堪忍袋の尾が切れた
鑑定のお仕事のご相談で多いのが
「人間関係のお悩み」
そちらを受け
今回の題名にありますように
「堪忍袋の尾が切れた」の内容を記します
人は誰しも「心」の奥に「堪忍袋」を持っています
どれほど穏やかな人でも
理不尽や不誠実に繰り返し晒されれば
その袋の「尾」が切れる瞬間があるものです
けれども
その瞬間にこそ
人の本質が試されるのかもしれません
怒りをぶつけるのではなく
静かに一線を引く事
「心」を荒らさず品位を守る事
これは簡単なようでいて最も難しい行いです
私の医の現場でも経営の現場でも
そして神事の場でも
人は様々な思惑を抱えています
誠意を尽くしても届かぬことがあります
尽くしてなお裏切られることもあります
ですが
そこで人を責めるより「まず己を正す」
神前に立つ時
最も厳しく問われるのは他人ではなく
自らの在り方だからです
怒りを鎮め静かに「礼を正す」
その姿こそが
「祓」であり「清め」であると私は思います
神仏は人の怒りを否定しません
ただ
その怒りの奥にある「真」を見つめよと諭されます
なぜ堪え難かったのか
なぜ傷ついたのか
その中に
自分の使命や立ち位置を見つける「鍵」があるのです
尾が切れた瞬間は終わりではなく
自身の始まりの合図でもあります
もう迎合しない
もう誤魔化さない
自らの信義を貫く為の静かな覚悟の時です
古より京都の「白峯神宮」には
「八咫烏御神託」という古文が伝わります
その中に
「心正しければ、天意これに従う」とあります
誰にどう思われても
自らの「心」が正しく澄んでいれば必ず道は開ける
そう信じて
私は日々、丁寧に歩みたいと思います
どうか皆様も
「心」の静けさを失わずにいてください
怒りの先にこそ
次の道が開けることがあります
Calm is not weakness. It is the strength that stands after the storm.
(訳意)静けさは弱さではない それは嵐の後に尚、立ち続ける強さである
怒りや混乱の中でも
品位と「心」の静けさを保つ事こそ
本当の強さであると存じます
お読みいただきありがとうございます
天音
AMANE company BlueRose SALON
