
里子「そう。ちょっと強い。海辺のところはちょっと海水が来ててな。今うちの小学校が避難所になっとる。(生徒が里子に話しかける)ん?大丈夫大丈夫。お父さんお母さんのとこ行っとき……ごめんごめん」
桐絵「ううん大丈夫。先生してるね」
里子「やっぱ子どもは慣れへんよ」
桐絵「今話しちゃってて大丈夫?」
里子「大丈夫よ。うちも避難してる身やし。……訛り、取れたね」
桐絵「え?」
里子「きりちゃんの標準語も慣れんわ。別人みたい」
桐絵「そうかな」
里子「そやそや。こっちで訛りに戻してやりたいわ」
桐絵「えぇー。うちは人魚だよ?もう戻れない」
里子「分かっとるけど……やっぱ、また岩場でトンチンカンな話したいわ」
桐絵「今から泳いでいこっか?」
里子「やめときーや。泳げへんくせに強がらんで良いって」
桐絵「でも、ちょっとは泳げるようになったんだよ?」
里子「そうなん?」
桐絵「水泳教室通い始めたの。水泳選手が使ってるやつ買ったからバッチリ」
里子「相変わらず形からやな」
桐絵「カメラは、続けてるの?」
里子「うん。学校のホームページ作ってな。そこに載せる写真とか撮ってる」
桐絵「うん……良かね」
里子「おっ。訛った。本性が出たな」
桐絵「今のはわざと」

里子の電話の先から、別の先生の声が聞こえる。

先生「里子先生!ちょっと良かですか!」
里子「あ、はい!……じゃ、うちは大丈夫やから。頑張ってな」
桐絵「うん。そっちもな」
里子「押忍」
桐絵「押忍」

桐絵は電話を切る。夜の道を、ふらふらと歩く。

桐絵の声「里子が、海辺でいなくなった生徒を探して津波に巻き込まれたのは、その日の夜だった」

○朝・桐絵の部屋&島

桐絵は、雅人と電話をしている。雅人は島に戻っていた。

桐絵「そっか……まだ見つかってはないのか」
雅人「今警察と消防で探しとる。けど、嵐は随分強かったき……見つかるかは分からん」
桐絵「……生徒、探してたんだっけ」
雅人「結構海近いところまで行って探したって。他の先生は危険や言うたらしいんやけど……」
桐絵「……雅人さん、また訛ってるね」
雅人「ああ、ダメじゃわ。こっち来たら訛っちまう」
桐絵「……父ちゃん、元気?」
雅人「ああ、相変わらず怒鳴っとる。……お前にも怒鳴りたいから、帰ってこいち言うとる」
桐絵「んー、それはどうかな。……うちは人魚だから」
雅人「まだ言ってんかそれ」
桐絵「へへ。……まぁ、考えておくよ」
雅人「……都会の海で疲れたら、戻ってきたらええんよ。みーんな浮き輪になってくれる」
桐絵「……そうね」
雅人「あ、そうだ。里子ちゃんの部屋に、お前の写真がたーくさんあったらしいわ。画像で送ってもろたのあるけど、いるか?」
桐絵「え?あぁ……あのときのか。じゃあ、もらう」
雅人「おう。……まぁ、気張れや。なんかあったら連絡するわ」
桐絵「うん。またね」

桐絵は電話を切る。すぐに通知が来る。高校生の頃の、あの夜の写真が添付されていた。

桐絵は、涙ぐみながら写真を眺める。

桐絵「……何してんの」

間。

桐絵の声「泳げないくせに。」

○島・数週間後・港

桐絵の姿は、数年ぶりに島にあった。
船を出ると、志郎がいた。

志郎「……」
桐絵「……ただいま」
志郎「この、アホんだらが‼︎」
桐絵「……迷惑かけて、ごめん」
志郎「……どうじゃった。都会の海は」
桐絵「……大荒れじゃったわ。浮き輪もないし」
志郎「……ゆっくりしてけ」
桐絵「うん」

桐絵は、志郎につづいて砂浜を歩く。

○同・里子の家

里子の母親が出迎える。

母親「待っとったよ。ありがとうね、わざわざ来てくれて」
桐絵「いえ……この度は、ご愁傷様です」
母親「……どうぞ、上がってください」

中を荒むと、畳の部屋に仏壇があり、里子の写真が立てられていた。

母親「まだ、身体は見つかってないき……里子の帰るところを無くしちゃう気して、内心嫌なんじゃけどね」
桐絵「……これ」
母親「ああ……桐絵ちゃんの写真の中に混ざっとったのよ。あの子、撮るのは好きでも、写るのは嫌な子じゃったから、写真が少なくて……」

桐絵は、海辺の岩場で、里子のカメラを取って強引に写真を撮ったことを思い出す。

桐絵「あんときの……」
母親「どうぞ、線香あげてってください」

桐絵は、仏壇の前の座布団に座り、線香をあげる。
手を合わせる。

間。

目を開ける。

桐絵「……死んじゃったのかぁ……さとちゃん。……結局、一石四鳥になってもうたな」

桐絵の背中は、高校生の頃よりも、随分と小さくなっている。

静かに泣き、涙が手のひらに落ちる。

桐絵「……浮き輪なんて、無かった。あると思って近寄ったら、穴が開いててな。つまんで空気漏れんようにしてただけじゃった。うちが近付いてから指を離して、ぶわーーって、空気が抜けて。……バタバタ泳いで逃げるので必死じゃった。……泳げへんくせに。無茶したわ。……けど、後悔はしてないわ。また向こう戻る。……なぁ、さとちゃん。……水泳教室、飽きてきてん。疲れるわ、あれ。……新しいの始めたいなぁって。……カメラ始めよかな。羨ましかったんよ。さとちゃんのカメラ。綺麗な世界が見える、もう一つの世界が見れるち聞いたとき、ええなぁって思ってん。どんなカメラがええかな。ええやつから買いたいんよ、どう思う?」

桐絵の目の前には、写真になった里子がいる。

桐絵「……会いたいな。さとちゃん」

桐絵は、里子の写真を撮ったときのことを思い出す。桐絵は、二回、シャッターを切っていた。

桐絵「……あの、お母さん」
母親「はい?」
桐絵「さとちゃんの写真、二枚ありませんか?」
母親「あぁ……似たようなのが、もう一枚あったけど」
桐絵「それ、いただいて良かですか?」
母親「え?……あぁ、まぁ」

○島・夕方・港

雅人が港で待っている。そこへ、桐絵がやってくる。

雅人「きりちゃん。久しぶりやな」
桐絵「久しぶり。雅人さん。ごめんな、急に来てもろて」
雅人「それは大丈夫じゃけど……どうした?」
桐絵「……お願いがある」
雅人「へっ……また不穏やな」
桐絵「……さとちゃんを、人魚にしたい」
雅人「……ん、え?」
桐絵「写真。もらってきた。さとちゃん、まだ一回も、島から出たことないき。連れ出して。さとちゃん、うちよりは泳ぎマシじゃき、人魚んなれたら、泳げるち思う。それで海彷徨って、うちらが見つける。うちらがいれば、好奇な目で見られたり、追われることもない。……どう?完璧じゃろ?」
雅人「……また、全く意味わからんこと言うな。きりちゃんは」
桐絵「ダメか?」
雅人「……良かよ。よう分からんけど、楽しそうじゃき」
桐絵「じゃろ?へへっ」

二人は船に乗り込む。

桐絵の声「浮き輪なんて、どこにもない。泳げんくても良か。……ただ海に身を任せて、ぷかぷか浮いとりゃええわ。……これはただ、私の友達が人魚になるための記録。……じゃ」

桐絵「押忍!」

日が沈む。船は、徐々に速度を増し、海を進んでゆく。

雅人「うわびっくりしたっ」
桐絵「案外マヌケやな」
雅人「うるせぇわ」
桐絵「へへへ」

進む船の通った水面に、美しい鰭が一枚、浮かんでいた。

『泳げないくせに。』

【完】

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