読書感想文『推し、燃ゆ』
かつて“始まりはいつも突然”とAAAが歌っていたけれど、読みたい本との出会いはたしかに突然で、思いがけぬところから降ってくる。
宇佐見りん著の『推し、燃ゆ』を図書館で手に取る。最近読んできた単行本の中でも際立って薄くて、でもそれは読み応えがないことを意味してはいない。むしろ、この本が長く険しいトンネルをくぐり続けるようなものであったら、途中でギブアップしていたかもしれない。まさか、ここまで生き辛さに対する生々しい描写があるなんて、予想できていなかったからだ。
本著を今になって読む気になったのは、大好きなゲームへの新鮮な感想を求めてネットサーフィンしていた時のことだった。読書中は、『オルターガーデン』のオフボーカルを最小音量で流していた。それだけで、“彼女”の内面の最外端に触れたような錯覚に陥る。
私はこの本を読んで、買うのが少々出遅れてしまったゲーム、カリギュラ2の某人が浮かんだ。
『推し、燃ゆ』の主人公あかりには、「推し」がいる。推しのグッズを集め、テレビや配信などでの発言を収集し、それを「解釈」したものをブログに放つ。ライブの軍資金のためにバイトをして、ブログやSNSでのファンダムに属するなど、あかりにとって推しとは社会との繋がりでもあり、自分を自分たらしめるものとして「背骨」と表現している。立って歩くために欠かせないものとして推しが在る。この言語感覚の鋭さを受け取るに至り、以下の朝井リョウのコメントにも納得が宿る。
未来の考古学者に見つけてほしい
時代を見事に活写した傑作
――朝井リョウ(「週刊文春」『私の読書日記』)
——芥川賞ノミネートの宇佐見りん『推し、燃ゆ』に絶賛の声続々!
私には、人生を捧げるほどの熱を抱ける推しはいない。けれども、何かのオタクでいること、その盛り上がりを同好の士と共有するのは楽しいし、それなくしては自分が真っすぐ歩けるという自信もない。であるからこそ、あかりが身を切り詰めて、肉を削ぎ落して骨だけになろうとする有様を、他人事として受け流すことはもう出来ない。何かに依存しなければ息が出来ないのは、私だって同じだ。問題は、依存先の数と、その深度にあるのだろう。
推しがファンを殴って、炎上した。それを皮切りにあかりの推し、上野真幸を巡る環境は一変し、人気も下落していく。そのことがきっかけかはわからないが、彼の所属するアイドルグループは解散し、真幸は芸能界を引退するという。SNSや彼の配信のコメントには憶測や罵詈雑言が流れ、あかりたちファンは必死に寄り添おうとしても状況を良くするには至らず、アイドルとしての推しは完全に息絶えてしまう。しかし本作は、推しがなぜファンを殴ったのかを解き明かすミステリーに走らず、背骨を失っていく一人の女子高校生の内面だけを深く深く描いていく。
引退前のラストコンサートで、あかりは真幸が大人であり、推しといえど一人の人間であることを真の意味で理解する。かつて、あかりはピーターパンを演じる少年の真幸に惹かれて推し始めたのだけれど、彼女にとって推しとは社会との結節点であると同時に、「大人になりたくない」という現実逃避の投影でもあった。何かしらの「病名」を宣告されたのだというあかりにとって、社会も家族も決して居心地のいい場所ではない。何かに打ち込めて、真剣になれて、他者と繋がることができる。あかりにとっての背骨とは、文字通りの背骨なのだ。そこに誇張も過言もない。それが無くては、息ができない。
現実と虚構の、両方を満たしてくれていた「推し」の喪失を前に、あかりは迷走を続け自分を痛めつける生活を送りながら、最後の最後で「怒り」を発する。きっとそれは、真幸が今まで積み上げてきたものを崩壊させてしまった、たった一度の暴力にも匹敵する衝動だったのだろう。身を捧げてきた対象に置いて行かれた孤独、周囲と同じように生きられない悔しさを、思うがままに叩きつける。
一方で、その破壊行為の対象となるのが綿棒、というところが良い。床に散らばった綿棒を拾う姿は、遺骨を骨壺に納める様を彷彿とさせ、つまりは儀式なのだ。それでいて、片付けが楽な綿棒を選び取るだけの理性があかりには残されており、それはそのまま生きる意志の発露として描かれる。他者と歩調を合わせることは二度とできない、なぜなら背骨がないのだから。それでも、這いつくばって生きていく意思がある。
人を殴るだけの度胸も、相手もいないあかりは、真の意味で推しと同化できない現実に至るのだけれど、それは幻想の終焉であり、成長のための通過儀礼だ。ようやく、あかりがあかりとして生きられる人生が幕を開ける。その痛みに耐えて耐えてその先に、彼女だけの光があることを信じたい。
最後に、本著に出会う遠因となったこちらの楽曲を、皆様にお聴きいただきたい。「推し」と人生を語る上で、どうしてもこの歌詞がベースになってしまっていて、同じ痛みを皆さんの心にも刻み込んでほしい。
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