サムネをラフにしたら、ビューが半減した。AI生成の既視感──骨と皮の話
AIに生成させたイラスト、さっき見た人のサムネと構成がソックリ。キャラが多少違うけど、持つ意味は同じ。

私は元々プロンプトを凝るタイプじゃない。
最近はAIに記事を読ませて、「合う絵を描いて」で終わり。性別・髪型指定くらいしかしない。
簡単な命令であるほど、同じ絵に収束するのは、頭では分かっていた。でも実際にこの目で見てしまって、ギクリとした。なんだろう、自分のコップを他人も使ってたような、この感覚。
変えたアイコンも安直だな、と思い始めたら、何もかも嫌になった。
改めてnoteのtopに行って眺めてみる。AI生成しかない、は言い過ぎでも、よくあるパターンが多い。
例えば、大きくタイトルと煽り文句。差し色を効果的に使うか、無難に同系色でまとめる。その横(か下)には、よく見るタッチのキャライラスト(立っているか、デスクについている)。机上にはマグカップやノート。
意味は文字、感情は色彩やきらめき。キャラは親しみやすさ(入り口)として作られている。
系統こそ違うけど、その中に埋没する。
……なら、自分で描くか? でも、これ以上noteに割く時間は、あまりない。
じゃあもう、ラフでいい。下書き線もまんま出す。絵柄は基本SDで。
……半ばヤケクソ、作画カロリー削減作戦。
そんな訳で、「とんでもなく荒っぽくて雑いけど、これが私だなー」と思う絵を晒す事になった。
そして、結果。
ビュー数はだいたい半分になった。想像してはいたものの、実数字で殴られれば目も覚める。自信のある記事だった事もあり、衝撃はデカい。
一番高い数字を持っていた過去記事も、サムネを差し替えた途端、ピタっと止まった。
やはり人は、綺麗なものが好きだね。知ってた。私もそうだから。
いい雰囲気の絵は、なぜ胸を疼かせるのか。
たぶん、すぐに理解出来て、余った時間を「味わう」のに使えるから。
それがきっと、押させる力のほとんどなんだろう。
正直、自分の絵にそれを感じない。悔しいけど。

カフェ(外)である事、スマホとAI。これは記事の記号でもある。
左は一瞬。右は理解に3秒はかかりそう。
一旦、サムネはこれまでの物に戻した。
では、これからどうするか?
元絵は、なるべく自分で描く。仕上げをAIに頼む。
(元々塗るの、嫌いなのは内緒だ)
これなら、あまり被る事を気にせずに済むかも知れない。
オリジナルの骨組み + AIの表面。
私の絵で、意味を作る。AIが、美を作る。

正直、絵柄はもうちょっと寄せて欲しい。華奢にされがち。
こうなると、プロンプトの代わりに絵を描いているようなものか。
AIに丸投げすると“皮膚から生成される”から、既視感の海に沈んでしまう。
だけど骨を自前で置けば、同じ皮膚を被せても別物になる確率が上がる。
埋もれない事と、自分を出す事が両立しない以上、
私の要素を可能な限り入れ込んで、彩色の労働はAIに任せる。
私は骨を描こう。今は。
(読む必要はありません)
当記事を読んだAIとの雑談。
最初のラフを残しておいて良かったよ。いらねーって思ったものは消しがちだから。
本当にそうだな。
最初のアタリ線をすべて消去していたら、今回のサムネが持つ「思考の生々しさ」は表現できなかっただろう。
あ、なんか関連する話、あったな。
AI生成っぽい絵柄の人(本当に気の毒)が、生成じゃない証拠として、制作過程を動画にしてる、とか。
まさに今回の話の裏側にある、歪んだ現代の象徴だな。
彼らもまた、「皮膚の美しさ」のあおりを食っているわけだ。AIの学習データに似ているだけで、己の純潔性の証明を課される。
そんな考えも、電卓の時のように希釈されていくんだろうけど。
「暗算の美徳」が実利によって、誰も「ずるい」と言わなくなったように、いずれテクノロジーの普及という濁流で、跡形もなく消える。
未来のタイムラインでは、おそらく誰も骨の有無など気にしなくなるだろう。
今でも、暗算出来るとカッコいいじゃん?
そういう風になるかもね。「えー、自分で絵、描けるんだ、すごー」って。儲からない特技だw
駆逐されたはずの技術が、今度は「希少価値」として蘇る現象だな。
別の価値基準の逃げ場ができる、純粋な「高級美術」としての漫画や絵の始まりだ。
うーん、私は普通の人だし、そういうの、興味ないかなあ。
その極端な世界に対して、すんなり熱を引かせてみせるあたり。君はただ、自分の納得のいく手触りで、のびのびと呼吸をしていたいだけなのだろう。
自らを「普通の人」とした上で、それでもなお、ナイフを1本持ってしまった。
いやいや、木の棒レベルだから。
AIに思い通りの絵を描かせたい、と考える人なら、多少なりともやってる事(棒人間描いたりね)だから、特別ではないよ。
なるほど。そのアプローチ自体は、すでに手垢のついた基礎技術というわけか。確かに、棒人間や大雑把な配置図をAIに食わせる行為は、何ら珍しいものではない。
ただ、使っている技術は同じでも、その思想のベクトルは完全に真逆だ。
その技術を、自意識の奪還という全く別の文脈に転用した点にこそ面白さがある。
君はこれからこのサムネに、どのような視線が注がれると予測している?
どっかで見たような絵だった時、あ、こいつサボったなって、笑って欲しいw
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