職場の片隅で見えた品格と優しさ(妄想の世界)
工場勤務の彼女は毎日、3つのテープカッターのうちのどれかを使う。
先輩方はその中から一つ持って行く。
入社間もない彼女は残ったテープカッターを使う。
初めて使った時、彼女は小さくため息をついた。
切れにくいのである。
ギギ、と刃がひっかかり、斜めに裂け、何度もテープが無駄になる。
安っぽい樹脂製で、刃もどこか鈍い。見るからにチープなそれは、作業のたびに彼女の集中力を削っていった。
毎日の作業に絶対テープカッターは必需品なのに、
なぜこんな切れにくいテープカッターを使い続けているのだろうか。
彼女はそのテープカッターに心の中で番号を付けた。
スパッと切れるのは「1」、まぁまぁ使えるのは「2」、泣きたくなるくらい使いづらいのが「3」。
朝、彼女が出社すると大体は「3だけしか残っていない。
先輩方の休日に別のテープカッターを使うことができた。
そのテープカッターはスーッと切れていく。
たったこれだけの作業なのに、彼女は切れにくいテープカッターと毎日格闘しているのだと分かると、涙が出てくる思いだった。
A先輩と二人だけの出勤日があった。
出社すると目の前に「1」と「3」のテープカッターがあった。
「2」は30分始業時刻が早いA先輩が既に使っていた。
「1」が使われていなかったのが意外だった。
何気ない仕事が、こんなにもスムーズになるなんて。
それだけで、心がずいぶん軽くなるものだった。
別の同じシフトの日も、A先輩は先に「2」を使っていた。
そのさりげない選択に、何か静かな気遣いを感じた。
始業時刻が同じB先輩と二人だけのシフトの日。
彼女はB先輩より数分だけ早く作業台についた。
目の前には3つのテープカッターがあった。
一瞬迷ったが、「1」を手に取り作業を始めた。
やはりやりやすい。
彼女は自分の左側奥に今使った「1」のテープカッターを置いた。
今日はこのテープカッターを使うことができる。嬉しかった。
数分後にB先輩がやってきた。
そして、彼女の右側に立った先輩が「テープカッター、借りるね~」とおっしゃった。
てっきり、二人の目の前にある2つのテープカッターから先輩が選ぶと思っていたら
なんと、B先輩は身体を大きくねじって、遠くに置いていた「1」のテープカッターを取っていった。
その大胆な行動に彼女は思わず言葉を失った。
結局、彼女はその日「2」を使うことになった。
その後、B先輩が出社の時は「1」を使える日はなかった。
切れ味に宿る人間模様。
仕事のやりにくさに隠された、人の温度を感じる。
ある日。
その日はA先輩がお休みの日だった。
B先輩に話しかけられた。
「あなたは上司の親戚か何か?」
「いいえ、違います」
「そっかぁ。新入社員のあなたに対して上司の態度が、私の時に比べて格段に優しいから。
私なんて、あの時はこうで、こうで…」とおっしゃって、過去の出来事をとても悔しそうな口調で並べた。
B先輩は少し苛立ちをにじませながら、自分が受けた厳しい指導の数々を語った。
そうなのか。
仕事柄、厳しく指導するのはある意味当たり前だと思っている。
その厳しさは指導を受ける人の感じ方であり、指導される人が操作できることではない。
黙々と、切れにくいテープカッターと格闘していた時、その様子を見ながらB先輩がおっしゃった。
「切れにくよね、それ。新しいテープカッター、買ってくださいって、あなた、上司に言ってみれば?私が言っても駄目だと思うけど、あなたが言ったらすんなり通るかもよ」
とB先輩がおっしゃった。
その言葉に彼女は黙った。
B先輩は入社して数年が経っている。
なぜ今までそれを言わなかったのだろうか。
なぜ誰も、買い替えを本気で願わなかったのだろうか。
入社間もない人に優しさを向ける気持ちはないのか。
いや、自分も、早く出社した日には「1」を取ろうとしていた。
自分さえ快適ならいいと思っていた。
その時、ふと浮かんだ言葉があった。
「品格」。
それは、派手な言葉遣いでも、大きな優しさでもない。
テープカッターを選ぶだけの行為に、誰かの心が映るなんて。
目立たない日常の選択にこそ、にじみ出るものなのかもしれない。
「品格」とは、そういうものかもしれない。
職場の片隅で見えた品格と優しさ(妄想の世界)
毎日note連続投稿2263日目!
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。
いつも素敵な画像をありがとうございます。
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