雷獣 ―― 落雷とともに落ちてくる怪物、ミイラまで残ってる問題
いやもう、日本の妖怪って種類が多いじゃないですか。
河童、天狗、鬼、座敷童。それぞれ「こういう存在です」という説明がある程度できるじゃないですか。民話の中の存在として、絵本や昔話で親しまれてきた。
でも雷獣、ちょっと違うんですよ。
ミイラが残ってるんですよ。
本当ですかね。
妖怪のミイラですよ。しかも一体じゃない。複数の博物館や寺社に、「雷獣のミイラ」として保存されてる標本が現存してるんですよ。しかも江戸時代の博物学者が詳細なスケッチを残してて、複数の文献に記録が残ってる。
何ですか、その証拠の量。妖怪の話なのに、記録の密度が異常に高いじゃないですか。
河童のミイラも各地に残ってますけど、雷獣はそれに加えて「落雷と同時に目撃された」という生々しい目撃証言が複数あるんですよ。しかも目撃者が一人じゃない。
いやもう、これは「妖怪の話」として片付けていいのか、ちょっと迷う話なんですよ。今日はその話をします。
雷獣って、そもそも何なのか
知らない人のために説明するんですけど、雷獣は日本各地に伝わる怪物で、その名の通り「雷とともに現れる生き物」なんですよ。
落雷の瞬間、空から降ってくる。木に落雷した跡に獣の爪痕が残ってる。嵐の後に奇妙な生き物の死骸が見つかった。そういう形で「存在の痕跡」が語り継がれてきたんですよ。
姿については文献によって微妙に違うんですけど、共通してる特徴があって。
体はイタチやテンに似た細長い形、鋭い爪、尖った歯。全身に針のような毛が生えてる、という描写が多い。大きさはネコくらいからオオカミくらいまで証言によってバラバラなんですが、「細長くて鋭い」という特徴は一致してるんですよ。
本当ですかね。
何ですかその一貫性。時代も地域も違う複数の文献が、似た特徴を描写してるんですよ。
江戸時代の博物学者が本気で調べてた
ここが面白いところで、雷獣の話、江戸時代の知識人たちが「面白い民話だね」じゃなくて、本気で研究対象として扱ってたんですよ。
江戸時代の日本、博物学が盛んだったんですよ。動植物を観察して記録して分類する、という学問が流行してて。平賀源内みたいな人物が出てきた時代で、「世の中にある不思議なものを記録しておこう」という知的好奇心が旺盛だった。
その博物学者たちが雷獣を記録してるんですよ。
いやもう、何ですかそれ。怪談として語り継がれてた存在を、当時の科学者が標本として扱い、スケッチを残し、文献に記録した。
代表的なのが「物類称呼」や「和漢三才図会」などの百科事典的な文献で、雷獣の特徴が絵と文章で記録されてるんですよ。「和漢三才図会」なんか、江戸時代に作られた百科事典で、動物から植物から道具まで幅広く記録してるんですが、そこに雷獣がちゃんと載ってるんですよ。
本当ですかね、という感じがしないくらい真面目な記録なんですよ。
江戸時代の百科事典に載ってる怪物なんですよ、雷獣って。
何ですか、その格式。妖怪図鑑じゃなくて、当時の「ブリタニカ百科事典」みたいな文献に載ってるんですよ。
ミイラが現存している、という話
ここが一番「どうするんですかこれ」ってなる話で。
日本各地に「雷獣のミイラ」として保存されてる標本が複数あるんですよ。
栃木県の寺院に保存されてるもの、福井県の博物館に収蔵されてるもの、個人が所有してるもの。完全に現存してるケースもあれば、部分的に残ってるケースもある。
本当ですかね。
これ、実際に研究者が調べたケースがあるんですよ。
結論から言うと、調べられたミイラの多くは「ハクビシン」「タヌキ」「イタチ」などの既知の動物を加工したもの、または複数の動物の部位を組み合わせて作ったもの、という判定が出てるんですよ。
何ですか、その判定。じゃあ偽物じゃないですか、という話になるんですけど。
ちょっと待ってほしいんですよ。
「既知の動物を加工した」というのは、「実在しない」の証明じゃなくて、「この標本は本物ではなかった」という話で。
河童のミイラも、調べると「サルとサカナを組み合わせたもの」という判定が出るんですけど、それは「江戸時代に作られた見世物用の偽物だった」という話であって、「当時の人々が河童を見た体験が嘘だった」という話じゃないんですよ。
ミイラが偽物でも、目撃証言は別の話なんですよ。
本当ですかね、という問いに「そうなんですよ」なんですよ。
「実際に落ちてきた」という証言の話
ここから目撃証言の話をするんですが、これがまた具体的で。
江戸時代の記録に、こういう話が残ってるんですよ。
落雷と同時に木が裂け、その根元に見慣れない生き物が死んでいた。体はイタチに似ているが、爪が異常に鋭く、毛が逆立っている。近づいた人間が引っかかれて怪我をした。
本当ですかね。
しかもこれ、一箇所の記録じゃないんですよ。東北から関西まで、時代も場所も違う複数の記録に、似た状況の目撃談が残ってるんですよ。
何ですか、その分布の広さ。北海道から九州まで雷獣の伝承が残ってて、しかも「落雷とともに現れる」という共通点がある。
地域も時代も違う人間が、似た体験を記録してるとしたら、全部が作り話とは言いにくいじゃないですか。
「雷獣の正体」候補を検討する
ここで科学側の話をするんですけど、雷獣の正体として挙げられてる説がいくつかあって。
ムササビ説。
嵐の中、木から木へ滑空するムササビが落雷の瞬間に地面に落ちてきた、という説なんですよ。ムササビは夜行性で滑空する、飛んでいるように見える、爪が鋭い。
本当ですかね。
確かに条件が揃ってる部分もあるんですけど、ムササビは日本人にとって身近な生き物で、江戸時代の人間がムササビを見間違えたとは考えにくいんですよ。「これはムササビじゃない何かだ」という認識があったから記録に残ってるわけで。
何ですか、その反論。説として弱いじゃないですか。
テンやイタチが落雷で気絶して落ちてきた説。
嵐の中、木に登っていたテンやイタチが落雷の衝撃で気絶して、木から落ちてきた。それが「空から降ってきた」と見えた、という説なんですよ。
本当ですかね。
これも一定の説得力はあるんですけど、「爪痕が残ってた」「引っかかれた」という証言の説明にはなってる一方、「空から降ってきた」という目撃者の認識を全て見間違いとして処理するのは難しいんですよ。
未知の生物説。
ここが一番ロマンチックで怖い説で。日本の山岳地帯に、まだ分類されていない小型の肉食獣が生息していて、それが雷獣の正体かもしれないという話なんですよ。
本当ですかね。
日本でも新種の生物が発見されるケースは近年もあって、「全ての生き物が分類済み」とは言えないんですよ。山の中に、まだ名前のついてない何かがいる可能性を、完全には否定できないんですよ。
何ですか、その可能性。雷獣の正体が未発見の生き物かもしれないって話、ニンゲンやイッシーと同じ構造の話になってきたじゃないですか。
スケッチの「精度」が気になる
ぼかぁね〜、ここが一番面白いと思ってるんですけど。
江戸時代の雷獣のスケッチ、精度が高いんですよ。
当時の博物学者が描いた動植物のスケッチ、観察に基づいて細部まで丁寧に描かれてるんですよ。植物の葉脈、魚のウロコ、虫の羽の模様。「見たものを記録する」という精神で描かれてるから、現代から見ても正確な描写が多い。
その同じ態度で描かれた雷獣のスケッチが残ってるんですよ。
本当ですかね、という問いはあるんですけど、スケッチを描いた本人たちは「これを見た、だから描いた」という認識で描いてるんですよ。
伝聞で「こういう生き物がいるらしい」と描いたのか、実物を見て描いたのか、判断が難しいんですよ。ただ、当時の博物学者のスタンスとして「見たものを描く」という姿勢があったことを考えると、スケッチの存在は単純に「面白い想像の産物」とも言い切れないんですよ。
何ですか、その曖昧さ。江戸時代の科学者が描いた絵が、答えを出してくれないんですよ。
雷獣と雷神の関係
ここで少し話が広がるんですけど、雷獣と雷神の話、切り離せないんですよ。
日本神話における雷神、雷を司る神様として古来から信仰されてきたんですけど、その雷神のそばに雷獣が従者として描かれてる図像が江戸時代の絵画に残ってるんですよ。
本当ですかね。
つまり雷獣、単なる「怖い怪物」じゃなくて、神様の使い、神の領域の生き物として位置付けられてた可能性があるんですよ。
前に盆踊りや七夕の話でも出てきましたけど、日本の伝承にある怪異や怪物って、単に「怖い」だけじゃなくて、神や自然の力の象徴として機能してるケースが多いんですよ。
雷獣が落雷とともに現れるという話、「雷という自然現象の力を持った存在」として古代の人間が認識してた、という解釈ができるんですよ。
何ですか、その解釈の深さ。怪物の話だと思ってたら、古代の自然観と信仰の話になってくるじゃないですか。
雷は怖い。田畑に落ちれば火事になる、人に落ちれば死ぬ。その雷の力を持った生き物が空から降ってくる、という話の背景に、雷という自然現象への恐れと敬意があったとしたら。
雷獣の伝承は、雷への畏怖の記録でもあったかもしれないんですよ。
結局、雷獣はいるのか
いやもう、最後にこれを言うんですけど。
ミイラは偽物が多かった。スケッチは見たものなのか想像なのかわからない。目撃証言は見間違いの可能性がある。
でも、江戸時代の博物学者が本気で記録した。百科事典に載った。全国各地に似た伝承が独立して存在してる。目撃証言の特徴が時代と地域を超えて一致してる。
本当ですかね、という問いへの答えが「わからない」のまま、何百年も続いてるんですよ。
ただ、こういう言い方はできると思うんですよ。
雷獣が実在するかどうかと別に、「落雷とともに何かが降ってきた」という体験を、日本各地の人間が何百年も積み重ねてきた、という事実は変わらない。その体験が「雷獣」という名前と姿を持って語り継がれてきた。
次に雷が落ちた瞬間、空を見上げてみてほしいんですよ。
何かが降ってくるかもしれないですから。
降ってこなくていいんですけど、その「かもしれない」と思いながら空を見る感覚が、何百年も続いてきた人間と雷の関係性なんですよ。
…雷の日は外に出ない方がいいですけどね。それだけは確かで。
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