私の35年-カセットテープからmicroSDまで-
5月27日は伝説の音楽ユニットZARDのボーカル・坂井泉水さんのご命日です。 毎年この日には東京と大阪に献花台が設けられ、そこには多くのファンが集います。かく言う私も、コロナ禍で献花台が設けられていなかった期間を除いて、ここ10年ほどは欠かさず献花に訪れています。そして、今年も行ってきました。
私がZARDを知ったのは1993年の夏、ポカリスエットのCMで流れていた「揺れる想い」でした。 当時、私は高校3年生。翌年に大学受験を控えていた頃です。この頃の私が音楽を聴く手段と言えば、カセットテープのウォークマンか、自宅のCDラジカセでした。自転車通学で自宅までは10分ほどの距離でしたが、行き帰りの時間はいつも音楽を聴いていました。
ZARDを知るまで一番聴いていたのは、その2年前、1991年の高校1年の時に出会った小泉今日子の「あなたに会えてよかった」です。この曲は小泉今日子自身が主演を務めたテレビドラマ『パパとなっちゃん』の主題歌でした。 私はこのドラマを見ておらず、当初は曲の存在すら知らなかったのですが、友人と心斎橋のヤマハに行った際、友人に「これ、お前が好きそうな曲やで」と勧められて購入したところ、見事にハマりました。それこそ聴いては巻き戻し、聴いては巻き戻しを繰り返し、文字通り「テープが擦り切れるほど」聴きました。
また、高校時代には“マッキー”こと槇原敬之にも大いにハマり、当時はまだ出始めだったカラオケボックスに行ってはよく歌っていました。私は高校2年の頃からアルバイトを始めており、月に自由に使えるお金が5万円近くありました。そのため、8cm(インチ)のシングルCDやアルバムを結構な頻度で買っていたものです。
私がZARDを知った翌年、私は大学受験に失敗し、浪人生活を送ることになりました。予備校までは自転車で20分ほど。その行き帰り、カセットテープのウォークマンで繰り返し聴いていたのが、ZARDの「負けないで」でした。この曲は、前年に購入したZARDのアルバム『揺れる想い』にも収録されていました。日本テレビ系列『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』内のチャリティーマラソンで、出場者のゴール直前に出演者での合唱が始まったのも、ちょうどこの頃だったと記憶しています。
「負けないで」に励まされたおかげもあってか、私は翌1995年に無事大学生になりました。大学へは人生初となる電車通学。片道わずか10分ほどの乗車時間でしたが、私のカバンの中にはいつもカセットテープのウォークマンが入っていました。 その頃聴いていたのは、高校時代からの定番曲に加え、音楽好きの後輩の影響で聴き始めたGLAYなどでした。
そしてこの頃、音楽機器に革命的な出来事が起こります。MD(ミニディスク)の登場です。カセットテープのようにコンパクトでありながら、CD並みの高音質。そして何より画期的だったのは、曲の頭出しの際に「巻き戻す必要がない」ということでした。
大学2回生の冬、私は自動車の運転免許を取得し、我が家でも車を購入することになりました。同時期に友人たちも相次いで車を持ち始め、音楽を聴く空間として「車内」という選択肢が加わりました。
当時アルバイトをしていた大学生協では、ありがたいことにバイトの身でありながら夏と冬の年2回、ボーナスが支給されていました。私はその年のボーナスが出た際、友人の車で日本橋の電気街にあった「ニノミヤ」に乗り付け、MDラジカセとMDウォークマンを一挙に現金で購入しました。この機器を使って、せっせとCDからMDへのダビングを行い、自分だけのオリジナルMDを制作しました。 とはいえ、そのお気に入りMDに真っ先に入れたのも、やはり「あなたに会えてよかった」であり、ZARDであり、そして浪人中に一聴き惚れして聴いていた中山美穂の「ただ泣きたくなるの」でした。
購入した車には、6歳上の兄のこだわりで、パイオニアの「カロッツェリア」のカーステレオが搭載されていました。しかし、このカーステレオはCDとカセットしか再生できなかったため、私はカセット型のアダプターを購入し、そこにMDウォークマンを接続して車内で聴いていました。
数年後、車に乗ると助手席のグローブボックスの上に、見覚えのない液晶パネルとリモコンらしきものが設置されていました。兄がCDチェンジャーを増設したようです。友人の車のチェンジャーはトランクにありましたが、我が家の車は助手席の下にありました。ただ、チェンジャーに装填されているCDは兄の好みのものばかりだったため、私は相変わらず自分で編集したMDを繋いで聴いていました。
そこからさらに数年が経ち、私は「iPod shuffle」を購入します。当時、通常のiPodはすでに発売されていましたが、4万円ほどする高嶺の花でした。しかし、shuffleは8,000円ほど。ガムほどの大きさで、円形のボタンがついているだけで液晶画面はありませんでした。 これからはCDやMDといった「物理メディア」ではなく、「音声データ」を直接プレイヤーに転送して聴く時代の幕開けでした。説明書を見ながら、例によって「あなたに会えてよかった」やZARD、「ただ泣きたくなるの」をPCから入れていきましたが、正直なところ最初は半信半疑でした。それだけに、プレイヤーに繋いだイヤホンからお馴染みのメロディが聴こえてきたときは、本当に驚きました。時を同じくして、車のオーディオもMD対応のものへと新調しました。選んだのは、やはり信頼のカロッツェリアでした。
そこからまた数年後、私は車を乗り換えました。新しい車にはCDプレイヤーしかついていませんでしたが、この頃はFMトランスミッターで音楽を飛ばしてカーステレオで聴くスタイルが主流になっていました。そして手元のプレイヤーも、iPod shuffleから、小さな液晶画面がついた「iPod nano」へと進化していました。
そしてこの時代になっても、私は変わらず「あなたに会えてよかった」を、ZARDを、そして「ただ泣きたくなるの」を聴いていました。この後、音楽の源はスマートフォンへ、そしてカーオーディオとの接続はBluetoothへと、時代とともに形を変えていくことになります。
スマホで電車での移動中に音楽を楽しむ手段は相変わらず有線イヤホンで、私が初めに使っていたAndroidの2台、それにiPhone 5、iPhone 6にはまだイヤホンジャックがついていました。しかし、次に手にしたiPhone Xにはイヤホンジャックがなく、充電用のLightning(ライトニング)端子にアダプターを繋ぐ形になりました。 この時にはすでにワイヤレスイヤホンも販売されていましたが、左右のイヤホン間は有線で繋がっているタイプが主流でした。しかし、ちょうどこの頃、アップルから「AirPods(エアポッズ)」が発売されます。それは、左右のコードすら存在しない、完全なワイヤレスイヤホンでした。ある時、入院していた友人の見舞いに行ったところ、友人がこれを持っているのを目にし、物欲を刺激されて衝動的に買ってしまいました。 実は当時、私は某外資系流通企業の職員だったため、1割の社員割引を利用して購入しました。それでも15,000円以上はしたと記憶しています。
そこからまた数年が経ち、私は自宅で母の介護をしていました。そして時期を同じくして、世の中はコロナ禍へと突入します。 社会全体の閉塞感に加えて、日々の介護の心労からか、持病の双極症が悪化してうつ状態に陥ってしまいました。すると、スマホに入っている、これまで人生の節目節目で聴き続けてきた「あなたに会えてよかった」やZARDの曲、そして「ただ泣きたくなるの」が、どうしても聴けなくなってしまったのです。これらに限らず、当時の私は明るい曲調のものを無意識に避けるようになっていました。
そんな苦しい時期、私がヘビロテで聴いていたのは、手嶌葵さんの「明日への手紙」でした。この曲は、テレビの歌番組で優勝した高校生の女の子が圧倒的な歌声で披露していたのを聴いたのが、好きになったきっかけでした。
4年前の春、私の人生は新しいステージへと入り、頻繁に外出する機会が増えました。そしてコロナが5類へと移行していくにつれ、世の中の空気も徐々に元に戻っていきました。それに伴うようにして、私のスマホのプレイリストには、「明日への手紙」に加えて、あの「あなたに会えてよかった」も、ZARDも、「ただ泣きたくなるの」も、再び戻って来ました。
ただ、遠出をするときなどにワイヤレスイヤホンの充電が切れてしまうことが度々あり、私は次第にまた有線イヤホンへと回帰していきました。また、音楽を聴くだけならまだしも、曲を聴きながらネットを見ているとスマホ自体のバッテリーがみるみる減っていくことも、新たな悩みでした。
先日、私は音楽プレーヤーと有線イヤホンを新調しました。音楽プレーヤーは液晶画面がなく、操作ボタンだけがついているもので、見た目はかつてのiPod shuffleそのものです。しかし、当時のiPod shuffleと決定的に違うのは、曲をmicroSDカードに保存して差し込む点でした。 パソコンを使って、厳選した50曲ほどをカードに詰め込みました。もちろん、この中には「あなたに会えてよかった」も、「揺れる想い」も、「ただ泣きたくなるの」も入っています。
