若者の句読点イメージと、『読点が多すぎる人』について
若者はLINEで『句読点』を使わない。
だって冷たく感じるから―――
いや、若者じゃない自分もそんなもんである。
「。」にはそういうニュアンスがあるのは間違いないと思うし。
というかもはやそれを気にして「!」を多用しているのが自分だ。
大半のコメントに返信する際、冷たい印象を持たれたら嫌だなあと思って「!」を使っているのだ。
「すごいですね。」ではなく、「すごいですね!!」である。
(もちろん大人の醸し出す落ち着いた雰囲気は皆無になる)
これが人によっては顔文字だったりするのだろう。
うちの親なんて自分以上に顔文字を使いこなしている。すごい😊
だがそれ以上に自分が気になるのは、読点使いまくりの人だ。
読点とは「、」のことである。
読点は読みやすい文章にするためにとても重要なものだが、使いすぎるとそれはそれで問題になる。
だがツイッターを見ていると、やけに読点を使う人を見かけたりする。
それも明らかに普通ではない頻度で使っているのだ。
例を挙げるとこんな感じ↓
そこで、重要なのは、あなたがそれを、どう考えるか、という、ことです。
この商材を、使えば、あなたの考えていた、悩み、は解決します。
私もこれで、幸せ、に、なれました。
「どこぞの戦場カメラマンかよ」と思ってしまうが、あの人は現地人にしっかり伝えるために、あえてそう話すようになっただけである。
(そしてさすがにここまでは区切らない)
もともと小さい時から話すのはゆっくりではあったんですけれども、言葉が通じない地域に行ったとき、正確に、わかりやすく、ゆっくりと伝えていくと、どの国の人たちにもわかってもらえるようになったんです。
……いや、小さい頃からわりとゆっくりな話し方だったらしい。訂正してお伝えする。
しかしゆっくり喋る渡部陽一氏の書いている文章が読点だらけかといえば、そんなことはないのだ。
渡部陽一氏は数々の本を出版しているが、これらの本の中身を見てみると、文章は良い感じのバランスで句読点が入っていて、とても読みやすい。
(渡辺陽一ボイスで脳内再生した場合、読書ペースが超絶低下するけども)
いや渡部陽一氏の話はともかく、「読点多めの文章を書くやつはヤバい」という認識は既にネット上に存在するのも事実なのだ。
一体彼らはなんなんだろうか。
ふむ……
こういうときは、ヤフー知恵袋でも見るか……。

『読点過剰症候群という病気です』
そ、そんな病気が!?
※なお、調べてもそんな病気は出て来ない。
(用語の発端はこの記事?) ↓
まったくヤフー知恵袋はデマばっかでホントにどうしようも……

『その病気の名前は”推敲病”です』
そんな病気が!?
……もうヤフー知恵袋は見ないほうがいいかもしれない。
この読点多すぎ問題はおじさん構文でも話題になったりするのだが、正直自分の印象では、おじさんどころかさらに高齢の人たちが使っているイメージがあった。
しかし最近、中学生(自称)の運営するページにおいて、まさにお手本のような読点過剰な文章を書いているのを見つけてしまったのだ。
彼の記事の中では、『どこかから引用したであろう箇所』の文章はまったく問題ないが、『自分で書いたと思われる箇所』は読点で溢れかえっていた。
他から引用をしたり、自分で記事を書こうと行動しているくらいなので、彼自身はそこそこ活字に触れてきているはずだ。
それでも記事を書くときには読点をいっぱい入れてしまう……。
なんなんだこれは。
これが天性のものなのか、誰かのマネをしてこんなことになっているのかはわからない。普段文章を書かない人はこうなりやすいという説もある。
だが正直、読点の多用はある意味では目立てる文章が作れるが、あまり良い効果はもたらさない気がする。
出来ることなら修正したほうが無難だろう。
そんな自分も、noteを書くたびに見直しと修正は行っている。
わけのわからないところに読点を置いていたり、
同じ表現を次の文でも繰り返している箇所なんて毎回いくつも見つかる。
3回見直してもまだ修正箇所があったりするなんてよくあることだ。
自分も気をつけよう。
【おまけ】
読点といえば、
公文書での横書きの際は「、」と「。」に統一されたらしい。
「いや普通じゃん」と思うだろうが、
『横書きの場合は「,」(カンマ)と「。」を使え』という文部省が定めた決まりがあったらしいのだ。(守ってない省庁ばっかりだったが)
これからは横書きでカンマを使った際に、「公務員の癖、出ちゃったわ~」なんてことは出来ない。気をつけよう。
(研究者ならまだいける)
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